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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 1章 『ルーン侵攻』
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 -8 『義勇軍』

   ◆


 戦争を終わらせるため、ミレンギは再び剣を取る決意をした。


 王国による義勇兵の募集。

 此度の遠征にてルーンを討つべく、ノークレンの勅令によって行われたそれは、ファルド全土から多くの志願者を集めた。


 ミレンギもその一人である。

 シェスタ、ララン、アニュー、ハロンド、そしてセリィと共に、一般兵として前線に赴くこととなった。


 詰まるところ、ミレンギに出来るのは前進することだけだ。


 頭は良くない。

 考えることは苦手だ。

 それならば、自分を信じて前に突き進むのみ。


「第三遊撃部隊、集合だ!」


 威勢のいい掛け声に、ミレンギは大急ぎで駆け寄った。


 東国ルーンとの国境に位置する町、シャンサ。


 十年前まではただの街道の中継点だった中規模なこの町だが、ファルド分国以降、両国を塞ぐ重要な拠点として注目されている。数年をかけて街の周囲には城壁が築かれ、侵攻に備えて多くの兵士が常駐する大規模都市へと発展していた。


 このシャンサが境界線の要地として注目されたのは、二つの大きな要因がある。


 一つは元々街道が敷かれていた町としてそれなりの発展を遂げていたこと。そしてもう一つは、このシャンサを通過しなければ、ファルドの国内に容易に侵入できない地形であるということだ。


 多少の凹凸はあるが、ちょうど正四角形のような国土を有していたファルド。その中央には国を二分するように、湖と呼べそうなほど大きな川が流れていた。今はその川が隔てる形で二国が別れている。


 二つの国を繋ぐのは、いくつか存在していた巨大な橋。


 もともと静寂の森から東に行った北部と、ファルド南部の海沿いの地方に道幅の広い大きな橋がかけられていたのだが、それらは破壊され、現在唯一残っているのがシャンサから伸びる最大の橋『アマルテ大橋』だった。


 渡河するには川が大きすぎ、兵士の輸送にも大量の船団を必要とする。しかし固まって動けば、対岸で待ち構える相手の弓兵などに一網打尽にされてしまう危険がある。もちろん、両国共に渡河の警戒網をしっかりと張り巡らせていた。


 そのため確実に相手国へ兵を送ることが出来るには、このアマルテ大橋を通らなければならない。


 故に橋の根元に位置するシャンサは非常に重要な拠点となり得ていた。


 しかしそれはルーンも同じで、まるで映し鏡のように位置するルーン側の町『アイム』も、要所として非常に堅固な守備を敷かれていた。


 互いににらみ合い、時に攻めたり攻め込まれたりと、そんな消耗戦を続けて早十年となる。


 ここで一気に突破を図り、ルーン本国へ攻め入る足がかりを作る。そのために、ミレンギたち義勇兵を含むファルド軍がここシャンサへと集っていた。


「お前たち義勇兵は、正規軍の邪魔とならぬよう規律ある行動をとらねばならん。お前たちはノークレン国王陛下の手となり足として、誇りある戦いをまっとうするのだ」


 集まった義勇兵たちの前で暑苦しいほどの声を滾らせているのは、正規軍から派遣された、義勇兵を統括する隊長ギッセンである。真四角のような輪郭の角ばった顎が特徴的な中年男性で、かつては騎士団にも所属していた程の腕利きだと彼は自己紹介していた。


 そんな彼が束ねる、おおよそ四十人の義勇兵からなる部隊『第三遊撃部隊』。ミレンギたち一行は揃ってそこへ所属させられていた。


「これから大きな作戦が行われる。そのような時、お前たちが勝手な行動を取れば陛下のお命にも関わりかねない。たとえどんな危機が目の前に現れても、己の職務を全うすることこそが、お前たちに与えられた役割である。それを肝に銘じておくように。


