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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 1章 『ルーン侵攻』
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 -4 『終わりの静けさ』

 戴冠式での出来事は、ファルド全土へ瞬く間に広がっていった。


 逆賊クレストを討った反乱軍『アドミルの光』は解散。彼らを束ねていたミレンギという少年は即位を辞退し、ノークレンに譲ったという事の顛末。


 そしてノークレン=ファスディード。

 彼女こそが本当の隠し子であり、正統な王位継承者であると伝えられた。


 結局、ミレンギという少年は何者だったのか。『アドミルの光』とはなんだったのか。


 国民感情は非常に揺れ動いていた。


 しかし一度情勢が安定すれば、国民たちの動揺はゆっくりと落ち着きを見せるようになっていた。それは、ノークレンによる統治がそれほど滞りなく行われていた影響であった。


 ミレンギたち『アドミルの光』が王都を去り、ノークレンは、彼女を孤児院から保護した付き人の男――グラッドリンドによる後ろ盾を受けながら王城での生活を送っているという。


 そのグラッドリンドという男。


 王都の下級の貴族の出で、主に土地の売り買いや貸し出しによって財を成していた。しかし貴族としては無名ではあった彼だが、ノークレンという孤児を育てたことで大きく変わったという。王族に取り入ったという事実により、その発言力は他の貴族たちをも上回るほどになっていた。


 ノークレンを中心に、グラッドリンドの息のかかった者たちによって政治は動かされていた。


 まず第一に、グラッドリンドは王位継承の正しさを説く為に、ノークレンをつれてファルド中の主要都市を回った。勅印を掲げ、正統なる後継であると見せ付けると同時に、国の現状を視察するという態度を示した。


 国民に目を向けているというその姿勢は、民たちにそれは印象良く残ったことだろう。


 東国ルーンとの戦闘も小康状態に落ち着かせ、休戦とまではいかないが互いに睨みあう程度に収まっている。それも、内乱による混乱に乗じて進行させない為、要所に多くの兵を裂いて国境を守らせた迅速な判断の賜物だ。


 今のところ、ノークレンの統治に不満を示すものは誰一人といなかった。


 ――いや、不満を持つものならば一人。


「じゃあボクは、いったい誰だったんだよ」


 シドルドにある寂れた民宿の一室で、ミレンギは窓枠にもたれかかってぼうっと空を眺めていた。


 壁にかけられた時計が淡々と音を刻む。机の花瓶に挿された華は甘い蜜の香りがしていた。窓の外から、路地を駆ける子供たちの喧騒が届く。


 半月前の戦いが嘘だったかのように静かな時間が流れていた。


 シドルドの町も王都から寄越された文官が治めることとなり、いよいよ『アドミルの光』は完全に解散となったのだった。


 もともとガーノルドと共に立ち上がった王国兵とハーネリウス候の私兵、そして周辺の村の志願兵からなる、母体のない組織である。一度崩壊したそれは、跡形もないように霧散していった。


 兵たちは散り散りとなり、アイネもハーネリウス候と共にシュルトヘルムへと戻ってしまった。


 こうしてミレンギは、ただの少年に戻った。


「いつまでそんなだらけてるのよ」


 紙袋にいっぱいの果物を詰めたシェスタが部屋に入ってきた。


「これ、そこの露天で売ってたの。美味しそうじゃない?」


 そう言って籠に果物を移し変える彼女を、ミレンギは虚ろな目で眺めていた。


 身体を動かすのも疲れると思った。ただただ気だるくて、無気力だった。


 ずっとガーノルドの言葉を信じて道を進んできたのだ。

 その道が誤ったものだったと、進んだ後に知らされた。


 ジェクニスの子として育てられてきたのに、それを否定されたのだ。それに、ミレンギに求められていた役割を、今は何の不自由もなくノークレンという少女が全うしている。


 本当に、自分という存在の必要性がミレンギには良くわからなくなっていた。


 ここにガーノルドがいれば問いただしたことだろう。


 ――どうしてボクを育てたの。どうしてボクを選んだの。


 答えてくれる人なんて誰もいない。

 彼を育ててくれた人はもういないのだ。


「…………いでっ」


 呆けていると、シェスタに頭を小突かれた。


「だーかーら、ぼうっとしない!」


 歯切れのいいシェスタの声は、寝ぼけた風に曇ったミレンギの頭によく響いた。


「痛いじゃないか」

「痛くしてるのよ」


 シェスタは不思議なくらいいつも通りだ。


 贋作の王子だと定められ、城を追われてからも、シェスタはまったく変わらない様子で話しかけてくる。


 彼女と、そしてラランにアニュー。以前からの家族だったみんなは、ミレンギの元から離れずに一緒にいてくれた。


「ちょっとは動きなさい。部屋にこもってると太るわよ」

「それを言うなら、朝からずっと寝てるセリィに言ってよ」

「あの子はいいの。寝顔可愛いから」

「なにそれ、理不尽だ」


 ミレンギは頬を膨らませ、窓枠にもたれかかりながら、寝台で横になって寝息を立てる少女を見やった。


 ずっとミレンギを手伝ってくれている少女、セリィ。彼女も結局、アドミルが解散してからもミレンギの傍に居続けている。今ではすっかり家族の一員といった雰囲気だ。


 シェスタが日陰になった寝台で眠るセリィの寝顔を優しく突く。柔らかい頬が弾んだ。


「ふふっ、なんだかお餅みたいね。美味しそう」


 ぐにぐに弄りながら指先で食べるように摘むと、セリィが目をつぶったまま嫌そうに身を捩らせた。


「私に食べられるのは不満かー」とシェスタがふざけて笑うのを、ミレンギは落ち着いた気分で眺めていた。


 本当に僅かの間だったけれど、戦いを続けていたあの喧騒が懐かしく感じる。


 今となっては昔のこと。

 もうこのまま、なんでもない風に時間が流れて、年老いていきたい。


 そうミレンギが呆けた頭で考えていた時。


「あああっ、ミレンギ様じゃねえですかい!」


 ふと、聞き覚えのある声が窓の向こうから届いてきて、ミレンギは目をやった。


 先ほどは青空が映っていたはずの窓が、しかし何かに阻まれて陰っていた。その正体は、色黒の肌をぺたりと窓に貼り付けた髭面の男だった。顔が潰れ、皮脂が窓について汚い絵面になっている。


 ミレンギは思わず声を上げた。


「ハロンドさん?!」と。


 窓の向こうにいた髭面の男――ハロンドは、白い歯を見せ付けるように気持ちよく笑っていた。


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