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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 4章 『王道を往く少年』
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 -8 『グランゼオス』

 アドミルの光における全兵力をもって、ミレンギたちは王都ハンセルクの眼前にまでたどり着いた。


 広大な平原の中に佇む、先の鋭い塔が特徴的な王城が目立つ城塞都市である。


 シドルドの倍以上の規模であり、人口も比ではない。外周が深い堀に阻まれていて、門のある数箇所以外からは容易に侵入できない造りになっている。その点ではシドルドと似てはいるが、その高さや大きさからなる強固具合は桁違いだ。


 出入り口から町の中心の王城に伸びる大通りと、その周辺は非常に活気付いた栄えた町並みとなっている。だが外側の一部には廃墟のような建物も並んだ殺伐とした貧民街。


 そんな王都を目の前に、アドミル兵は勇ましく立ち並ぶ。


 彼らを阻むはファルドの王属騎士団。

 関所を守っていた警備の雑兵とは違う、王国屈指の精鋭部隊である。


 彼らは王都の入り口に陣取って徹底的な防戦体制を敷いている。城壁の上には弓兵が並び、矢を番えてミレンギたちを見下ろす。


 数は多い。

 おそらくアドミル軍勢の倍ほど。いや、それ以上か。

 だが士気の高さ圧倒的にミレンギたちが上回っていた。


 現在、王都の西方の平原にて戦闘が行われている。

 協力してくれた諸侯の私兵たちだ。彼らが幾分か注意を引いてくれているおかげで、騎士団もそちらに人員を割かなければならない。つまり今はやや手薄になっているのだ。


 二方からの襲撃に彼らは動揺していることだろう。これを好機と見るほかない。


 王都の門が閉められているが、それを突破できなければ町へと入れない。

 頑丈な扉を突き破る兵器も擁していないミレンギたちだが、策はあった。


「問題ありません。門は内部より開放します」


 それはアイネによる進言であった。


「既に僕たちの密偵が王都へ進入しています。門兵に扮した彼らが中から開ける手はずです」


 そうアイネが言ったとおり、一度は閉まったはずの門はしばらくしてまたあっさりと開かれた。奇妙さに騎士団兵たちは相当な混乱を受けている様子だった。


 門を開ける手段は篭城を崩すにおいて真っ先に考えるべきものである。それにおいて、アイネははるか以前から私兵を王都に潜ませていた。


 おそらくアドミルの光が発足したその当時からだろう。最終的目標であり、いつかは訪れるその時のために、事前の準備を怠らないでいたのだ。まさに、今日の日のために。


 門が開かれれば、後はもうミレンギたちを妨げるものはない。


「好機はいまだ! 全軍、突撃!」


 ミレンギの号令により、アドミル兵おおよそ五百の軍勢が一気に城門へと雪崩れ込んでいった。


 城壁にいる弓兵たちの斉射がミレンギたちを襲い始める。

 幾人か射られて足を止めたが、残りの兵は構わず先へと突き進む。


 城門という強固な壁を失った騎士団兵たち。城壁で高所を得ているという唯一の地の利も、その足元まで潜り込まれれば有利など失われたも同然だ。


 開けられた門の代わりとばかりに、盾を有した騎士団兵が列になって突破を阻害しようとする。しかしそこにグルウが飛び込み、獰猛な力のままに、その隊列をぶち壊した。


「グルウ、あっち」


 頭上のアニューの指示に従い、グルウは多くの兵を蹴散らして場を混乱させる。たまらず城壁の弓兵がその獣へ矢を放ったが、絞りの甘いそれは、グルウの強靭な毛並みと皮膚を貫けなかった。


 雑兵など相手にならない。騎士団兵の部隊長が部下を率い、集団で囲んでどうにか抑えつけられる程度だ。


 しかしその間にもミレンギや他の兵が大挙として押し寄せる。もはや城門に敷かれた防衛線はその体を成していなかった。


 弓兵がどうにか頭上から抑え込もうと弓を放つ。


 そんな彼らの元へ、ラランがまるで跳ねるような身軽な足取りで階段を駆け上がって距離を詰めた。そして見惚れるほど流動的な槍さばきで、一人、また一人と薙ぎ倒していった。病み上がりというのに大したものである。


