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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 1章 『少年の一番長い夜』
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 -7 『惨劇の村』

 案内されたのは近くにあった小さな集落だった。


 茅葺屋根の民家が数軒あるだけで、他は家畜などが入った厩舎や畑、井戸などがあるくらいだった。


 ミレンギたちはその中の一番大きな平屋の家屋に通された。


 木造の古い建物で、隙間風が入ってくるほどにぼろかった。それでも小屋よりかは随分とマシだろう。


「グルウ。待て。うん、いい子」


 さすがに魔獣を連れ歩くのは他の住人に迷惑がかかる可能性もあるため、グルウは集落の外で待機させる。


 もう草の葉も寝静まった深夜だというのに、ミレンギたちは少年の家族に驚くほど温かくもてなされた。


 少年の母親と思われる皺顔の女性がわざわざ火をおこしてお湯を用意し、粥を作ってくれた。味は薄かったが、身体がほんのりと温まって美味しかった。


「ありがとうございます。こんな突然の来訪に」

「いいのよ。困った時はお互いさまだもの」


 少年の母親は少しも嫌そうな顔をせずに微笑んでいた。


 どうやらこの家族は三人で暮らしているらしい。

 まだ五歳くらいの少年の弟まで寝室から起きてきた。


「父ちゃんは他の町に働きに出てるんだ」と少年が教えてくれる。


「でも寂しくないさ。母ちゃんがいるし」


 少年は全員分のお茶を入れて配ってくれた。

 床に敷かれた御座は薄っぺらいが、疲れた足を休めてくれる。


 束の間の平穏だった。


「ほら」


 少年たちの相手をしていたミレンギは涼しい顔で逆立ちをしてみせる。普段から曲芸をしているミレンギにはお手の物だ。しかし少年と彼の弟は、とても興奮した様子ではしゃいでいた。


「すげー。もっとやって、もっとやって!」

「ボクもやりたーい」

「ばっか。おめーには無理だって」


「あはは。そんなことないよ。練習すればできるようになるから」


「そうなの? やったー」

「じゃあ俺もやりてー!」


 それからミレンギは彼らに上手な逆立ちのやり方などを教えてやった。


 片腕だけで逆立ちしてみせるととても驚かれ、熱い羨望の眼差しを受けた。隣でぼうっと見ていたセリィも、物凄くゆっくりな拍手を送ってくれる。


 みんなが無邪気に楽しんでくれるのが嬉しくて、ミレンギもつい一緒に笑う。

 誰かに楽しんで笑ってもらう。これこそが自分の本分だと、そう確かめるようだった。


 やがて少年の母親が簡易の寝床を用意してくれ、一眠りすることにした。


 このまま全てを忘れて、また大道芸の旅ができればいいのに。


 そう思いながら、ミレンギが床に就いた頃だった。


 ――爆発音。


 何かが砕けるような激しい音が外に響いた。全員が同時に飛び起きる。


 ラランが棍棒を片手に、戸口を僅かに空けて外の様子を窺う。

 そこにあったのは、赤々と火の粉を上げて燃え上がる厩舎の姿があった。


 それに気付いた少年と母親が大慌てで外に出る。ラランが咄嗟に引き止めようとしたが遅かった。


 飛び出した少年たちの前に、しかし立ちはだかるように一人の男がやって来る。


 痩せ身の長身の男――シドルドの町の警ら隊長モリッツだった。


 燃え盛る炎を背にしていて顔はしっかり見えなかったが、その気味の悪く微笑んだ口端を見間違えることはなかった。


「どうしてあいつが」


 続いて飛び出そうとしたミレンギをラランが制止する。


「いやぁ、すみませんねぇ。つい手が滑って火がついちまったよぉ」


 ふざけた調子でモリッツは言う。

 しかし少年家族の気は、その背後で燃える厩舎ばかりに向けられている。


 自分たちの大切な財産である。

 それが突然焼失しようとしているのだ。


 さすがに騒ぎに気付いたのか、集落の数少ない他の民家からも人が出てくる。


 天に昇るほどの勢いの火事を見て彼らが慌てて駆け寄ろうとしたのを、しかし寸でのところで阻まれてしまった。いつの間にか厩舎を囲うようにして、純白の鎧をまとった警ら兵が立ち並んでいた。


「おいあんたら。これはどういうことだ」

「はよう火を消さんと大惨事になるぞ」

「なして町の連中がおるんじゃ」


 村人たちが鬼気迫った形相でこぞって詰め寄るが、悉くを兵士たちに遮られてしまっている。おかげで火災が収まることはなく、蒼黒い夜空を赤く染めるほどにまで勢いづいてしまっている。


