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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 1章 『少年の一番長い夜』
5/153

 -5 『狡猾な男』

   ◆


 ――同刻。


 警ら隊の支部がある官舎は、夜とは思えぬほどの騒ぎとなっていた。

 非番の兵も呼集され、忙しなく走り回り、多くの兵が出入りを繰り返している。


 そんな彼らを陣頭で指揮しているのは、警ら隊長のモリッツである。彼は切れ長の目を上弦に曲げ、にたりと口許を緩めていた。


 モリッツの元に鎧を着た兵士が走ってくる。


「報告します。西側の門が破壊された模様です」

「あらあら。外に逃げちゃったかねぇ。困ったねぇ」


 言葉に反し、モリッツの表情には少しも陰りがない。

 むしろ無邪気に状況を楽しんでいる風にすら見える。


「騎士団長補佐殿は?」

「はっ。現在単独にて行動中とのこと。謀反人どもをすでに数名捕らえているとの連絡です」


「まるで鉄砲玉かぁ。少しはこっちの言うことも聞いて欲しいもんだけどねぇ。高貴なお人には雑草の声は聞こえないってのかねぇ。ああ、いやだいやだ。応援に来るのは勝手だけれど、勝手されるのはこまるんだよねぇ」


 モリッツが親指の爪を噛む。


「まあ団長補佐殿には好きにやっていただくとして。それじゃあこちらは二班と三班を合流させて追撃といこうかねぇ。せっかく尻尾を掴んだんだし、手繰り寄せれるだけ手繰り寄せたいもんだねぇ」


 そう指示をして不敵ににやりと笑んだ。

 その不気味さは、報告に来た兵士すら冷や汗を流して唾を飲むほどだった。


「ほら、さっさと行くんだよぉ」

「も、申し訳ありません。承知いたしました」

「ふひひ。それでいいんだよぉ。まったく、ちゃんときびきび動いてほしいもんだよぉ。ガキの使いじゃあないんだからねぇ」


 モリッツが懐から短刀を取り出し、迷いのない手つきで壁に投げる。綺麗にまっすぐ突き刺さったそのすぐ隣に、手足を縄で縛られ、モリッツを険しい顔つきで睨む男がいた。


「貴方もそうは思いませんか、ねぇ? ガーノルド元騎士団長殿」

「……ふん。包囲を敷いてまでいたのに目標を逃すとは、王属軍も衰えたものだ」


「貴方のかつての同僚方はみな東方の戦場へ出向いてましてねぇ。忙しいのですよ。よほど御身が大事なのか、国王直属の騎士団も王都から動こうとはしませんし。まあ、彼らもこんな戦場とは正反対の町の草刈に来るほど暇ではないんですねぇ」


「その雑草にせいぜい足を取られぬように気をつけるのだな」


 ガーノルドが微かに笑む。

 それは強がりか、自信か。


 なににせよ、その余裕がモリッツの癇に障った。

 絶対的な立場の優勢を欠いているというのに、その笑みは一体どこからくるのか。腹の虫が騒いで仕方がない。


「そおいえばぁ――」


 ふと何かを思い出したかのようにモリッツが言う。


「貴方が騎士団長をやめて姿をくらました前後、同時に何割かの兵が行方不明になったそうですねぇ。記録では野党に襲われ、荷馬車だけが残されていたとか。屈強な彼らが残っていればルーンとの戦争も優位に立てていたでしょうに。いったい彼らの死体はどこに消えたんでしょうねぇ」


「ほう、そんな事件があったとは。初耳だ」

「何を企んでいるのかは知りませんが、これで水泡に帰しましたねぇ。くくくっ」

「モリッツ様。準備が整いました」

「はいはい。すぐ行くよぉ」


 報告に来た兵士を下がらせ、モリッツは拘束されたガーノルドの顎を手で引く。


「貴方の出番もまだありますからねぇ。ファルドに忠ずる模範民として、ぜひともお国のために役立ってもらいますよぉ」


 モリッツは何を思ったのかランタンの中に指を入れ、爪を蝋燭の火であぶった。その焦げるような臭いを吸って恍惚に笑み、そして心底楽しそうに言い放ったのだった。


「……さあ、山狩りの始まりですよぉ」と。


 それは宴の始まりか。

 それともただの殺戮の合図か。


 夜はまだ、半分も更けてはいなかった。


   ◆

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