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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 1章 『ルーン侵攻』
71/153

 -11『温室の王女』

   ◆


 ――同刻。

 ファルドの王都ハンセルクの中央に座する王城。その一室。


「ノークレン様。明日は重要な謁見の予定が入っております。外出はほどほどに」

「町の教会に出向かなければいけないわ。祈りを捧げないと」


「一日くらいよろしいかと」

「駄目よ。皆が待っているもの」


 諌めるように言いながら寝間着への着替えの補佐をする侍女に、ノークレンは一切の躊躇いも見せず言い放った。


 彼女の私室として使われているそこは実に煌びやかで、高級な絵画、純金の燭台、宝石をちりばめたようなシャンデリアが飾られている。


 しかしそんな中で最も丁重に置かれていたのが、竜の紋章を刻んだ石が中央にはめられた十字架であった。かつては竜神を信仰する者なら全員が手にしていたという、信仰者の証である。


 侍女が衣服の裾をただしている最中、ノークレンはその十字架を手に取り、そっと胸に当てて瞼を閉じた。


 ふと、部屋の戸が叩かれる。


「姫様。よろしいでしょうか」


 扉の向こうから聞こえてきたのは、ノークレンの育ての親でもあり、現在は政に不慣れな彼女の補佐として活動している男、グラッドリンドだった。


 着替えを終えたノークレンは、侍女が髪を梳かせようとするのも待たずに扉へと駆け寄った。


 子供のような無邪気な笑顔を浮かべてグラッドリンドを招き入れる。


「お義父様!」

「いけませんよ、姫君。貴女様は今はこの国の王。反して私はただの老人に過ぎませぬ。立ち居振る舞いにも気をつけていただかねば」


「でもお義父様がお義父様であることは事実でしょう。たとえ血が繋がっていなくても、それに変わりはしないわ」


 厚く手を握って微笑むノークレンに、やれやれ、とグラッドリンドは嘆息をこぼしていた。


 彼の目の前の少女は、玉座に腰掛けている時のノークレン王ではなく、まさしくただの女の子然とした様子だ。ファルドを治める国王である風格など一切ない。しかしそれも仕方のないことだろう。


 ノークレンも齢十六で成人したとはいえ、元は親なしの孤児として育ってきている。そんな彼女を手厚く迎え入れ、本物の姫君のように贅沢をさせて育ててきたのだから、ひどくなついてしまうのは道理というものだった。


 そのせいもあってか、普段は我侭なのだが、ことグラッドリンドの言葉に限ってはやけに素直に順ずるところがある。


「グラッドリンド様、どうか一言くださいませ、王女様が公務を余所におでかけされようとなさるのです」

「だって祈りはこれまでも毎日欠かさず行っていたのよ。きっと明日だって教会の皆が待っているわ」


 ノークレンが王座に就く前から行っていたことだ。そして王女となった今でも、教会には足繁く通っている。その熱心ぶりは信徒たちに非常に好意的に受け止められており、ぽっと出のノークレンが王として認められている理由の一つともなっていた。


 いいわよね、と甘えた声を続けるノークレンに、グラッドリンドは彼女の頭を撫で、優しい口調で諭す。


「以前までとは立場も違います。一日空いたところで、お忙しいのだと彼らも把握するでしょう」

「でも……」

「姫様は本当に、竜神様への信仰を絶やしはしないですな」


「当然よ。竜神様はこの国の繁栄を常に見守ってくださっている、本当の神のような存在だもの。その昔、この国がまだ文明を栄えさせていなかった頃、英雄アーケリヒトを守護し、戦乱の世を平定させ、ファルドを繁栄へと導いた竜神様。今の分断したこの国こそ、その加護が最も必要とされているに違いないわ」


「昔からそればかり。よほど竜神様を信じていらっしゃる」

「当然よ。今のこの国にあるほとんどのものが、竜神様の知恵によってもたらされたと言われているほどだもの。干ばつ地の農業、貯水による水の確保、武器の加工から何まで」


 それがすべて事実ではないだろう。しかしそう伝えられているのは真実であり、そう信奉しているものはこのファルドでは珍しくない。

 この国の草の根ひとつからして、竜神様にもたらされた恵みであると思う者も。


 その際たる恩恵とされているのが魔法である。


「本当に大事にお思いで。なれば書状に一筆したためて、祈りの言葉を送らせましょう。場所は違えど、民草と共に祈りを捧げていること伝えれば、彼らの心も恵まれましょう」

「そう。まあ、お義父様がそう言うのでしたら仕様がありませんわ」


 不服そうにも素直に頭を垂れたノークレンは、大人しく侍女の元にへ戻っていった。ふわりと巻いた癖毛を櫛で整えてもらいながら、気持ちよさそうに目を閉じる。


「ノークレン様は本当にグラッドリンド様が大好きでいらっしゃいますね」


 侍女が微笑ましそうに言う。


「当然よ。お義父様の言う通りにしていればすべて良い方向に進んでるもの。お父様は、独りだった私を助けてくれた大切な人よ」


「まったく。世辞を言っても何もでませんぞ」とグラッドリンドは薄い嘲笑を浮かべていた。


「ねえ、お義父様」

「なんですかな」

「私、この国を素晴らしい国にできるかしら」

「いきなり何を言うかと思えば」


「私ね、思うのよ。戦ってばかりのままじゃ、いつか息切れを起こして倒れてしまうわ。王になった私がこうして綺麗なお城で生活できているのも、民の方たちが支えてくれているからだわ。そんな彼らを、私は大事に守っていけるかしら」


 それはまるで、絵本の中の夢物語を思い描いて語る子供のような口ぶりだった。


「ノークレン様ならやれますよ」と答えたのは侍女だった。グラッドリンドも些か気が軽すぎると言わんばかりに呆れ顔を浮かべていたが、やがて柔和に笑みを返してくれた。


「直に、この地にも戦争の終わりが訪れましょう」

「そうね。そのためにも、私が頑張らないといけないのよね」

「ええ。姫様には頑張ってもらわなくては。この、ファルドの王として」


 期待を受けたのが嬉しくて、ふふっ、とグラッドリンドは笑みを浮かべた。


「そういえばお義父様。さっき客人が来ていたとかいってたけど。もうよかったの?」

「ええ」

「前は商人だったのよね。見ない顔だったけれど、その頃の知り合いかしら」

「そんなところです。古い、それはもう、古い知人ですよ」


「エメラルドのような綺麗な緑の髪だったわね。美人だったし。こんな夜更けに、お義父様の愛人かと思った」

「いやはや。冗談にしてははしたない」

「ふふっ。嘘よ、お義父様」


 朗らかに笑顔を弾ませるノークレンに、困り顔を浮かべながらも、優しく言葉を返すグラッドリンド。孤児と養父という関係といえど、その瞬間は、まさしく本物の家族のような陽気さを帯びていた。


   ◆

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