 また一方では指揮官であろう厚い鎧を纏った重装歩兵がミレンギたちを押し返そうと立ちはだかる。


 見上げるほどのその巨漢に、足を止めずに駆け寄るシェスタ。刃の通る隙間もない鎧兵の懐に、足を踏み込んで勢いづかせた渾身の殴打をぶちかます。


 その華奢な手足からは想像もつかないほどの強烈な一撃に、重装歩兵は大きくよろめき、苦痛の声を漏らした。そんな彼の足首を、今度はしゃがみ込んで思い切り奥へと蹴りつける。足を払われた重装歩兵は、瞬く間にバランスを崩して地面に倒れこんだ。


「そんなので私たちを止められるわけないじゃない」


 そう言うシェスタの言葉どおり、ミレンギたちの勢いはまったく止まらなかった。


 ついには城門の区画を突破し、市街へと入る。


 普段は活気に溢れている王城へ続く広い大通りは、人の子一人いないもぬけの殻になっていた。全ての家が戸を閉め、鍵をかけて閉じこもっている。


 石畳が続くそのずっと向こうに、王城に繋がる門が聳え立っているのが見えた。


「あの向こうが終着点です」


 アイネが言う。

 ミレンギは「そうだね」と頷いた。


 まだ気は緩めない。

 『あの男』が残っているからだ。


 門へ近づくにつれて感じる悪寒。心が震えていく感覚。

 あの時は必死でなにもわからなかったけれど、今ならそれがよくわかる。


 この感覚は恐怖だ。

 こんな重圧とあの人は戦っていたのかと、気が遠くなりそうだ。


「……こんなところまでご苦労なことじゃねえか」


 広場が続いているかのような広大な大通りの先。

 城の足元に構えられた門の手前に佇む男が一人。

 巨大な鉄塊を脇に携え、仁王のごとく立ちふさぐ。


「グランゼオス!」


 彼を眼中に捉えた瞬間、ミレンギは心臓が燃えるように熱くなったのを感じた。それと同時にガーノルドの顔が脳裏を過ぎった。


 そんなミレンギに、グランゼオスは不敵な笑みを向ける。


「無様に逃げ帰った雑魚が何の用だ」


 嘲笑。

 冷静を欠かせようというのか。


 いけませんよ、とアイネが制止するが、しかしミレンギはいたって冷静だった。


 ファルドを代表する騎士団の団長。現状にてこの国最強の男。


 あまりに遅い今更の登場。いや、違う。


「どうにも守りが簡単に崩れすぎると思いきや、そういうことでしたか」


 気づいたのはアイネだった。


 ひたすらに調子よく王城の足元まで駆け抜けてきたミレンギたちだったが、いつの間にか、彼らの周りには無数の騎士団兵が取り囲んでいたのだ。


 屋根や民家の間、路地。いたるところから多くの兵が顔を出していた。その数は、城門で待ち構えていた兵士の数を優に超えているように見える。


 こちらが本命。

 ミレンギたちを懐にまで入り込ませて討ち取る包囲の策であった。


 肉を切らせて骨を断つ。調子付いて前進し続けていたミレンギたちは、眼前の王城に気を取られすぎてしまっていた。


 ミレンギたちを囲んだ兵がいっせいに剣を構える。民家の屋根の上には弓兵まで待機している。


 圧倒的不利。


「――でも、立ち止まれないんだ」


 ミレンギは決死に表情を据えた。

 そこに一切の迷いも恐れもなかった。


 グランゼオスが片手を上げ、兵に攻撃の指示を出そうとする。その直前だった。


 ミレンギは咄嗟に駆け出し、すぐ近くにいた兵へ斬りかかった。

 それを皮切りに他のアドミル兵たちも、四方に分かれて襲い掛かる。


 窮地に追い込まれてもなお、決して折れるような剣ではない。


 数多に及ぶ魔獣の群れも撃退した。

 テストでの逆境だって乗り越えてきた。

 今だって、乗り越えられる。自分たちにはその力がある。


 その自信がミレンギたちを後押ししていた。


 騎士団兵たちも応戦を開始する。


 さすがに熟練の兵が集まる騎士団の中でもグランゼオスの指揮下にいる猛者だけあって、アドミル兵の猛攻にも上手く対処していた。剣戟をかわし、冷静に反撃している。一人ひとりが城門の時のように簡単に倒せず、アドミル兵は酷く苦戦していた。


