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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 1章 『ルーン侵攻』
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 -9 『ツケ』

「ああ、すっかり空っぽだよ……」


 軽くなった財布を揺さぶり、まったく硬貨の擦れ合う音がしない空しさに、ミレンギは泣きたい気分でうなだれていた。


 だが、隣でパンを両手に持って至福そうな笑みを浮かべて少しずつ齧る少女の姿を見ると、責めるにも責めれない状態だった。


「せっかくいい剣を買おうとおもったのに」

「別にいいじゃない。言えば支給してもらえるんだから」

「ええー。なんだかそれも味気ないしなあ」


「なによそれ」

「シェスタにはわからないよ。拳一つあればいいもんね……いてっ」


 頭の天頂に拳骨を落とされ、ミレンギは舌を出して顔をしかめた。

 そんなミレンギに、ミケットが目を光らせて顔を近づける。


「なになに! 武器を探してるのー?」

「え、うん。そうなんだけど」

「じゃあさー。ちょうどいいものがあるんだよねー」


 そう言ってミケットは荷馬車の奥をまさぐった。

 乱雑に中の品物を掻き分け、放り投げ、がらがらと大きな音が鳴っている。


 ひどく雑な扱いだが大丈夫なのだろうか。


 ミレンギが心配そうに見つめていると、やがて「あったあった」とミケットは声を弾ませた。やはりぞんざいに音を立てて荷馬車から引っこ抜いている。


 彼女が取り出したのは、細身の一本の長剣だった。刃先はいたって普通の形状ではあるが、柄の辺りには白銀の装飾が施されており、その中心には淡い瑠璃色の宝玉のようなものが埋め込まれていた。


 ミレンギはそれを手渡され、その生糸のような軽さに驚愕した。


「なにこれ、軽い。ほとんど持ってないような感覚だ」

「へえ、どれ。貸してみてよ」


 シェスタに言われ、渡してみる。

 しかし受け取った彼女の表情は訝しげだった。


「そんなに軽いかな?」

「あれ、軽くない?」

「あんた、曲芸団の時は筋力ばっかり鍛えてたから感覚おかしくなってるんじゃないの」

「ええ……そうなのかな」


 シェスタからまた戻されたそれを握ってみるが、やはりミレンギには軽い感覚しか湧いてこない。


「これ、ちゃんと切れるのかな。壊れないか心配だ」

「あー。その辺は大丈夫だよー。なんなら試し切りをどうぞー」


 ミケットはそう言って、小さな丸太を出してくれた。


 ミレンギはそれに向かって剣を真横に一振りしてみる。

 すらり、綺麗な線を描いて丸太はあっさりと二つに割れた。


 切れ味は申し分ない。刃こぼれもしてないようだ。


「悪くないね、これ」

「そうでしょー。しめて十金貨になります」

「ええっ?!」


 相場で言えば安物の銅剣でそれくらいの値段なので格安ではあるのだが、しかしミレンギの持ち合わせは僅か三金貨しかない。やはりセリィの食事代が致命的だった。あれだけでも三金貨は取られている。いや、それでも結局は届かないけど。


 十金貨。ミレンギはラランに小遣いとして一月三金貨ずつもらっているので、どう考えても足りない額である。


 軽い財布の腹をもみながら、ミレンギは涙を流しそうな顔で肩を落とした。


「ごめん。お金がまったくないから無理だよ」

「えー。そんなもったいないー。うーん……じゃあさ、王子くんとはよく会うし、ツケってことでいいよー」

「ツケ?」


「そう。またお金があるときに残りの金額を払ってくれたら、それをいま渡してもいいよーってこと」

「ええっ、そんなのでいいの?」


 必ずお金が返ってくる保証なんてないのに、根っからの商人気質っぽい彼女らしくない気もする。いや、売れるときに確実に売る、というのも一つの商才なのだろうか。


 終始にこやかなミケットの顔からはまったく考えが読み取れない。

 しかし、ミレンギとしてもありがたい話であるのは確かだった。


「じゃあそれでお願いするよ」

「りょうかーい。さっきの試し切りの丸太分とあわせて、十金貨と一銅貨になりまーす」

「ええー、増えてる?!」


 しれっと言ってのけたミケットは、満面の笑顔を浮かべて「まいどありー!」と手を揉んだのだった。


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