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 魔獣使いアニュー 『しあわせな時間』

 それからアニューは、ヘイシャと共にシドルドの町から少し離れたところにある丘へと向かった。


 グルウの背中に同年代の子供を乗せたのは初めてだった。


「すごーい! すっごくはやーい!」


 颯爽と大地を駆ける巨躯の上で、ヘイシャは楽しそうに笑っていた。それを見て、アニューの頬も自然を緩んだ。


 不思議な感覚だった。いつもはグルウの機嫌を窺ったりするばかりなのに、今日はずっと、彼女の笑顔ばかりに目が奪われている。


 やがて目的の丘にたどり着くと、ヘイシャはより大きな声を上げた。


「うわー! きれい!」


 そこは絨毯のように咲き乱れる一面の花畑だ。

 赤、黄色、青、様々な花弁が満開に開き、甘い蜜の香りを漂わせている。


「アニュー、この前、見つけた」

「これはすごいね。森じゃこんなに咲いてるのなんて見たことないよ」

「お気に入り、ヘイシャだけ、特別」

「ありがとう!」


 満面の笑みを咲かせるヘイシャに、アニューの機嫌も高まっていくようだった。


 花畑に足をつけ、ヘイシャと追いかけっこをして走り回った。


 はしゃぎすぎるあまり、蹴躓いて転んでしまい、頭から花畑に突っ込んだ。きょとんと顔を持ち上げたアニューを見て、ヘイシャがくすくすと笑う。


「変な顔ー」


 鼻先に土と花弁がついてしまってることに気付き、アニューは気恥ずかしく微笑んだ。


 他愛なく笑いあう。

 初めての感覚だった。


 アニューやグルウを恐がらず、一緒に遊んでくれる。


 まるで――。


「……友達、みたい」


 ぼそりとつい呟いた言葉に、ヘイシャが耳を立てて食いついた。


「うん。私達、もう友達だよ!」


 アニューの手をぎゅっと握る。


 また近い距離。恥ずかしい。

 けれど、今度は目を背けずにいられた。


「……とも、だち」

「うん!」


 にへら、とアニューの顔が歪んだ気がした。


「そうだ、これ」

「なに?」

「お花。こう、くっつける」


 慣れた手つきで、花を摘み、長い茎を結んで一本にしていく。

 お花の冠だ。


「うわあ、すごい! 輪っかになってる」


 あっという間にできあがったそれを見て、ヘイシャは興奮気味に目を輝かせていた。


「あげる」

「いいの? ありがとう!」


 いつもは一人で作っている。

 けれど官舎に持って帰ってもあげる人がいない。


 シェスタは「わ、私にはそういうの似合わないから」と恥ずかしがって受け取らない。ラランは受け取ってくれこそするが、もう十回も渡した頃に「もういいわよ」と断られた。


 セリィはせっかく編んだ花を食べてしまったからもう渡したくない。ならばアイネに被せてみると「僕は男ですから!」と怒られた。似合ってたのに。


 だからヘイシャが喜んでで受け取ってくれるのが、アニューはたまらなく嬉しかった。


「もういっこ、いる?」

「今度は私が作ってみたいなー」

「うん。おしえる」

「やったあ!」


 耳長族は手先が器用ということもあって、ヘイシャもあっという間に作り方を覚えていった。


 細い指を忙しなく回す。

 作業が早すぎて、アニューは急いで次の花を摘んで渡していった。


「かんせーい!」


 綺麗な円になった花冠をヘイシャが高く掲げる。

 黄色い花ばかりで作られた明るい色の冠だ。


「元気な色だから好きなんだ」

「うん、かわいい」

「ありがとう。はい、これあげる」

「え……」


 ヘイシャがアニューの首にかけてくる。


 黄色い花弁が陽光を反射し、アニューの顔は明るく照らされたみたいに笑顔になった。


 それからアニューたちは花畑を縦横無尽に駆け回った。


 珍しい花を見つけたり、蜜を吸おうとする蝶々を眺めたり。

 昼寝をするグルウの髭や尻尾を引っ張って遊んだりもした。


 広い花畑に二人の少女の笑い声が木霊する。

 楽しい。素直な感情がアニューの心に込みあがっていた。


 これが友達と遊ぶというものなのだ。

 アニューがずっと知らなかった感覚なのだ。


 独りぼっちだと思っていた自分が経験できるなんて思わなかった。


 幸せだ。


「今度はかくれんぼしよ」

「うん」


 楽しさが止まらない。

 わくわくと気分が高揚して、鬼から逃げるアニューの足取りはとても軽かった。


 やや地形の入り組んだ岩場の方へ逃げ、木陰にしゃがみこんで身を隠す。


 ちゃんと見つけられるだろうか。

 もっと別の場所の方が良いだろうか。


 こんな遊びがそもそも初めてで、考える何もかもが新鮮で楽しい。


 もし見つかったらおどかしてやろうか、などとアニューが考えていると、


「なんだ、この餓鬼」


 急に声が降ってきたかと思った瞬間、アニューは何かに片腕を掴まれて引っ張られた。


 関節が千切れそうなくらい強引な引きに、アニューの体はなすすべなく立ち上がらされる。


 立ちくらみを覚えて視界が一瞬だけ暗転した。

 少ししてようやっと正気に戻ったアニューの目の前にいたのは、黄土色の外套を羽織った長身の男であった。


 知らない人だ。

 冷めたような鋭い目つきで見下ろしてくる。


「な……に……?」


 突然のことに気が動転してしまったアニューは、ただじたばたと手足を動かす。けれど、掴んできた腕は太く、とてもアニューには振りほどけなかった。


 長身の男の後ろから、もう一人、同じ色の外套を纏った小柄の痩せ男が顔を出す。双眼鏡のような分厚い眼鏡と、根菜のように細長い顔が特徴的だ。


 その男がアニューに気付くと、怪訝そうに顔を歪めた。


「親びん。どうしたんっすか、その小娘」

「知らん。ここにおったのだ」


 親びんと呼ばれた長身の男は毅然と言葉を返す。


「迷子ですかい」

「どうだろうな。どうにせよこんな町の外にいる子だ。余程の身の程知らずだろうよ」


 男たちの会話。アニューはその間も必死に離れようとするが、掴まれた腕の拘束は振りほどけない。


「この小娘、どうするんで?」

「我らは資金難だしな。この娘、顔も悪くない。闇市で売れば高値がつくだろう」


 耳を疑った。


「いいんすか、そんなことして」

「こんなところに独りでおるのが悪いのだ。俺は悪くない」

「うへー、とんだ理屈っす」

「なんとでも言え。はっはっはっ!」


 高笑いする男を見て、アニューはいよいよ血の気が引くほどに危機感を覚えた。


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