 明日、本隊より具体的なアイム攻略作戦の令が伝えられる。それまで英気を養い万全に整えておくのだ。では、今日はこれにて解散」


 聞いているだけで疲れそうなほどうるさいギッセンの声に、ミレンギの隣で、シェスタはあからさまに嫌そうな顔を浮かべていた。


「あの人、なんか感じ悪いわ。ずっと怒ってるような口調だし」


 シャンサの町を散策しながら、そう言ってシェスタは舌を出していた。


 ミレンギは苦笑だけを返す。たしかに高圧的ではあるが、まだ彼の人となりを知らない。悪く言うのも失礼だろう。


「あんな奴の指揮じゃみんな気分が下がっちゃうわ。士気だけに、なんてね」

「なにそれ」

「むう、ちょっとは笑いなさいよ」


 ミレンギが冷静に返すと、シェスタは不満そうに頬を膨らませた。そんな彼女の腕に、一緒に歩いていたセリィが抱きつく。


「ねえシェスタ。今の、どういう意味? もう一回言って」

「ええっ、いや、もう一回は……」


 ちょっとした冗句として言ったつもりなのにセリィに拾われ、シェスタは困惑して眉をひそめていた。


 他愛のない冗談を説明しろというのは酷な話だ。

 しかもそれがセリィの悪意のない無垢な質問なのだから、無碍にもしづらい様子だった。


「どうして?」

「えっと……そう、忘れちゃった」

「セリィ、覚えてるよ。あんな奴の指揮じゃ――」

「うわああっ! 駄目、もういいから!」


 シェスタが慌ててセリィの口を塞ぎ、ようやっとその話題は終わりを迎えた。恥ずかしそうに顔を赤くしていたシェスタと、最後まで不思議そうに首をかしげていたセリィの二つの顔の違いが、ミレンギには面白おかしかった。


「やあみんなー。今日も仲がよさそうだねー」


 ふと路端の商人に声をかけられ、ミレンギたちは立ち止まった。


 ミケットだった。


「ええっ、なんでここに?」

「あたしは商人だからねー。儲かりそうなとこならどこにでもいくよー」


 片側にまとめて跳ねた髪をぴょこんと揺らし、ミケットは揉み手をしながら業務的な笑顔を浮かべていた。


 この少女は本当に不思議である。

 王城攻略の日もそうだが、まさに神出鬼没だ。


「これから大戦が始まるでしょー。そういう時は武器とか食料とかがよく売れるんだよー」

「なるほど、確かに」


 ミレンギはあっさり納得してしまった。

 その代わりとばかりにシェスタが詰め寄る。


「あんた、尾行でもしてるんじゃないでしょうね」

「いやいやいや、滅相もないですよー。第一、ミレンギ様って全然お金持ってなさそうじゃないですかー。地位があったアドミルの時ならともかく、今は得がありませんよー」


「……それは、確かに」


 結局シェスタも納得してしまった。ミレンギとしては複雑な気分ではあるが。


「それにしても――」


 ミレンギがふと彼女の装いを見る。


「今日は可愛い洋服じゃなくていつもの外套なんだね」

「あ、当たり前だよ。お仕事中なんだからー」


 ミレンギの言葉に、ミケットは一瞬だけわたわたと取り乱していた。


「ミケ、お腹すいた。美味しいものある?」

「おお、セリィちゃん。あるよー。いっぱいあるよー」


 話の腰を折るセリィの声に、ミケットはさっさと話題を変えてしまった。


「食べたい」

「どんなのがいいかなー」

「おにく」

「そうだねー、じゃあ――」


「うわー、待って!」と、いつの間にか進んでいるセリィとミケットの会話にミレンギが割って入った。


 ミレンギの財布袋は風が吹けば飛ぶほどに軽いのである。この少ないお金で、この前、グランゼオス戦で折れた剣の代わりを調達しようと市に出たのだ。


「ミレンギ?」


 セリィが指先を咥えてよだれを垂らしそうにしながら首をかしげる。


 いたいけな瞳。

 おまけにグウとお腹まで鳴らしている。


 そんな無垢を否定できるほど、ミレンギは強靭な心を持ち合わせていなかった。


「……ミケット、何か食べさせてあげて」

「りょーかい! まいどー!」


 結局、セリィは干し肉を挟んだ携帯食のパンを合わせて五つ、満面の笑顔でミケットから受け取ったのだった。


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