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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 4章 『王道を往く少年』
52/153

 -10『幼き飛翔』

   ◆


 グランゼオスは驚愕していた。


 眼前に相対したその少年の成長ぶりは異常なものだった。


 筋の甘い攻撃はかわし、すかさず返しの刃を入れようとしてくるようになった。


 太刀筋は完全に見切られている。大剣を振るえば、彼は冷静にその切っ先を見て身体をそらし、刃を向けて前に踏み込んでくる。迂闊に隙のある大振りの技を出せなくなり、グランゼオスの立ち回りは先ほどよりも随分とこじんまりしていた。


 そう、させられているのだ。


 どうして急にこの少年が急成長を遂げたのか、グランゼオスには甚だ疑問であった。


 魔法で出来た剣により切っ先の長さはやや伸びている。それにより間合いも長くなり、反撃はしやすくなっていることだろう。


 だがそれだけでは説明がつきづらい。いくら得物の形状が変わろうが、持ち主の身体能力などが強化されるわけではないのだ。


 魔法で形成された剣からしても奇妙である。

 通常、魔法の使用には激しい精神力の消耗を要される。


 いかなる熟練者であっても、魔法で生み出した物を長時間形成し続けることは不可能なのである。ファルドにて魔法氷による物資の冷蔵輸送が現実的でない理由がそれだ。それが、あの小柄な少女はもう数分以上も保ち続けているのだ。


 異常。

 『才能』と言う言葉ですら言い表せないのではないかと思うほどの強さ。


 子供が二人になったところで、これまで誇ってきた己の武への信頼が陰るなど欠片も思わなかった。自信しかなかった。


 だが、今はその自信も揺らぎかけている。


 何故こうも拮抗されるのか。

 何年、何十年と磨き続けた己の自信にこうも擦り寄られるのか。


 有り得ない。

 あってはならない。


 グランゼオスはこの国最強であり、かのガーノルドをも地に伏せた男なのだから。


 負けるなど、絶対に有り得ない。


 機敏に動く少年の後ろで、少女が少年に手を伸ばして魔法か何かを送り続けている。


 グランゼオスは直感した。

 理由はわからぬが、あの少女が少年に力を与えている鍵であると。


「ならばっ!」


 グランゼオスは地を砕いて粉塵を巻き上げ、少年の目を眩ませた。


 視界が遮られる中、グランゼオスは迷いなく足を前進させる。そして不意を突いて砂煙から飛び出し、後方で控えている少女へと一気に詰め寄った。


 この娘を殺せば奴も終わる。圧倒的な有利が戻る。


 少女の眼前に迫り、グランゼオスは鉄塊を大きく振り上げる。


 少女はそんな彼を見ても顔色一つ変えられていなかった。魔法に集中しすぎて死が目前に迫っていることすら気付いていないのかもしれない。


 グランゼオスはほくそ笑み、勝ちを確信した。


 しかし――。


 振り下ろした巨大な刃。しかしそれは、小さな少女の頭蓋を割る寸前に行く末が逸れ、少女の足元の石畳だけを砕いた。


 一瞬、何故かわからなかった。しかしすぐに理解する。


 グランゼオスと少女の間に、いつの間にか半透明の剣を掲げた少年の姿があったのだ。


 受け止められた。

 いや、受け流されたのだ。


 渾身のグランゼオスの一振りを、その切っ先を使って勢いはそのままに逸らさせたのだ。


 純粋なる驚愕。

 ただの子供に何故そんな芸当が出来るのか。


 驚きのあまりの一瞬の隙。それが致命だった。


 少年はすぐさま刃を返し、冷静な目つきで一点を見やる。そして足を踏み込み、ただ一心に剣を突いた。


 実直な彼の剣はグランゼオスの右肩を貫いた。

 そこは、テストの逃亡戦でガーノルドが彼に一矢報いた急所であった。


 魔法で作られた鋭利な切っ先は、彼の鎧をまるで水を裂くようにするりと突きぬけ、傷の癒えきっていない一点を的確に抉っていた。


「どうしたの。そんなんじゃ、脇が甘いって言われるよ。貴方の相手はボクなんだろう!」


 それは隻眼である故の死角からの一撃。

 だが、ガーノルドにすらやっと見破られた程度の微かな弱点であった。


 おそらく偶然。

 少年は何も気付いていないだろう。


 だがその一連の言動に、その太刀筋に、グランゼオスはガーノルドの面影を見た。


 二対一。

 少年と少女が相手だと思っていたその先に、もう一人、居た。


「み、ミレンギいいいいいいいいい!」


 魔獣の慟哭のごとくグランゼオスは憤慨した。


 このファルド最強であるはずの自分が、こんな子供に、無様な一太刀を入れられていいはずがなかった。その誇り、驕りが余計に彼を焦らせ、短絡に走ってしまっていたことにも気付かず。


