-2 『王の子』
戴冠式は王城に併設された大きな聖堂で執り行われることとなった。
この国を護る竜の姿を象った彩色硝子に見下ろされ、入り口からは赤い絨毯が長く敷かれている。その脇には、各地の諸侯や貴族たちが立ち並んでいた。
ハーネリウス候も、王都攻略に協力してくれた有志の諸侯たちと一緒に、この時を感慨深そうに噛み締めているようだ。
「ついにこの時が来たのですね」と。
クレストの手によってジェクニスが討たれて十年。
彼を失った忠臣たちの悲願が今、ここに叶えられようとしている。
正式な血筋を引く者の戴冠。代々、竜の守護を受けた一族によって栄えてきたこのファルドをもう一度再興させること。
そのための十年の成果が、今日、花開く。
中にはまだ戴冠式が始まってもいないのに感極まって涙を浮かべている者までいたほどだ。
先だってシェスタとララン、そしてアイネとセリィも、彼らの列に加わる。
入り口から伸びる絨毯の先では、この聖堂の牧師の姿と、煌いて輝く王冠が掲げられていた。
場が荘厳な静寂に包まれる。
管楽器による演奏が行われ、衛兵が竜の紋章の入った国旗を振り回す。そして、聖堂の扉を開けて一人の少年が入ってきた。
その少年――ミレンギの姿を見るや否や、聖堂に並んでいた諸侯たちが一斉に傅いた。
まだ齢十六の彼は顔立ちからも多分の若さが垣間見える。しかし、赤絨毯の上を歩み始めたその姿には堂々とした雰囲気が醸し出されていた。
ミレンギは頭を垂れる諸侯達の間を通り抜け、奥の聖壇へとたどり着く。
眩しいほどの光沢を放つ王冠。
ミレンギはそれを前に、その場で膝をついた。
牧師が本を開き、口上を述べる。
「今日、記念すべき日は訪れた。我が国に竜の加護を受けし者来たり。名はミレンギ。この国の先を明るく示す者なり。いまここに、より強き竜の加護を授け、更なる繁栄を願わん」
そして王冠が牧師の手に移る。
跪いたミレンギの頭にそれが載せられると、正式な王として選出されたことになる。それからミレンギが竜の紋章へ誓いを立て、臣下となるみんなに言葉を投げかける。そうして戴冠式は完了だ。
牧師によってミレンギの頭に王冠が掲げられ――そうになった瞬間だった。
唐突に聖堂の扉が開き、頭を下げていた諸侯も、ミレンギすらも驚きで顔を向けてしまった。
薄暗い室内に、外の明るい光が眩しく差し込む。眩暈しそうなほど白く照らされたそこに、豪奢な洋服を纏った少女が佇んでいた。
やや色が抜けたような灰色の髪。日差しを反射する白い肌。遠くからでもわかる赤色の瞳。やや童顔だが、おおよそミレンギと同い年くらいだろうという背格好の少女が、「ちょっと待ちなさい!」とうるさいほどの声を張った。
会場がどよめきに包まれる。
衛兵が慌てて彼女に駆け寄ろうとすると、聖堂の外から、その少女を護るように幾人の私兵が現れた。
「いったい何の騒ぎだ」とハーネリウス候が怒鳴り声を上げる。
しかし少女は一切臆さず、その切れ長の瞳を持ち上げて言った。
「この戴冠式に異議を申し立てるわ」
どこか高圧的な少女の一言に、諸侯達の動揺は更に広がっていった。ざわついた雰囲気がすっかり戴冠式の荘厳さをぶち壊し、それどころではなくなってしまっている。
「どうしたというのだ」
「あの女はなんだ」
口々に怪訝の声が上がるの中、少女は護衛につかれながら赤絨毯を歩き進めた。そうして、ミレンギの前へとやってきた。
ミレンギと牧師を護るように衛兵が立ち塞がる。
ミレンギは彼らの鎧越しに、少女の自信に満ちた不敵な笑みを見た。
「貴女は、いったい……」
呆気にとられたミレンギの言葉に、その少女はお高く笑い、見下ろすように言う。
「そうね。自己紹介をしたほうが手っ取り早いわね。わたくしはノークレン。今は亡き前王ジェクニス=ファスディードの実子、ノークレン=ファスディードよ」
胸を張って言いのけた彼女に、場にいる諸侯たちが一斉に驚きの声を上げた。