 数少ない優勢であるのは、シェスタとララン、グルウに乗ったアニューぐらいである。


 それと、ミレンギもだ。戦闘において素人だった彼も、アドミルの光が発足してからというもの毎日のようにガーノルドに稽古をつけられてきた。その鍛錬の蓄積が、元々の身体能力の高さも相まって、人並み以上に剣を振るえるようになっていたのだ。


 しかしそれもまだ甘さが多分に残っている。シェスタにすら足元にも及ばないだろう。セリィの援護があってようやく戦えている程度である。


 明確に劣勢だった。

 屈強な兵が立ち塞がり、頭上からは矢も降ってきた。


 個々の戦闘力は負けていなくても、時間が経つほど、人数差と地形的有利が騎士団に味方をする。


 更には、


「うらあああ!」


 怒号のような雄叫び。

 そう、彼らにはこの男――グランゼオスがいる。


 彼はのそりのそりと、アドミル兵を片手で蹴散らしながら、ただまっすぐにミレンギへと向かって歩いていた。


 アドミル兵が三人がかりで立ち塞がるが、彼らの攻撃を巨大な鉄塊で容易に受け止め、逆に振り払う。三人の身体が宙に浮いて道の端まで吹き飛んだ。


 すかさず今度はシェスタが単騎で突撃する。


「父さんの仇!」


 鬼気迫った形相で走りこむ。


「うあああああああ!」


 聞いたことがないほどの猛り声を上げながら、思い切り振りかぶった一撃を叩き込む。


 だが、その拳が届くことはなかった。

 彼女の全身全霊の鉄拳は、グランゼオスの片手であっさりと受け止められていた。まるで稚児を相手にするような容易さであった。


「ぅ……ぐぐ……」


 シェスタは掴まれた拳を動かすことすらできない。このまま彼の握力だけで、指の骨を握り潰されてしまうのではないかと思うほどだった。


「父さんだと? ガーノルドも詰まらねえものを遺したな」

「父さんを、悪く言わないで」


「せっかくの恵まれた武も残せず、残党もここで散る。なんとも無意味な死よ」

「父さんの遺志はちゃんと残ってるわ。無意味なんかじゃない!」

「ならばそれを俺に示してみせろぉ!」


 グランゼオスはそう咆哮し、掴んだシェスタの拳を彼女の体ごと大通り沿いの民家へ放り投げた。ぶつかった壁が崩れ、屋根の瓦礫が彼女を覆い潰す。


「シェスタ!」とラランが叫んだが、彼女も他の騎士団兵の相手で手がいっぱいであった。グルウも敵に包囲され活発な動きを封じられ始めている。


 ただでさえ相手の方が数が多い。

 他の兵たちも目の前の相手で手一杯だ。


 おそらく意図して動きを封じているのだろう。

 アドミルの首であるミレンギをグランゼオスにとらせるために。


 グランゼオスがゆっくりとした足取りでミレンギに迫る。


 彼の眼中にあるのはミレンギの首のみ。

 それ以外は顔にかかる暖簾と同じ、軽く振り払うだけの存在である。


 グランゼオスを止められる者はいない。


 ガーノルドはもういない。

 彼にとっておそらく、これは退屈極まりない戦場であろう。

 その武を発揮できず、猛りたい心がくすぶっている。


 つまらない。

 そう不機嫌が顔に出ている。

 早々にミレンギを討ってこの茶番を終わらせようとでも言わんばかりに。


「……ほう。今日は逃げないのか」


 グランゼオスは余裕の笑みを浮かべて言った。


 彼の目の前。

 雑兵の失せたその直線上に、ミレンギは剣を構えて佇んでいた。


 据わった目で、最強の男を見る。

 震えはない。覚悟の決まった顔をして、その巨漢へと向き合った。


「ミレンギ、駄目よっ!」


 崩れた瓦礫からどうにか顔を出したシェスタがかすんだ声で叫ぶ。体中は傷だらけで、足は大きな瓦礫によって強い打撲に見舞われている。それでもどうにか身体を起こしてミレンギの元に行こうとするが、


「大丈夫だよ」


 まるで涼しいような声が彼女を止めた。


 シェスタはそう言った少年――ミレンギの顔を見やる。


 ミレンギはひどく落ち着いた風にシェスタを見やり、柔らかく笑む。


「今更逃げるつもりはないよ」


 すう、と息を吸って、眼前の巨漢を見定める。


「ボクが、相手だ」


 そう力強く放った言葉に、グランゼオスは存外虚を突かれた風に愉快な笑みを浮かべていた。


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