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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 3章 『背負う者』
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 -14『途切れても潰えぬ希望の光』

 ミレンギは官舎にいるアドミルの兵たちを中庭に集めていた。


 ガーノルドという自分たちの主軸を失い、アドミルの内部はまだどんよりと陰りを残していた。


 不安。焦り。

 いろんなものがない混じって、雰囲気を暗くしている。


 中庭に整列した兵たちも、各々にしかめっ面や泣き面のようなものを浮かべあっていた。


 そんな彼らの前にミレンギは立った。


「みんな」


 彼の凛とした声に、全員が傾注する。


「ボクたちの現状についてみんなも知っていることだろうと思う。港町テストで敵の策にはまり、数名の兵と、ガーノルドを失った。大きな損失だ。ボクなんかよりもずっと強くて偉大な人だった。彼の死を、みんなが悔やんでいることだろう」


 端に並んでいたシェスタとアニューが表情をしかめる。

 一度落ち着いた哀しみがこみ上げてきそうになっているのだろう。


 しかしそれも構わずミレンギは言葉を続けた。


「ボクは失敗した。そして取り返しのつかないものを失くした。けれど全てが無に帰ったわけじゃない。ボクたちがしてきたことは着実に前へと進んでいる。ガーノルドや、他のみんなが築いてきてくれた道はまだ残ってるんだ。


 ボクは、これまでのみんなの命を背負っている。だからボクは下を向かない。足を止めない。転んでも、何度だって立ち上がって歩いていくつもりだ。だから――」


 ミレンギは拳を強く握りこむ。

 そして、天に届かせるような叫びで言い放った。


「みんな、これからもボクについてきてほしい!」


 ほんの少し前、まだミレンギが普通の少年であった頃。彼らに一緒に歩かせて欲しいと約束をした。でも今回は違う。ミレンギは、彼らの前を歩く。


 彼らが立ち止まろうとした時に道を示す。

 それがミレンギの役目である。御旗として掲げられた、その責任である。


「何を今更言ってんですかい」と、兵士の一人が笑い声を上げた。テストで酒盛りをしていた髭面の男だった。


 右肩に包帯を巻いている。ミレンギを庇った傷である。しかしその髭面の男兵は恨みつらみの一つも口にせず、気前よく笑って言う。


「俺たちは前も今も、ミレンギ様と一緒に歩いてる最中ですぜい。ついていくなんて当たり前じゃあないですか!」


 馬鹿みたいに景気よく明るい声に、他の兵たちも笑い声を漏らし始める。そして、口々に同調の声を上げ始める。


「そうですよ」、「そうだ」と。

 それはまるで輪唱のように響いていた。


 少年の決意が、中庭にいた全員の士気を盛り立てる。


 そう。

 自分たちは立ち止まれない。その意識の団結。


 ミレンギはすっかり旺盛を取り戻した彼らを見て、安堵に微笑んだ。


 よかった。本当によかった、と。


 ガーノルドの空いた穴は巨大である。

 しかしミレンギは、自身がそれ以上になって埋める覚悟であった。


 そのためにアドミルは前に進む。

 希望の光は、まだ彼らの心に点され続けていた。


 兵たちを鼓舞した後、ミレンギは自室に戻った。


 日が暮れて夜になっても明かりもつけず、薄暗い部屋で独り、椅子に座り込む。


 静寂が部屋を呑み込んだ。

 先ほどの兵たちの活気とは正反対に、空虚で無音な時間がゆったりと過ぎる。


 何も聞こえないはずなのに、ミレンギは耳を塞ぎたくなった。


 あの時の、テストから逃げ出すあの戦場の音が、ミレンギの耳に蘇ってくる。騒がしくて、何も聞こえなくて、けれども最後に見たガーノルドが言った声だけははっきりと耳に届いた。


『我らの希望の旗を掲げ続けよ』


 それはまるで呪詛のようにミレンギの頭の中に響き続けていた。


『我らの希望の旗を掲げ続けよ』


「わかってる」


 今更立ち止まれない。

 もう昔の楽しかった曲芸団の頃には戻れないから。


『我らの希望の旗を掲げ続けよ』


「わかってる」


 今更弱音なんて吐けない。

 自分は彼らを率いて導くべき人間なのだから。


『我らの希望の旗を掲げ続けよ』


「――わかってるよ!」


 腕を振り回し、机に置いていた私物を払い落とした。

 文具や湯呑みが激しい音を立てて耳を劈いた瞬間だけは、あの時の戦場の音を掻き消してくれたみたいで、少しだけ心が楽になった。


 ふと、部屋の扉が叩かれる。


「ミレンギ、入るよ」


 やって来たのはシェスタだった。

 ミレンギの返事も待たず、部屋の中に勝手に入ってきた。


「明かりもつけずにどうしたの」

「なんでもないよ」


 ミレンギは平然とした顔を作って、椅子に腰掛けたまま床に落ちた文具たちを拾った。そんなミレンギの後ろから、ふと、シェスタが抱きしめるように、彼の身体を包み込んだ。


「大丈夫なわけないじゃない。どうしてそんなに強がるの」


 ひどく優しい声だった。

 背後から、そっと囁くよう。


 ミレンギは思わず乾いた笑いを漏らしてしまう。


「強がってなんか、ないよ」と。


 ガーノルドが死んで悲しいのはシェスタも同じはずだ。彼女は実の父親を失ったのだから。しかしシェスタはそっとミレンギの腕から顔の輪郭を撫で、慈しむような柔らかい声で言った。


「私にはわかるよ。一番傷ついてるのがミレンギだって。一番泣きたいのがミレンギだって。だってあんたは、本当はすごく大人しくて、臆病で、恐がりなんだもん。だからわかるよ。だって私は、あんたのお姉ちゃんだもん」

「シェスタ……」


 そっと抱き寄せられた。

 彼女の控え目な胸がミレンギの頭に当たった。


 母親にしては包容力がない。けれど温かくて、まるで凍らせていた涙が溶けてしまったかのように、ミレンギの目からは涙が零れ落ちていた。


「ボクが……みんなの前を、歩かないと駄目だから……」

「うん」


「落ち込んでちゃ……みんなが、不安に……なるから」

「うん」


「だから……ボクは……」

「――わかってるよ」


 これ以上言葉は要らなかった。


 優しく、その感触を確かめるように、互いに抱きしめ、触れ合った。


 指先の感触。

 温かい体温。

 静かな吐息。


 シェスタの髪から漂う華のような香り。自分のではない衣擦れの音。

 そこにいてくれる安心が、嬉しさが、ミレンギの心をなだめていった。


 ただの少年の強がりを、少女は優しく受け止めてくれた。


 薄暗く狭い部屋の中にすすり泣く声だけが響く。


 いつまでもこうしていたくなった。

 いつまでもこうしていられないとも思った。


 明日からは、また『アドミルの光』の御旗のミレンギとしてみんなの前に立たなければならない。


 けれど今日だけは――今だけは、彼女の抱擁の中で、少年ミレンギとして涙を流した

次回から4章突入です!

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