 おそらく油をまいて一気に延焼したのだろう。

 厩舎の中には藁などの可燃物も多い。燃え盛るには十分すぎる条件だった。


 少年の母親は、もはや魂が抜けたように膝をついて崩れ落ちていた。そんな様子を、モリッツは愉快そうに笑って眺めていた。


「もっと手が滑らないうちに訊いておこうかねぇ。この集落に、逃げ込んできた輩はいないかぃ?」


「逃げ込んだ奴? そんなやつ知らないよ。そんなことよりも早く火を!」と少年が激昂して返す。


 だがモリッツは依然として平静な顔のままだった。頭を掻き、欠伸を漏らす。が、次の瞬間には、まるで突き刺すような鋭い視線を少年に向けた。


「とぼけんじゃねえよぉ。ちゃあんと足はついてんだ。ウチの偵察組が入っていくのを見てんだよぉ」

「なんのこと……っ!」


 少年が途中で気付いてしまい、咄嗟に、ミレンギたちが隠れている家の方を見てしまう。それに気付き、モリッツは「そこかぁ」としたり顔を浮かべた。


 そして、「おい」と、兵士の一人に顎を使って指示を出す。


 途端、その兵士が村民の一人を無差別に斬りかかった。


 炎よりも鮮明な赤い飛沫が舞う。

 その唐突な惨事に、村民たちは揃って悲鳴を上げた。


「な、なにしてるんだ!」

「お前たち町の警ら隊だろう。ただの市民にこんな横暴な真似を」


 村人たちの声に、しかしモリッツは少しも悪びれる表情を浮かべない。


「うるせえよぉ。犯罪者に加担した連中は同罪だ。お前らがどう扱われようが、こちとら公務として問題はねぇんだよぉ」

「そんな。あ、あんまりだ」


「誰だよ犯罪者を村に入れた奴は」

「お前か」

「いいやお前だろう」


 村民たちが口々に責任を押し付けあい始める、しかしその重責の所在を知ってしまっている少年とその母親は、言葉を発せず、顔を俯かせているばかりだった。


「いいから早く出てこいよぉ。そうしねえと、みーんなおっちんじまうぞぉ?」


 モリッツの声は明らかに少年の家へと向けられている。場所を特定され、逃げるか、それとも出て行くか、隠れている全員がラランの判断を待った。


「行かなきゃ」

「駄目よ」

「ボクたちのせいでこうなってるんだよ」

「だからといって不用意に出て行っても殺されるだけよ」


「でも、出て行かないと無関係の人たちも殺されちゃう」

「……それでも、貴方を出すわけにはいかない」


 ラランは頑としてミレンギの言葉を払う。

 ミレンギはひたすら歯がゆい思いだった。


 前王の息子だとラランたちに担ぎ上げられているのに、実際の自分は、何もできない無力な子供にすぎないのだ。その無力感がミレンギの心を苦しめる。


「しょうがないねぇ」


 これ以上は動きがないと悟ったのか、モリッツがようやく自身の歩を進めた。


 まっすぐな足取りで蹲っている少年の母親へと近づく。

 そして迷うことなく腰から長剣を抜き、母親の背中に一太刀入れた。


 母親の苦痛の悲鳴が闇夜の山間に木霊した。


 おそらく傷は浅い。

 しかし処置をしなければ確実に、いずれ死に至るほどの切り口だった。


 実際に容赦のなさを見せつけた上で、次はあえて殺さず、その悲鳴を聞かせて誘き寄せようとする。警ら隊長モリッツの惨忍さと狡猾さがそこにはあった。


「母ちゃん!」


 駆け寄ろうとする少年を、しかしモリッツは一蹴して吹き飛ばす。


 容赦のない彼が次はいったい何をするのか。血を滴らせる彼の刃がどこに向くのか。その恐怖がこの場を完全に支配していた。


 辛そうに呻き声を上げて倒れている少年の母親。


 何故あの男は平然と彼女を斬ったのか。

 何故、彼女が斬られなければならなかったのか。


 ――自分たちのせいだ。


 ミレンギを含む、家屋の中に隠れている全員がそれを痛感していることだろう。その重責にミレンギは耐えられなかった。


 もうなんだっていい。

 今すぐ飛び出して彼女を助けるのだと、ミレンギが家の戸を開けようとした時だった。


 とん、と身体を押されて、ミレンギは後ろに倒れた。突き飛ばしたのはラランだった。彼女はシェスタとアニューに目配せをすると、互いに頷きあう。


 そして、


「事が全て一段落して奴らが去るまでどうかご安静に。それではミレンギ様。貴方とこの国の繁栄を心からお祈りいたしております」


 そう畏まって言ったラランは、ミレンギを置いて、二人と一緒に家の外へと出て行ってしまった。


 待って、というミレンギの咄嗟の声は、閉められた戸口によって冷たく塞がれてしまった。


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