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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 4章 『王道を往く少年』
45/153

 -3 『渇き』

     ◆


 グランゼオスは不機嫌であった。自室の遊戯盤の駒を全て壁に投げつけて砕いてしまっているほどに苛ついていた。


 団長補佐という緩衝材がなくなり、騎士団の全権は全て彼に委ねられるようになった。


 力の掌握。強さの頂点を目指していた男が手に入れたそれは、しかしあまりに空虚なものであった。


 そのおおよその原因は、ガーノルドという老兵である。

 彼の死に際に見せ付けられた武勇。その散り際に、ついに一騎打ちだけでは倒しきれなかったという事実が、彼をひどく居心地悪いものにさせていた。


 ガーノルドを討った報告に、クレスト王は非常にご満悦だった。

 それだけでまるで我が軍が戦争に勝利したとでも言うような喜び振りだ。


 だが同時に王属軍が失ったものは多い。敵の首領を討つという短絡的な手段を、グランゼオスは是としていなかった。だがそれを進言する気も起きなかった。


 政はクレストや周りの腰巾着共が勝手に決める。グランゼオスは与えられた任に従い、目の前の障害を捻じ伏せるのみ。それが、深い思慮を持ち合わせていない、武のみでこの国の頂点に登り詰めてきた彼の生きる術であった。


 任務は必ず遂行する。それが強さの証である。


 だからこそ、完遂することを許さなかったガーノルドという存在は、ひどくグランゼオスの頭にこびりついていた。


 部屋の戸が叩かれる。報告の兵士だ。


「グランゼオス様。テストの町のチョトス候がお目見えです」

「ああ、すぐにいく」

「よ、よろしくお願いいたします」


 兵士が急いで去っていくのがわかった。

 それほどに、グランゼオスの声は低く、獣が唸るように荒かった。


 部屋を出て、兵舎に設けられた要人用の応接室に出向く。そこには非常に小憎たらしい笑顔を浮かべた、目障りな金色の装飾に身を包んだチョトスの姿があった。


 グランゼオスに気付いたチョトスは椅子から立ち上がりへこへこと頭を下げた。


「これはこれはグランゼオス様。お元気そうでなによりなのよ。この度は逆賊ガーノルドの討伐、おみごとでしたのよ」

「くだらん挨拶はいい。何用だ」


「それなのよ。えー、ごほんっ。此度はテストの民と結集し、見事に反乱軍を追い返して見せたのよ。我々の信深き結集した力によって、奴らは手も足も出せずに撤退していったのよ。わたくしたちテストの民は非常に素晴らしい働きをして見せたのよ。これは町が発足して初のことなのよ」


 自慢げに話すチョトスに、ガーノルドは鼻で笑って返した。


「お前たちなど、殺そうと思えばガーノルド一人でも片手で足りただろうな」


「そ、そんなことはないのよ。逆賊ガーノルドはジェクニス様を裏切ったことで、悪に手を染めて力を失くし、わたくしたちの団結力の前に恐れをなしたのよ。わたくしたちの正義の前では悪など目でもないのよ」


「……妄信もここまでくれば滑稽よ」


 ぼそりと、グランゼオスは聞こえないように呟いて嘲笑を浮かべた。


「なのでぜひとも、勇敢に戦ったわたくしの民たちに栄誉の褒章を授けてやって欲しいのよ。そうすればみんな喜ぶのよ。ジェクニス様のために力を合わせたという事実。我がテストにも名誉と共に素晴らしい団結力が付与されるのよ」


「くだらん」

「へ?」

「くだらんと言ったのだ」


 ついにグランクレストは我慢ならず、不機嫌をあからさまに顔に出した。


 いまここに遊戯盤があれば徹底的に砕き潰していたことだろう。手の寂しさに、力を込めて指先を動かした。関節の音が響き、チョトスは身体を震わせて「ひいっ!」と驚いていた。


 今のファルドから褒章を授かってなんの意味になろうものか。こんな傾きかけている国の。


 クレストには決定的に王の器が足りていなかった。それはおおよその人間が察していることだろう。


 それでも彼がこうして信心を得て、今もなお王位につけているのは、前王が遺したとされる遺書のおかげだ。前王の勅印が押されたそれの存在がなければ、とうにクレストなど失脚していたことだろう。いや、王座に一度すら座れていない。


 前王が死んで、ファルドは二分した。


 ルーンという軍事国家が出来上がり、長いこと治世を保っていたこの国で、当時のグランゼオスはようやっと自分の武を轟かせることができると血を滾らせたことだ。


 しかし蓋を開けてみれば、最前線へ送るのは雑兵ばかり。騎士団は王都での在中を命じられ、その武を発揮できる機会が訪れることはなかった。


 クレストはよほど我が身が大事なのだろう。

 そのつまらなさに魂をくすぶらせていたところに、奴は現れた。


 前騎士団長、ガーノルド。


 彼との戦闘はグランゼオスを昂ぶらせた。

 その高揚感は生まれて初めてのものだった。


 このために自分はいる。

 彼を倒すためにここにいる。その充足感。


 しかし忠義という壁が戦いの邪魔をし、ガーノルドはあっけなく幕引いた。


 気高き戦士の旅立ちに、グランゼオスはまるで玩具を取り上げられた子供のような気分だった。


 平和を望む者は多い。

 だが反対に、闘争を望む者もいるのだ。それを生きがいとする獣が。


「……俺の渇きを、誰か、癒せないのか」


 早々にチョトスを部屋から追い返し、グランゼオスは飢えた欲望に心を焼いた。


 近く、大戦がある。

 おそらくこの国の命運を握った重大な戦いだ。


 その時が早く来ないものかと、グランゼオスは太陽の浮かぶ蒼穹の向こうへ不敵に笑んだのだった。


     ◆

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