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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 1章 『ルーン侵攻』
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 -12『誘い』

 シャンサを出た兵たちは、心の中で鬨の声を上げながら、石畳で続いた果てしなく長いアマルテ大橋を走り抜けていた。


 その数は優に七百。対岸のアイムに駐在すると思われるルーン兵三百を遥かに上回る戦力で、満を持しての一斉攻撃。その見るも壮観な数の多さは、石橋が地鳴りのように揺れるほどだった。


「突撃ぃー!」


 アマルテ大橋から繋がるアイムの門壁にたどりつき、先頭で丸太を担いだ兵士たちが門を突き破る。


 その音で寝静まっていたアイムの兵たちも慌てて飛び起きはしたものの、すっかり虚をつかれた彼らは、瞬く間に防衛線を崩していた。


「いけるぞ。やつらは逃げ腰だ。このまま追え!」


 勢いづいた言葉がファルド兵たちからあがる。


 その自信を後押しするように、アイムの町に雪崩れ込んだ彼らは、瞬く間にその市街全域を制圧してみせた。


 圧倒的物量。完璧な奇襲。

 ルーン兵のほとんどがろくな抵抗も見せずに町の外へ逃げだし、そこに住まう市民たちは一切の抵抗も見せず降伏した。


「あっけないわね」


 勇んだわりには殴り足りないとばかりにシェスタが呟いた。

 そんな彼女の後ろから、部隊長のギッセンが睨みつける。


「まだ終わっていないのである。この先の補給地を占拠することこそがなによりの課題なのだ」

「わかってるわよ」


 口を尖らせるシェスタに、ミレンギは呆れたように笑いを浮かべていた。


 他の兵士たちも、これが戦闘中とは思えないほどにひどく軽く、足取りが弾んでいる。あまりの制圧のあっけなさと、それによる自信が、彼らを興奮の天頂へと向かわせていた。


 ファルドの正規兵たちがすぐさま追撃部隊を組織し、町の外へ逃げた敵兵の掃討作戦へと出かけ始める。


 ギッセンの指示により、僅かの兵を町に残しミレンギたちも続くことになった。


 ファルド兵みんなの士気が勇む。

 せっかくの追い風を絶やさぬようにと。


「いけるぞ! ノークレン様万歳!」

「我らには竜神様の加護がついている!」


 方々から上がるいきり立つ声が更に彼らを鼓舞していく。


 止めるものは何もない。


 町から街道に出てしばらく後に、やがてルーンの兵糧などが備蓄されているであろう補給基地を見つけることができた。アイムから逃げ出した兵たちを追うだけで簡単にたどり着くことができたのだ。


 だがその容易さが、共に追撃の波に乗るミレンギには気味の悪さを感じさせていた。


 その悪寒はすぐに照明されることとなる。


「ここを占拠するぞ!」とギッセンがいきんだ声を荒げて指示を飛ばす。


「奴らは装備もままならない軽装だ。我らの敵ではない!」

「おおぉー!」


 それはもはや、たずなの放された馬。

 土嚢などで築かれた野営基地に弾丸のごとく飛び込んでは、天幕ひとつ残さぬ勢いで、そこに立つすべての物を薙ぎ倒していく。及び腰となった雑兵もなにもかも。


 ファルド兵たちは調子付くままにルーン兵を倒し、退けていった。


「圧倒的勝利である」


 そうギッセンが確信づいて、剣を鞘に収めるほどに。


 ファルド正規兵と義勇兵たちがシャンサを出て数刻も経たぬうち。夜更けを待たずして、アイム、そして補給基地として利用されていた近場のルーン軍拠点を制圧することに成功した。


