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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 1章 『ルーン侵攻』
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 -15『神出鬼没の少女』

 日の出にはまだ早い時間であるし、なにより方角が逆であった。


 それが意味することを誰もが感じ取ってはいたが、何も出来ないという無力感に、一言も声を出せずにいた。


 ただ呆然と、その光景を眺めることしかできなかった。


 全員が顔を俯かせる中、セリィがふと、ミレンギの頭をなでてくる。


「ミレンギ、私は何をすればいい?」

「……セリィ。ううん、今はもう、やれることなんてないよ」


 ファルドで何かが起きている。しかしそれを確認しようにも、渡河すらできないミレンギたちにはなすすべがない状況であった。


 周辺の港町を探して船を奪うか。

 いや、これほどの用意周到な作戦。漁港にも防備の兵は常駐しているはず。今の疲弊しきったミレンギの戦力で立ち向かえるはずがない。


 ならばアイムに突貫するか。

 いや、セリィたち心強い仲間がいるにせよ、自ら死地に飛び込むなんて無意味だ。なにより橋が壊れていてはその先がない。


 まさに八方塞。

 行き詰る思考に、心まで沈みこんでく。


 しかしそんなミレンギの心の泥をはがし取るように、セリィがまたぽんぽんと頭をなでてくる。


「ミレンギ。なんでもするよ。私は、何をすればいい?」


 それは、ひしゃげたミレンギの頭を支え上げる力強い言葉。


 ああ、いつもそうだ。とミレンギは内心で苦笑した。


 自分が落ち込むたびに、窮地に絶たされるたびに、セリィはミレンギを励ましてくれていた。ミレンギを支え、手助けし続けてくれた。


 どうしてそこまで献身的になってくれるのだろうかと不思議なくらいに。

 けれどその頼もしさがミレンギの心を強くしていったのは確かだった。


 セリィの揺るぎのない顔を見て、ミレンギは「そうだ」と口許を引き締める。


「まだ諦めちゃいけない。きっとボクたちにも何かできることがあるはずだ」


 鼓舞するようなミレンギの声に、沈み込んだ仲間達の頭が持ち上がる。


「そうね」と真っ先に応えたのはシェスタだった。

 彼女も、やはりミレンギをいつも見守ってくれる頼もしい存在だ。


 他にも、ラランやアニュー、それにハロンドや他の仲間たちも、圧し掛かる不安を振り払うように微笑んでミレンギを見つめ返していた。


 そんな中、ギッセンだけは未だ悲壮に顔を歪める。


「何をできるというのだ。我々にもはや未来などないのだ……」

「きっとそんなことはないですよ」

「言葉ばかりの慰めなど意味がないのだ」


「たとえ慰めでも、言葉だけの強がりでも、やらないよりかはずっとマシです」

「…………っ」


 ミレンギの力強い言葉に負かされ、ギッセンは不貞腐れた風に顔を背けた。


「ふんっ。いったいどうするというのだ」

「それは……とにかく今は、少しでも情報を手に入れないと」


 どうにせよ、ここに留まっていてもルーン軍の追っ手がやってくる。どうにしかして状況を好転させるきっかけだけでも掴めなければ。


 そうミレンギが思案していた時だった。


「情報なら売ってあげよっかー?」


 突然、拍子抜けするほど軽い調子の声が響いた。


 全員がその声の方を見やる。


 追っ手――ではない。

 そこにいたのは、片側に結んだ髪をぴょこんと跳ねさせたあどけない少女――ミケットだった。


「ミケ!」とセリィが声を弾ませる。


「ミケット、どうしてここに?」


 ミレンギの問いに、ミケットは不敵に笑みを浮かべる。


「だって商人だもの。美味しそうな話があるところにはすぐに駆けつけるよ」


 その声はまったく笑っておらず、奇妙な不気味さを孕んでいた。


「でもミケットはシャンサにいたんでしょ。橋も壊されてアイムも占拠されたのに。どうして……」

「商人にはいろいろとあってね。まあ、そんなことはどうでもいいでしょ。それよりも、情報、売ろうか?」


 いつになく真面目な口調のミケットに、ミレンギは気圧されてしまいそうになった。闇夜に浮かぶ彼女の鋭い眼光に息を呑む。


「何が目的なの?」とラランがミレンギの前に割って入った。


 シェスタも拳を構える。こんな窮地に関わらず突然やって来た彼女を信用するというほうが難しい話だ。


 これもルーン軍の罠なのか。そう考えるのは至極当然の道理だろう。


 しかし眼前に佇むミケットには、その裏に感じる不審さはあっても、決してミレンギたちを殺そうという威圧までは感じられなかった。


「……話を、聞かせて」


 ミレンギの言葉にラランたちが驚く。


「どうせ、このままだと情報も何も得られずに袋小路なんだ。だったら、今は少しでも判断材料が欲しい」

「賢明な判断だね」


 ふふっ、とミケットが微笑を浮かべ、満足そうに頷いた。


「それで、金額は?」

「後でいいよ。今は時間が惜しいからね」

「時間?」


「あたしの手配した船がこの近隣の川辺に待機してる。でも、ルーン軍はファルドの渡河を警戒して川沿いを見張ってる。急がないとその船すら見つかりかねない」


 両国を分かつ大河。


 泳いで渡るのも厳しい広さのため船でしか渡れないのだが、互いの対岸にはそれを沈めるための大砲や兵がいたるところに常駐されている。だからこそ、アマルテ大橋が唯一の進軍路となっていた。


 そんな中、ルーン軍の懐まで入り込んで船を停留させるなど、容易いことではないはずだ。見つかればすぐさま、対船火器によって沈まされかねない。


「そんなことができるなんて、キミはいったい……」

「詮索は後。すぐにでも移動しよう」

「……わかった」


 納得しきれないながらも頷いたミレンギに、シェスタたちも渋々従っていた。


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