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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 4章 『王道を往く少年』
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 -5 『決戦の朝』

 ミケットの荷馬車は三輌だった。

 中には本来彼女が王都に運ぶ予定だった積荷が入っている。


 彼女の商売仲間が手綱を引き、ミレンギたちアドミル兵は護衛を装って各荷馬車を囲むことにした。


 借り受けた外套は十着。


 ミレンギ、アイネ、シェスタ、そしてラランにアニュー。他にも実力のある兵士を五人選んで精鋭部隊とした。


「へっへー、気合がはいりますぜい」


 テストで共に脱出した髭面の男兵もそのうちの一人だ。矢に射抜かれた右肩は幸運にも軽症で済んだらしい。


「しぶとさは尊敬に値しますね」


 同じく足を負傷して長らく戦線を離脱していたラランが羨ましそうに言うと、彼はがはがはと大きく笑った。


「俺は丈夫さだけが取り得なんですぜ」

「うわっ。ハロンドさん、もしかしてお酒飲んでますか? 規律で勝手な飲酒は駄目だと言ったでしょう。息が」

「の、飲んでねえし……」


 頬を引きつって上擦った声を髭面男――ハロンド。隣で見ていたアニューがさっと彼の背後に回り込み、腰の帯革に挟まっていた小瓶を抜き取る。


「くんくん……くさい」


 アニューはしかめっ面を浮かべると、それをラランに手渡した。


「ああ、俺の酒が……」

「やっぱり持ってたんじゃないですか。駄目ですよ」

「ち、違うんだ」

「言い訳は聞きません。めっ、です」


 ラランに頭をつんと突かれ、ハロンドは年甲斐もなく恥ずかしそうに顔を赤めておどけた。もう三十路もすぎたいい大人なのだが、まだ十代の少女に母親のように怒られるのはさすがに小恥ずかしいのだろう。


「くそう。王城を落として一段落着いたら、ぶっ潰れるまで浴びるほど酒を飲んでやる」

「それは勝手ですけど、暴れて他に迷惑をかけないでくださいね」

「うるせえやい」


 最後の最後まで母親のように諭され、ハロンドは不貞腐れた風にへそを曲げた。


 そんな仕度風景を眺めながらミレンギは微笑む。


 この戦いで、この先もしかすると、こうやってふざけた会話ももう聞けなくなってしまうかもしれない。今日で全てが終わるのだ。


「びびってるの?」


 シェスタが笑って小突いてきた。


「シェスタはどうなの」

「私は……ちょっとかな」

「じゃあ、ボクもちょっとだ」

「なにそれ。真似るなんて、ミレンギの癖に生意気」


 下らない会話。

 小さい頃からずっと繰り返してきたはずなのに、なんだかどこか懐かしく感じた。最近はずっとアドミルの活動で忙しいからだろうか。


「ねえ、ミレンギ」

「なに」


 シェスタは目を伏せた。

 胸元を押さえ、どこか声調を落として言う。


「私は信じてる。貴方が必ずファルドを救ってくれるって。父さんがジェクニス王を信じたように、私は貴方を信じているわ」


「うん」

「約束よ」

「わかったよ……どうしたの?」


 シェスタがミレンギの手を両手で掴んだ。

 その感触を、体温を確かめるように、ぎゅっと握ってくる。

 そして一度首を振ると、まだなんでもないようににこやかに笑った。


「ちょっと心配になっただけ。ミレンギ、昔っからいっつも頼りないし」

「そんなに頼りなかったかなあ」

「そうよ。なよなよしてるし、すぐに周りに流されるし」

「そうかな」


「でも――」

「…………?」

「十歳の時、ミレンギが父さんに叱られてべそをかいたの覚えてる?」

「どうしたのさ、急に」


「あの時、上り棒の芸が全然できなくて、失敗ばっかりで。父さんに『もうお前はやらなくていい』って言われたのよね」

「あったね、そんなこと」


「でもミレンギは諦めなかった。手の平の豆から血が出るくらいに努力して、何度も何度も練習して、できるようになったよね。あの時、私は出来て当然だって言ったけど、正直、すごいと思った」


 懐かしい曲芸団時代の思い出だ。

 つい昨日のことのように思い出せる。


 実際、ほんの数ヶ月前まではそうだった。


 あれから色んなことがあった。


 命を狙われながらシドルドの町を逃げ出して、山の集落で自分の非力さを知って、シュルトヘルムで『アドミルの光』を結成して。それからは反乱軍として静寂の森で戦ったりした。テストの町で父親代わりだったガーノルドを失った。


 短いようで長い。

 長いようで短いこの数ヶ月だった。


「貴方は最後までやる男だって知っているわ。だから……私は心配はしていない。精一杯やりきりなさい!」

「うん!」


 ミレンギが元気よく頷いた。


「やっぱり優しいね、シェスタは」

「ち、違うわよ。ただあんたが緊張しないようにって発破かけてただけだから」

「そういうとこが優しいって思うんだけどな」

「うっさい、馬鹿」


 顔を真っ赤にしたシェスタに、ミレンギは頭を思い切り殴られた。まったく容赦がない。しかしそんな照れ隠しも彼女らしい。


 素っ気ない振りして背を向けたシェスタに、ミレンギは小さく「ありがとう」と呟いた。


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