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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 4章 『王道を往く少年』
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 -9 『一対一』

 その鉄塊はまるで生きているのではないかと思うほどだった。


 グランゼオスの等身よりも巨大なそれが、団扇を仰ぐように軽い振りで襲い掛かってくる。


 縦に、横に、無尽に薙ぐ。

 一振りで風を裂き、また一振りで大地を割った。


「結局逃げてばかりじゃねえか、坊主」


 グランゼオスはミレンギを見下しながら高らかに笑った。


 圧倒的体格差、筋力差、そして何より経験の差。


 考えただけで、ミレンギは絶望したくなった。

 けれどもその怯える感情を無視して剣を構える。

 剣先をまっすぐにグランゼオスへと捉え、彼の攻撃を冷静にかわす。


 彼の右足が前に出れば左からの横薙ぎ、逆に左足だと右からの横、もしくは下方からの振り上げが多い。足を半歩下げれば、大振りの兜割りが襲い来る。


 ミレンギの持つ剣の二倍は刃先が長い、鉄塊のような大剣である。

 間合いは広く、避けようにも動きが大味になり、返しの刃を打ち込む余裕もない。


 ミレンギが唯一勝っているのは、その状況判断の冷静さだけだった。幼少から繰り返してきた曲芸の特訓で培われた、持ち前の身体能力のたまものである。


 距離をとってから踏み込んで突きをしようとするが、巨大な図体には不似合いなほど俊敏な動きでかわされる。速度もやはり奴が上回っている。


 グランゼオスの振るう鉄塊をまともに受け止めようものならば容易に剣を吹き飛ばされるだろう。だから、どうしても慎重になる。熱くなってはいけない。冷静さが大事だ。


「おら、どうした!」


 グランゼオスが楽しそうに煽ってくる。


「そんなもんか!」


 強い横薙ぎ。受け止めれば剣が折れる。絶対に受けられない。


「びびってるんじゃねえぞ!」


 続いて反対からの斜め切り。

 上半身だけを逸らしてかわす。

 鋭い牙を剥き出した鉄塊がもみ上げの髪を掠って散らせた。


 グランゼオスを相手にしてこれだけ生き長らえていることすら、本来の力量差を考えればもはや奇跡のようなものであった。


 散るは一瞬。

 一太刀ごとに恐怖が湧き出しそうになる。


 だが、冷静になれ。

 熱くなっては勝てない。

 絶望的なこの状況に悲嘆しないために、心を強く掲げ続けよ。


「どうした。避けてばかりじゃあ勝てねえぞ」


 ふん、とグランゼオスが勢いよく地面を叩く。地割れが起きそうなほどの激しい衝撃に地面が震える。その縦の大振りの瞬間をミレンギは待っていた。


 地に伏した大剣を持ち上げる一瞬の隙。

 それを見込んでミレンギは後方によけるのではなく前進していた。


 斜めに一歩前への踏み込み。

 回避ばかりをしていた小心者による不意を突く一歩。

 それは微々たるものだが、確実にグランゼオスの反応の遅れを誘った。


「せやあっ!」


 懐に踏み込んだミレンギが、一瞬だけ無防備となったグランゼオスの腹にすかさず剣を突く。


 貫いた。

 致命を与えた。

 そう感覚が告げた瞬間だった。


 しかしグランゼオスはその突かれる一点を瞬時に把握し、器用に身体をずらしてそれをかわしたのだった。


 驚きに目を見開いたミレンギと不敵に笑むグランゼオスの顔が交錯する。片方は苦渋に、片方は余裕に満ちていた。


「ちょっとは面白いことするじゃねえか」


 グランゼオスがミレンギの突き出された剣を篭手で叩き落とす。下がった剣先の腹を踏みつけると、切っ先がまるで氷が砕けるように二つに割れた。


 ミレンギは咄嗟に引くが、彼の手には先端の砕かれた剣だけが残されていた。


「そんななまくらになったらもう戦えねえなあ」


 グランクレストがあからさまな嘲笑を向ける。

 剣先が砕かれ短くなったそれではまともに戦えないのは事実だった。


 突き刺せる先の刃もなく、横の刃で切ろうにも短剣のように間合いが酷く短くなっている。もはやミレンギに勝ちの目はなくなったのと同義だった。


 しかしミレンギはまったく表情を曇らせていなかった。むしろ、何か達観した風に自分の壊れた剣を見る。


「あーあ、駄目か。ボクがガーノルドみたいになるにはまだまだだってことだね」


 まるで戦闘中とは思えぬほどに軽い声。


「でも、惜しいところまではいった。ちゃんと近づけてる。ちゃんと前に進めてる。それはがわかれば十分だ」


「お前、何を言っている」

「諦めたんだ」


「ほう。勝てぬと悟って命乞いでもし始めるか?」

「いいや、違う。諦めたのは一人で戦うことだよ」

「なに?」


 その時、グランゼオスは余裕のあまり見逃していた。いつの間にかミレンギの後ろに、一人の少女がひっそりと佇んでいることに。


「おねがい、セリィ!」

「うん」


 少女――セリィが頷くと、彼女の周囲に白い光が纏い始める。


 グランゼオスはそれが魔法だと悟ったが、しかし攻撃をしてくるような様子はなく、動きに迷う。


 セリィが詠唱のような言葉を呟くと、やがて彼女に纏っていた光はゆっくりとミレンギの元へと移っていた。


 その光が彼の折れた剣を包みこむ。やがて光が霧散すると、そこには、氷のような半透明の鋭い切っ先がついた剣ができあがっていた。


 砕き折ったはずの剣が新たな刃先を得て復活した。その奇妙な光景に、グランゼオスは息を呑んだ。


「氷……いや、鉱石か?」


 冷静にそれを見極めようとするが、まるで想定の結論が出ない様子だ。


 ただ、その剣を持ったミレンギの表情が嫌に自信に満ち溢れていて、グランゼオスは不愉快に奥歯を噛み締めた。


「二対一で卑怯だって言われても構わないよ。でも、今のボクには、そうしなきゃ貴方には勝てないから」

「はっ。面白れえ。ガキが集まったところでこの俺には勝れねえよ!」


 こめかみの血管を浮き出させながら、グランゼオスは猛り狂うように拳を握った。


「いくぞ、グランゼオス!」

「来いっ、小僧!」


 二人の啖呵がぶつかり合う。


 ファルドの命運をかけた一世一代の、その一瞬が訪れようとしていた。

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