 驚くほど早く、芳しい戦功。


 ただでさえ昂ぶっていたファルド兵たちの士気はこれ以上ないほどに盛り上がり、遠吠えのような勝鬨となって木霊した。


 自信気な顔立ちで剣を掲げる男たちの中、しかし、ミレンギの傍にいたセリィだけは、不快そうに眉をひそめていた。


「どうしたの、セリィ」

「……変なにおいがする」


 そう言って鼻をひしゃげるセリィ。


 だがミレンギはそう言われても少しもぴんとこなかった。

 土煙と血の臭いで鼻が言うことをきかなくなっているせいだろうか。


「いやはや。やはりノークレン様は偉大なのだ! 我々ファルド軍は、ノークレン様の聖なる祈りによって守護され、必ずや勝利へと突き進むのである!」


 ギッセンが高らかに叫ぶ。

 誰もが勝利を噛み締め、感慨に耽っていた時だった。


「――火だ!」


 誰かがそう叫んだかと思えば、野営地となっていた天幕の集まりの一辺から、激しい炎が燃え上がり始めていた。


 突然のことに、ギッセンは破顔させていた顔をしかめさせる。


「おのれ、奪われるくらいならば燃やしてしまおうというのだな。お前たち、落ち着くのだ。置かれている兵糧をすべて運び出せ。手の空いているものは警戒と消火活動だ」


 興奮の最中でも的確な指示。

 腐っても正規軍から派遣された義勇軍隊長なだけはある。しかしさすがの彼でも予想外の出来事があった。


「ギッセン隊長。兵糧庫の物資なんですが」

「どうした」

「それらしく置かれていた箱の中身はすべて砂と土だけです。何もありません」

「なんだと!」


 かっと目を見開いて、ギッセンのけたたましい声が轟いた。


 それを耳にしたミレンギが駆け寄る。


「それって、あらかじめ移動させて偽装していたってこと?」

「お、おそらくそうと思われます」

「ということは――」


 イヤは悪寒というものは当たるものだ。


 ミレンギがそのざわついた考えをシェスタたちに伝えようとするより早く、今度はまるで、何かが爆発するような轟音が響いてきた。


 それは兵糧庫からだった。


 立ち上がる黒煙と、空へ伸びるように揺らめく真っ赤な炎。


「ぎ、ギッセン隊長! 仲間達が兵糧庫を調べていたらいきなり爆発し、天幕もろとも木っ端微塵に……」

「な、なんだと」

「調べていた数名が巻き込まれて……」


 おそらく爆発の魔法。

 撤退する際にルーン軍の術者が施していったものだろうか。


「咄嗟の罠……にしては用意がよすぎる」


 ミレンギは唇を噛んで頭を冷静にさせた。


 ファルド軍がアイムに侵攻を始めて時間はまったく経っていない。その間に兵糧をすべて移動させ、偽装を計る時間など到底あるはずがないものだ。


 そうなると、これは綿密に計画されていた可能性がある。


「……攻撃作戦がルーンに流れてたんだ」

「そんなことあるわけがないだろう!」

「どうして言い切れるんですか」


 強く言ってきたギッセンに、ミレンギは鋭い視線を向けて返した。


「そうね」と、傍で話を聞いていたシェスタも頷く。


「アイムのルーン兵たち、まるで抵抗がなかった。まるで私たちに背中を見せてわざと誘ってるみたいに」


 シェスタが物足りなさを口にしていたように、事実、彼らはまるで交戦を計ろうとしていなかったのだ。


「そ、それは我々の猛攻が凄まじく、奴らが我々の勢いに心を挫いただけだ。なに、今こそ攻め時よ。勢いは我らにある。なにしろ我々には竜神様の加護がついているのだからな」

「ギッセン隊長。なんだかイヤな予感がします。ひとまずすぐにシャンサへ戻りましょう」


 ミレンギの言葉に、しかしギッセンは不服そうに唸った。


「いいや。我らの兵はまったく消耗していない。というのに、せっかく取ったこの地を放棄するというのか?」


「兵糧を潰せなかったっていうのは作戦失敗なんじゃないの」とシェスタが鋭く横槍を入れる。


 確かに戦線こそ押し上げたものの、成果は少ない。それになにより、ここまで迅速に撤退していくルーン軍の軽快さは不自然だ。


 まるでずっと前からそう計画されていたように――。


「もしかしてっ!」とミレンギが思い当たるのとほぼ同時に、突如、ミレンギたちの周囲をおびただしい数の人影が囲い込んでいた。


「ルーン兵だと?! 伏兵か!」


 ギッセンが目を見開いて声を荒げた。


 ルーン兵たちは皆、外套を深く被り顔は見えない。しかし見るからに軽装であり、纏ったものといえばそれぞれの腰に下げられた、どれもまったく同じ形状をした剣くらいだ。


 音もなく現れたあたり、ずっと周囲の茂みに潜んでいたのだろう。数は思ったより多く、五十かそこらか。しかし伏兵にしては戦力が足りなさ過ぎる。


「いったい何かしら」と、ミレンギたちに追従していたラランが不審そうに彼らを見た直後、途端にルーン兵たちが襲い掛かってきた。


「冷静に、落ち着いて相手をするのだ。消火要因以外は奴らを迎え撃て」


 ギッセンの指示の元、ミレンギたち義勇兵が迎え撃つ。


 数では遥かにミレンギたちが優勢。迫り来るルーン兵も手練れというわけではなさそうだ。虚は突かれたが、これならば押し返せる。


 敵の伏兵作戦は失敗――そうミレンギが思った瞬間だった。


 ルーン兵の内の一人が剣を中空に向けて掲げたかと思った途端、


「――『ブルースト』」

「古代竜言語?!」


 小さく呟いた呪文にミレンギが驚きの言葉を返した直後、ルーン兵の持つ剣の切っ先から、小さな火球魔法が射出された。


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