-12『落日』
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戦闘によって破損した市街の様子を眺めながら、ミレンギはぼうっとした顔をしていた。
「……ひとまず、終わったのかな?」
ミレンギたち『アドミルの光』は現政権を打倒し、前王を謀殺した逆賊クレストを討ち取ることに成功した。それは当初からミレンギたちが掲げていた悲願であり、一つの終着点であった。
しかしミレンギには達成感など少しもなかった。
国王クレストの死。
おそらく臣下か誰かの裏切りによって、彼は儚くその命を散らせた。
ミレンギが手を下したわけでもない。仲間が討ち取ったわけでもない。
ただ、勝手に死んだ。
その空虚感が気持ち悪かった。
「やはり口封じでしょうか。もしかするとクレストがどこか別の勢力と手を組んでいたのかもしれません。しかし窮地と見るや裏切られ、あっさりと切り捨てられた。そんなところでしょうか」
冷静に分析するアイネとは違って、ミレンギは理屈ではわかっていても、感情的なやるせなさが残っていた。
自分の父親を殺したという逆賊。もしあの男が外套の男によって殺されていなければ、ミレンギは果たしてどうしただろうか。そんなことを考えた。
憎らしさを覚えて自分で手をかけただろうか。
いや、きっと違うだろうとミレンギは思う。
前王ジェクニスを父として見たことのないミレンギにとって、その感情はおおよそ有り得なかった。平和を崩した謀略の主犯であるというクレストを悪く思いこそすれ、彼を真に裁くべきは、十年間ずっと騙され続けてきた民草たちであるべきだと思ったことだろう。
しかし前王の死の謎を抱えたまま旅立ってしまったクレストをもはや誰にも裁く手段などなく、そのやるせなさと所在無さが胸をきゅっと締め付けた。
それと、クレストが最後に遺した言葉の謎も――。
「ミレンギ!」
ふと名前を呼ばれ、ミレンギは顔を振って辺りを見回した。
シェスタがいた。
セリィも一緒だ。手を振りながら駆け寄ってくる。
「お疲れ様。なんかすっごい眠そうなぼけーっとした顔してるわよ」
茶化した声で頬を突かれる。
シェスタの、いつも通りな調子にミレンギはひどく安心した。
「そんな顔してたかな」
「してるわよ。ほら、今も」
ぎゅっと両頬を押し上げられる。
口角が上がり、無理やりに笑っているみたいな表情にさせられた。
「凄いことをやり遂げたんだから嬉しそうにしなさい。あんたの顔が曇ってたら、あんたについていったみんなの気持ちの置き所がわからなくなっちゃうじゃない」
ああ、そうだ。ミレンギだけではないのだ。
アドミルの仲間として一緒に歩んできたみんな。協力してくれた人たち。全員の想いの結果がここにある。
ならば今はとにかく喜ぼう。
この国から争いをなくす。そのための一歩を踏み終えたのだから。
平和を乱した逆賊クレストは討った。
残るはもう一人の元忠臣、ルーンに座するガセフのみ。
そのルーンとの戦争が終われば、この国にも再びの平和が訪れることだろう。
いや、実際には賢王ジェクニスがいない以上、昔通りのファルドに戻ることは出来ない。けれどひとまずの不和は取り除かれるはずだと、そうみんなが信じている。自分たちの歩む道の先には希望があるのだと、誰もがそう思っている。
道はまだ半ば。終わりではない。
ここで一区切りといったところだ。
顔を高く上げ、ミレンギは王都の街並みを眺める。
中央に聳え立つ王城の足元から伸びるとてつもなく広い大通り。戦闘の終わった通りでは、市場へ向かう婦人や遊びまわる子供たちの姿が見える。商業町のシドルドとはまた違う、人口と生活観の多い、王都ならではの風景であった。
町の人たちにもアドミルの兵達は受け入れられている。それはアイネたちによってクレストの遺書改ざんが暴かれたことにより、ミレンギが本当に前王の隠し子なのではないかと噂する声が高まったせいもあった。
それだけ前王の影響力はすごいのだと、ミレンギは改めて実感した。
彼がもたらした平和をもう一度咲かせられるように。
まずは一歩。
「とりあえず、ここまでこれたよ。ガーノルド」
賑わいを見せる王都の様子を眺めながら、ミレンギはそう呟いた。
ミレンギが十六の誕生日を迎えてからおおよそ半年。
王都ハンセルクは『アドミルの光』によって制圧された。
騎士団長グランゼオスは討死。
ファルド王クレストも命を落とし、現政権は実質上解体となった。
これからの国の運営体制については、ハーネリウス候をはじめとした各領地に残る諸侯や、王都にもとより住み着く貴族たちによって話し合われることとなった。おそらく王座にはミレンギが推されることだろう。
王城などに残っていた書類などはアイネや他の政務官たちに悉く確認され、クレストと賄賂などの癒着を行った貴族や臣下が裁かれた。しかしアイネが一番欲していた『前王暗殺についての情報』はまったくと言っていいほど見つからなかった。
関わった人間のこと。動機。そして、クレストが死に際に放った「前王は国を売ろうとした」という言葉の意味。
不透明な闇が足元にひしめいていたが、今はただ、新しいファルドの行く末を、誰もが希望の光を持って見つめていた。
そんな彼らを祝福するかのように、王都の端にある教会の鐘の音が響いた。
これから新しいファルドが始まる。
新しい時代が訪れる。
曇天はすっかり東の空の果てまで消え去り、真っ青な空が顔を覗かせていた。
◆第一章 完
第1章、ついに完結しました!
これからはファルドを奪還したミレンギたちの新しい戦いが始まります。
初めての大長編作品。不安ではありますが、たくさんのブクマと評価で支えられています。ありがとうございます。これからもたくさんの応援お待ちしています。
ここまで読んでくださった方に感謝を。
そして、これからもよろしくお願いいたします。




