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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 1章 『ルーン侵攻』
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 -5 『再起』

「ハロンドさん、貴方死んだんじゃなかったんですか?!」


 買い物から戻ってきたラランが一番に口にしたのは、そんな驚きの一言だった。


 外から戻ってきてすぐ、椅子に座ってくつろぐ彼の姿を見つけ、ラランは呆気にとられた顔を浮かべていた。その場で立ち止まったせいで、続けて入ってきていたアニューが彼女の柔らかいお尻に顔をぶつけて埋まっている。


「がははっ。勝手に殺さんでくだせえ」

「だってあんな傷を負って川に落ちたんですもの。もう無理かと」

「へへっ。しぶとさだけが取り得なんでえ」


 げらげらと笑うハロンドに、ラランは呆れた調子で溜め息をついていた。


「急に騒がしくなったわね」とシェスタも肩をすくめている。


「あんた、生きてたのはいいけど、今までどうしてたのよ」


「いやあ、川に流された後、どうにか岸辺にたどり着いたんだが、思いのほか傷が深くてなあ。倒れてたところをたまたま路馬車が通り過ぎたんでえ。


 それから王都の病院で治療を受けてたんだが、完治するまで半月も動けなくてな。そんでやっと自由になったかと思ったら、王城に行ってもミレンギ様たちはいないって話だ」


 彼は戴冠式でのことを知らないのだ、とミレンギは察した。


「とりあえずシドルドに戻れば誰かいるだろうと思ったら、今度は官舎ももぬけの殻よ。そんで路頭に迷っていたら、偶然ミレンギ様を見つけたって訳でさあ」

「ず、随分と大変だったんだね」


 ミレンギの労いの言葉に、ハロンドは大袈裟すぎるほど嬉しそうにしていた。


 本当に大変だったのだろう。しかし、テストでは肩を射られて、王都前の関所の橋でも傷を負ったまま川に落とされたのに、こうして目の前で笑っている辺り頑丈な人だ。


 彼がいるだけで、鬱屈と静まり返っていた部屋が無駄に明るく騒がしくなった。アニューが寝台に倒れこんで耳を塞いでいるほどだ。その隣でセリィは普通に寝付いている。彼女も色々と頑丈である。


「そんで」とハロンドが座った両腿に手を置き、息張る。


「ミレンギ様はこれからどうする予定なんですかい?」


 それは純粋な疑問の言葉だった。

 だが、シェスタとラランは気まずそうに眉をしかめる。


 仕方がない。彼はノークレンのことを知らない様子なのだ。


 しかしそれが逆に良かったのかもしれない。

 気を遣ってしまうシェスタたちには絶対に言い出せなかっただろう言葉だったからだ。


「これから――」


 口を開いたミレンギの声の続きを、シェスタとラランは聞き逃さないように身を乗り出して聞こうとしていた。そんな彼女たちの期待を知ってか知らずか、しかし続いたのはハロンドの快活なしゃがれ声だった。


「俺はね、ミレンギ様。貴方と一緒についてきてよかったって心から思ってやすよ。いやあ、ほんと。ミレンギ様と一緒なら、この国から争いをなくせるって本気で思いやした。王都だっていけたんだ。ルーンなんてあっという間じゃねえすか」


「でもボクは、もうアドミルの御旗でもない。それにジェニクスの本当の子供でもなかったんだ。ボクがみんなと一緒に行く理由が、もうなくなっちゃったんだよ」


 ミレンギの代わりはノークレンがしてくれる。本当の後継者である彼女が。


 自然と暗くなっていってしまうミレンギの声に、しかしハロンドは一切の低調もせず豪快な口調で続ける。


「あー、詳しいことはわかりゃあしません。でも」


 晴れ晴れしくハロンドはかっと笑った。


「俺たちゃあ、ジェニクス様の忘れ形見に忠誠を誓ったんじゃねえ。ミレンギ様、貴方と共に歩くことを誓ったんでさあ。だったら貴方がどんな人であろうと、俺たち『仲間』は信じてついていくだけってことでさあ」


「……仲間」


「今はちょっと一休みしてんでしょう。なあに、もう一度歩き始めるとなっちゃあ、みんなまた貴方の元に駆けつけますよ。なにせ、一緒に歩くって約束しやしたからねえ。くううう、あの時の気分の昂ぶりは今でも思い出しまさあ」


「……ハロンドさん」


 勢いの良すぎる彼の言葉は、しゃがみ込んでいたミレンギを無理やりにでも引っ張りかのようだった。


 気が気でない様子で見守っていたシェスタたちも、彼の言葉ににこやかに頷いていた。


「そうよ、ミレンギ。あんたには私たちがついてる」

「だから貴方のやりたいことをやればいいのよ。私たちがそれを手伝うわ」


 シェスタとラランが、うなだれたミレンギの背を正すように手をついて、優しく言った。


「アニュー、がんばる。おとーさんの、代わり。ミレンギ、たすける!」


 寝台のアニューまで、寝転がったまま手を掲げてそう意気込んだ。


 さすがに騒がしさを我慢できなかったのか、セリィまでが目を擦りながら起き上がる。


「おはよう、ミレンギ」


 どこまでも自分調子なおっとりとした声でセリィが言う。


 おはよう、とミレンギが柔らかく返すと、彼女はぐっと身体を伸ばして、それから尋ねた。


「今日はこれからどうするの」と。


 これからどうするか。

 そんなこと、ミレンギにはまだわからない。


 どうしてガーノルドは確証もないのにボクを孤児院から連れ出したのか。そして前王の子として育てたのか。


 本当に、ノークレンが正統な血筋で、ミレンギが偽者だったのか。


 なにもわからないのだ。


 ただ、確かなことはある。

 いま、こうしてミレンギの傍に居てくれる人がいることだ。


 ミレンギの進む道を共に歩いてくれる仲間がいる。ファルド統一という目標だって叶ってはいない。だったら叶うまで前進し続けるしかないではないか。


 考えたってわからないのだ。

 だから、歩く。前に、先に。

 その行く末が正しい道であることを信じて。


『もし貴方が道を踏み外しそうになったら、隣を歩く我らが手を差し出して踏みとどまらせましょう。だから安心して、貴方の道を進んでくださればよいのです』


 いつの日かガーノルドがかけてくれた言葉がふと心の奥に浮かんだ。その優しい声を思い出し、ミレンギは自分の心が安らいでいくのがわかった。


 そう、散々彼らが言ってくれていたのだ。


 他の誰でもない。

 ミレンギは、ミレンギであるからこそここにいる。


 旗は立たねば靡かない。

 しかしミレンギが心に御旗を掲げ続ける限り、きっと彼らはついてきてくれる。


 だから安心して前に進める。

 そう、ずっと教わってきたのだ。


 ははっ、とミレンギの口から短い笑みがこぼれた。


「……ボクは何を悩んでたんだろう。あれだけ自分でも、前王の子だとかどうでもいいって言ってたはずなのに」


 いざ真実を突きつけられ、動揺してしまった。

 お前は要らない子だと烙印を押されたような気分になってしまった。

 もう自分の役割は終わったのだと、勝手に終着点を定めてしまった。


 でも、どうやらまだもう少し道は続くらしい。


「これからのことを考えてみよう。ボクにできること。もしそれがあるんだったら、やれることをやれるだけやってみたい。だってボクは、この国を平和にしてみせるって決めたんだから」


 どんな未来が待っているかわからない。

 けれども前に進み続けようと、ミレンギは固く決意したのだった。


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