 肩をやられ、右腕はもうあまり動かない。しかしならば左手に剣を持ち替える。


 負けられない。

 負けてはならない。


 我は最強であり。

 我は頂点である。


 その誇りが彼を意地立てる。


「猪口才が!」


 グランゼオスの動きがより機敏になる。

 右肩からは血が噴出している。だがいとわずに剣を振るう。


 残像の見えるほど素早い横薙ぎ。


 しかしミレンギはしっかりと見切る。

 そして隙あらばまた一突きを狙おうと踏み込んでくる。


 グランゼオスはそれを警戒し、思いきった振り抜きができなくなる。


「せいや!」


 剣戟を緩めれば、好機と見たミレンギが連続で打ち付けてくる。どうにか凌ぎ、自慢の豪腕で押し返すも、さらりと受け流されることが多くなった。


 当初は圧倒的優勢に立っていたはずの彼が、いつの間にか、ミレンギの動きを気にして動かざるを得なくなっていた。


 ミレンギの剣を打ち込む力が一撃ごとに重くなっている。

 着実に、確実に、その刃をグランゼオスへと届かせようとしている。


 足がすくんだ。

 これが恐怖という感情か。


 そう。

 グランゼオスは畏れていた。


 己の武の更に遥か高みへと跳躍するその少年に。


 傷口の広がった右肩が傷む。踏ん張りがきかない。

 痛みが全身を侵食し、四肢がその消耗に悲鳴を上げている。


 しかしミレンギの猛攻は一向に止まる気配はない。


 ――どうしてこうなったのだ。


 グランゼオスは実直に思う。


 この地に生を受けてからずっと、ただひたすらに武を磨くことを考えて生きてきた。そして登り詰めた武の頂。王国騎士団という、この国で最強を名乗れるその名誉を手に入れたのだ。


 それが彼の誇りであった。

 何者にも負けないという自慢であった。


「うおおおおおっ!」


 全力で鉄塊を振り抜く。


 力の限りの袈裟切りはミレンギの頬を掠める。彼の柔肌を切り裂きはしたものの、しかし薄い血の線を引く程度。致命にはならない。


 一瞬だけ体勢を崩したミレンギだが、柔軟な体であっという間に持ち直し、またグランゼオスへと構えた。


「俺とお前、何が違う」


 グランゼオスの鼻息を荒げた憤慨の声。


 彼は焦っていた。


 目の前の少年は今も剣を交えるごとに成長している。

 的確に間合いを読み、グランゼオスを上回ろうとしている。


 驚異的な躍進。

 目の前の異常はまさに、天才の片鱗のそれであった。


 ミレンギの迷いのない真っ直ぐな打ち込みがくる。不慣れな左腕で凌ぐにはさすがの限界が見えた。激しい攻勢に耐えられなくなったグランゼオスがついに膝をついてしまう。


 その隙を見て、ミレンギは天高く飛び跳ねた。

 跳躍するその少年の影が、空に浮かぶ日輪と重なった。


 ――なんという高さ。まるで俺を遥か飛び越えていってしまうような。


 その姿はまるで、巣立ちのために飛翔した雛鳥……いや、小さき頃に御伽噺の絵本で見た幼竜のようだった。


 ミレンギの剣の半透明の切っ先が日光を浴びて乱反射する。そんな眩しさに目がくらむ。


 少年は成長していく。戦いの中で。絶対に勝てないと思っていた相手を前に、挫けぬ心が、少女の手助けが、彼に翼を与える。


 ――ああ、そうか。


 グランゼオスは思い出した。


 武に高みなどない。

 あるのはただ上を向き、昇り続ける階段のみ。


 誰も自分には敵わない。この高さまでは届かない。そう決めて、踊り場にて胡坐を掻いて階下を見下ろしていた男など、この少年は優に通り越して過ぎ去っていく。


 ここは通過点。

 終わりなどではない。


 もっと先へ。

 その気持ちを忘れて座り込んでいた男の末路。


「うおおおおおおおおおおお!」


 跳躍したミレンギが渾身の一太刀を振り下ろす。

 グランゼオスはその乱反射する眩い一閃を見上げ、痛みを忘れてゆっくり笑んだ。


「……ふっ。なんと美しきものよ」


 それは、決着を告げる必殺の一撃。

 『最強』を砕く不屈の一太刀であった。


     ◆


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