-7 『喉元へ』
関を突破してからは、王属軍の兵たちはなし崩し的に倒れていった。
母数で比べればたった小数のアドミル兵。
しかし魔法部隊という後ろ盾を失くした事実に彼らの士気はすっかり地に落ちていた。
更に彼らの心を折ったのが、アドミル側の魔法使い――セリィの存在だった。
杖などといった媒体を持たないただの少女が不意に繰り出す氷柱の魔法に、虚を突かれた彼らは甚大な被害を受けていた。
やはりセリィの存在は少し異質である。
どんな秀才でも必要な魔法の媒体を使わず、どれだけ魔法を使っても疲労のひとつも感じさせない。普通であれば数度魔法を放てば気力の消耗が見られるものだ。
赤色魔道騎士隊のような大型魔法であれば、それこそ一度での心体への負担は大きいものとなる。それが彼女にはほとんど見受けられないのだ。
前に立つミレンギを庇うように、彼の背後をつこうとした兵士へと容赦なく氷柱を射出する。鋭いそれは肉と骨を貫き、致命の傷を与えた。
普段でこそおっとりとしていてミレンギの陰に隠れてはいるが、彼女の存在は戦場でこそ如実に目立っていた。
彼女は常にミレンギに気を遣い、補助するように動いている。そのおかげで、ミレンギは安心して戦いに集中できていた。
ミレンギを助ける。
その献身の理由はわからないが、感謝の言葉に尽きるほかない。
「なんだあの子供は。化け物か」
驚愕する兵士の胸元を、射出された氷柱が的確に貫く。
雑兵など相手にならなかった。
その強力さは、シドルドで出会ったばかりの頃よりも増しているように思う。何も喋れなかった当時と比べ、その成長度は驚異的なものだろう。
橋の向こうに陣地を構えていた王属軍は、雪崩れ込んだ精鋭たちの襲撃によって瞬く間に壊滅していた。
全速で前進を始めたアドミルの本隊も合流する。
結果として、ミレンギたちは被害を抑えて要地を奪取することができていた。
「そっか。ハロンドさんが」
唯一の犠牲となった髭面の兵士のことを聞かされ、ミレンギは哀悼に伏せた。しかしすぐに顔を持ち上げ、次の目的地へと目を向ける。
もう目の前なのだ。
この橋からすぐ近く、稜線を一つ越えた先にある王都――ハンセルク。
かつて前王ジェクニスによって栄えた繁栄の象徴の都市。そして、今はその賢王を討ったという謀反者が統べている町。
ハンセルクを制圧できれば、ひとまずのミレンギの目標は遂げられる。だが、おそらくその先にもやらなければならないことが絶えないだろう。
ファルドの平定。この国を、ジェクニスが治めていた時のようなあるべき姿に戻す。それはつまり、隣国となったルーンも蚊帳の外ではない話だ。
「そのために、まずは一歩」
ミレンギは決意する。
王都の奪還を。ガーノルドの悲願の達成を。
ちょうどミレンギたちが橋の制圧を終えたのと同時に、西方の諸侯たちの部隊が王属軍との戦闘を開始したという報告を受けた。
「いよいよ来るところまで来ましたね」
アイネが神妙な面持ちでミレンギに言う。彼も、秀才とはいえまだ年端のいかない少年である。緊張に表情を強張らせているようだ。
そんなアイネに、ミレンギは落ち着いて笑む。
「ありがとう、アイネ。君がいなかったらボクたちはきっと迷ってたよ」
「い、いえ。そんな。残念ながら大したことはできていません。まだまだ研鑽が必要です」
アイネはそう謙遜しながらも、まんざらでもなさそうに頬を緩めていた。気恥ずかしくなったのか頬を赤めている。子供らしい素直な反応だ。
ミレンギはきりっと表情を引き締め、自身に付いてくる数多の兵たちに向き直った。
「みんな、ここからが重要だ。ルーンと相対している前線のファルド本軍が戻るよりも先に王都を制圧しなければならない。それはきっと容易ではないだろう。彼らには騎士団がいる。それを統べる猛者、グランゼオスがいる。だがおそるる恐れるにはたりない。
風はボクたちに吹いている。この勢いのまま王城へ攻め入り、クレストを討ち果たし、真のファルドを取り戻すんだ!」
「「おお!」」
兵たちが天高く剣を空に掲げる。
ミレンギ少年による長い戦い。
その一つの終着を迎えようとしている。




