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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 1章 『ルーン侵攻』
67/153

 -7 『変化』

   ◆


 盛り上がる国の情勢とは切り離されたように、山奥の集落にはのどかな時間が流れていた。


 緑の梢がそよ風に揺れ、さわさわと葉擦れの音が響く。

 そんな優しい音を、足元を駆け回る子供の掛け声が掻き消す。


「おにーちゃん、こっちこっち!」

「待てってば。あんまり遊んで怪我すると母ちゃんに怒られるぞ」

「大丈夫だってば……あいたっ!」


 走り回っていた小さな少年が転んだ。

 顔から地面に倒れこみ、頬に擦り傷を作ってしまっていた。


「ほら言わんこっちゃない」と少年の兄が駆け寄る。


 傷の具合は大したことないようだ。だが傷口から血が出て、弟の方は思わず泣き出してしまっていた。


 そんな少年の頭を、後ろから寄ってきた女性がそっと撫でる。

「大丈夫? ちょっと待ってて」


 優しい声に、弟の涙がすぐに止まる。


 その女性は腰元の剣を抜き取り、その切っ先をそっと少年の傷口に当て、そして小さく呪文を呟いた。


 治癒魔法。

 傷口の回復力を促進するものだ。その効力は魔法の資質などで大きく変わる。


 剣の柄の部分に、杖などの代わりに魔法を使役する媒体となる結晶が埋め込まれており、彼女はそれによって魔法を使うことが出来る。


 だが魔法というものは誰でも扱えるわけではない。もともとの才能が大半を占める。そして、その才能によって使える魔法も変わってくる。


 炎や氷などを生み出し攻撃に使える者。

 それとは正反対に、治癒といった非戦闘向きの魔法しか使えない者もいる。


 この女性は後者であった。それでも魔法が使えるだけ特別ではある。だが、戦いに明け暮れるばかりであった彼女には、戦闘に応用できないそれはあまり嬉しくないものだった。


 故に、治癒魔法が使えることを嬉しく思ったことなんてなかった。ほんの少し前までは。


「ほら、もう大丈夫」


 少年の傷口が塞がり、怪我の痕はずっかり消え失せていた。


「ありがとう、お姉ちゃん!」


 少年がにこやかな笑顔を浮かべて言った。

 それを見て、女性は嬉しそうに柔らかくはにかんだ。


「いいんだ。行く当てのない私を置いてくれた恩がある。今の私にはこれくらいのことでしか返せないから」


「何言ってんのさ」と少年の兄が言う。


「母ちゃんを助けてくれたんだ。それだけで十分すぎるって」

「そうだよ! 母ちゃんすっごく元気になったもん!」


 弟も拳を掲げて目一杯に言った。

 女性はそんな彼らの笑顔を、噛み締めるように受け止めていた。


「力を振るうことだけが人を救うというものではないのだな」


 自然と吐き出たその言葉は、彼女自身の心に深く言い聞かせるようだった。


 また野山の木々の間を走り回り始めた子供たちを遠くに眺めながら微笑んでいると、ふと、外套を羽織った男が彼女の背後に現れた。


「現政府は本格的にルーン攻略へ動き出したようです。兵の大半を国境付近へ移動させているとのこと」


 木の陰に身を隠しながら耳打ちしてくる。

 女性はそれを聞き、そっと瞼を閉じた。


「そう。また争いが始まるの」

「国の命運をかけた聖戦であると喧伝しているようです」

「ミレンギという少年たちはどうした」


「つい先ほど入った情報ですと、どうやら志願兵として軍入りするようです」

「……わかった」


 女性が頷くと、外套の男はまた音もなくどこかへと姿を消してしまった。


「どうかしたのー?」


 走り回っていた弟が戻ってくる。


 とても愛おしく思えるほどに穏やかで、和やかな空気。

 遠くの民家では、兄妹の母親が食事の時間を知らせにやって来ようとしている。


 子供たちが遊び、親がご飯を用意し、温かい食卓を囲む。そんな当たり前な営みがここでは続けられている。


 ゆったりとした時間が流れているこの空間は、まさに平和の象徴であるように思った。


 しかし、戦争となれば災禍が広がる。

 この愛おしき時間が壊されるかもしれない。


 いや、ここだけではない。この国のどこにでもこんな平和はあって、けれどそれが戦争によって破壊されている。


 彼らは非力だ。

 だから、守らなければならない。


 思いつめた形相の女性に、きょとんとした顔で弟が覗き込んでくる。そんな少年にふっと優しく微笑んで、彼女はこう言った。


「すまない。私はそろそろ行かなければならないようだ」

「どこに行くの?」

「どこだろうな」


 ふっ、と女性は不敵に笑う。

 同時にふと思い出したのは、とある少年の顔。


「まずはもう一つの恩を返さなければならないからな」

「帰ってこないの?」

「それはわからない」

「やだ。いっちゃやだ!」


 弟の小さな体が、長身の女性の足元に抱きついた。

 見上げる顔は涙目になっている。そんな弟を兄が後ろから引き剥がした。


「こら、邪魔すんな。姉ちゃんもやることあんだよ」

「えー、でも」


 弟はまだぐずっている様子だ。

 そんな彼の頭にそっと手を乗せ、しゃがみ込んで視線を合わせる。


「戦いが終わったら戻ってくるよ。君たちにも恩があるからね」

「俺、母ちゃんと待ってるよ」

「じゃあ僕も待ってる!」

「ありがとう、二人とも」


 指を二本立ててにっかり笑う兄弟に、彼女は優しく笑んだのだった。


   ◆

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