商人の少女ミケット 『男勝りな乙女心』
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「今度こそあたしの番だからねー!」
腹が膨れたミケットは、したり顔を浮かべながらセリィの背中を押した。
彼女がつれてきたのは商業通りにある服飾店だ。
「
綺麗な麻や絹の、七色よりもずっと多彩な洋服たちが壁などに所狭しと並んでいる。左から右へ、右から左へ。その綺麗な洋服たちを見て、思わずセリィの目も移ろいでいく。
こういうとこに来るの、初めて」
「へえ、そうなんだー」
意外だなー、とミケットは思った。
年頃の子ならば一度は身だしなみに興味は持ちそうなものだが意外だ。
そういえばミケットが出会うとき、セリィはずっと、簡素でみすぼらしい麻布の服ばかりだった。
「この服しかないし、別に興味もないから」
そうは言っていたが、実際に装飾などが多様に施された服を見てみると、少女ながらにくすぐられるものがあったのだろう。
「きれい」とセリィは素直な感想を漏らしていた。
そんなセリィにミケットはほくそ笑む。
「気になる?」
「え? ……うん。こういうの着たら、ミレンギ、どう思うかなって」
顔を赤らめたセリィの表情はまさに恋する乙女のようだった。
うしし、とミケットはしたり顔を浮かべる。
「よっし。じゃあいっぱい着てみよー!」
そう言ってミケットはセリィの手を引き、洋服の並ぶ棚へと駆け出したのだった。
それからはまさに人形遊びのようだった。
ミケットが適当に選び、試着室で着替えさせる。十着、いや二十着はいっただろうか。
白い礼服や黒い燕尾服。落ち着いたものから派手なものまで。次に着せた織物のたくさんついた水色の可愛らしい服は彼女の白い髪によく映え、本当にお人形のような愛くるしさが出ていた。
見ているミケットの顔もつい溶けるようににやついてしまう。
「やっぱセリィちゃんは素材がいいからねー。可愛い子には可愛い服が似合うねー」
太ももが露になる大胆なものもいいし、ちょっと淑女っぽく上品なものも似合う。
――可愛いってずるい。
ミケットは笑いながらも、内心頬を膨らませてむくっとした。
ひらひらのたくさんついた給仕服。
うん、かわいい。
はるか遠く東洋に伝わるという巫女装束。
うん、かわいい。
生まれつきがさつで、誰にも女の子とすら見てもらったことがないミケットには無縁の衣装も、セリィには悉くよく似合う。
「次これ。次はこれねー。あ、こっちもいいなー」
「ミケ、つかれた」
「もうちょっと。もうちょっとだからさー」
「ミケが着ればいいよ」
セリィの言葉に、服を取るミケットの手が止まる。
「あたしは……いいよ」
「どうして?」
「似合わないからさー。あたしってほら、性格も男の子っぽいって言われるし、体つきだって貧弱だし」
「セリィも小さいよ?」
「触らない触らない」
自分のぺたんこの胸を擦るセリィの手を引き止める。
たしかにセリィも肉つきは少ないほうだ。だが真ん丸い瞳と綺麗な艶のある髪、そして小顔な輪郭から見える可愛らしい女の子らしさは、明らかにミレットには無いものだ。
ずっと通商連合の人間として商売ばかりしていた。取引相手なんておじさんばかり。こんな子供には、色気を使える場面も、求められる場面もない。せいぜい愛嬌くらいか。
「……ミケもなにか着る?」
「あたしはいいよ」
あはは、と愛想笑いを浮かべるミレットの顔に、ふと、セリィが顔に服を押し付けてきた。
「これ、一緒に着よ?」
「え、なんで。あたし、いいって」
「二つでおそろい。可愛い」
「ええっ」
必死に押し退けようとした腕を無理やり抑えられ、結局、ミケットは試着室に押し込まれてしまった。
セリィ、華奢なくせに思いのほか力が強い。
「どうせ似合わないのになあ」
溜め息まじりに呟きながらも仕方なく袖を通す。
片側の腰にひらひらの織物がついた可愛らしい衣装。
女の子ならきっと誰もが憧れそうな、そんな装飾溢れた洋服だ。
やはり似合っていない。
可愛さなんて求められてない。
「ねえ、やっぱり脱いでいいかなー」
そう言って裾に手をかけた瞬間、セリィが勝手に布幕をどけた。
「うわあ。勝手に開けないでよー」
「ミケ、かわいい」
「……え?」
セリィが呟いたまっすぐな言葉に、ミケットは面食らった風に呆けてしまった。
――自分が、可愛い?
それは、一度だって言われたことのない言葉。
ふと、近くにあった姿身を見やる。
その鏡に映っていた自分の姿を見て、ミケットは言葉をなくした。
その中には少女がいた。
おめかしをして心ときめかせる初心な少女が。
「ミケ、すごくかわいい」
「え、そ……そうかな……」
意表を突かれた言葉に、ミケットは紅潮して身を捩じらせてしまう。急に気恥ずかしさが頭を埋め尽くした。
それから、セリィに強く言い勧められ、結局セリィの分とお揃いで買ってしまった。
セリィの衣装はミケットと非対称の色違い。
背丈も似ているせいで、二人で並んでいると姉妹のように見えそうだ。
なにより、短パン意外を履くのは初めては初めてなミケットにとって、風に当たってすうすうする足元が非常に落ち着かない。そのせいか足も内股になってしまって、まるでか弱い女の子みたいだ。
そんなの、ミケットらしくない。
「ああ、もう。こんなところ誰かに見られたら――」
店を出てそう口にした矢先、ふと、見知った男の子が目の前を通りかかった。
「ミレンギ!」
セリィがその男の子――ミレンギに駆け寄って抱きついた。
「うわ、セリィ。どうしたんだいその格好」
「買ってもらった」
「へえ、すごい。よく似合ってるよ」
「ありがとう」
ミレンギに顔を摺り寄せ、満面の笑みを浮かべて喜んでいる。
ミケットは内心羨ましかった。女の子らしくてずるいとも思った。
無意識に、むっと頬が膨らんでしまう。
そんなミケットに、ミレンギがふと一瞥をくれる。
「ミケットもなんだか今日は雰囲気が違うね。いつも外套を羽織ってばかりだからわからなかったけど。印象が違ってすっごく可愛いよ」
「……そ、そっか」
矢に心臓でも射抜かれたのかと思うほど、ミレンギの言葉はミケットへまっすぐ突き刺さっていた。
顔が勝手に真っ赤になり、思わず体ごと背けてしまう。
――可愛い。あたしが、可愛い。
咄嗟のことで頭が破裂しそうになった。
慣れない言葉の暴力だ。理不尽だ。
こんなことでドキドキしてるなんて、やっぱり自分らしくない。
「セリィちゃんの洋服代、あとでアドミルに請求するからねー、王子くん!」
「ええーっ?!」
目一杯に強がって笑う。
やはり恥ずかしがって内気になるよりこっちのほうが自分らしい。
この洋服は封印しよう。いつもの格好で十分だ。
ふと、ミレンギと目が合う。
「似合ってるんだから普段もその格好すればいいのに」
「そんなにおだてても、料金は割引しないよー」
「そんなつもりじゃないのになあ」
「えへへー」
着るとしても、本当にたまに。
調子付いておだててくれそうな彼のいる時になら、まあたまにいいかな、とこっそり笑うミケットであった。




