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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 1章 『少年の一番長い夜』
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 -4 『監視網突破』

 ミレンギはシェスタの提案でひとまず町の外を目指すことになった。北側には森林が広がっており、そこに紛れ込めば追ってくることも難しいだろと踏んでのことだった。


 兵士たちの追撃はひとまず止んだが、安全が確保されたわけではない。


 暗闇に寝静まった町の中、微かな物音すらも、奴らが来たのかと勘ぐってしまうほどに心を張り詰めていた。走り続けている爽やかな汗と、緊張による粘りのある汗がない混じって、ミレンギは今にも吐き出したくなる気分だった。


「あの子、ついてくるよ」


 人気の少ないところを選んで路地を駆け抜けて行く中、ミレンギたちのすぐ後を、先ほどの白銀髪の少女がついてきていた。


「構っていられません。ほうっておきましょう」

「いいのかな」

「気にしている余裕なんてありませんから」


 シェスタは冷静にそう言って振り向かない。


 やがて町の外に繋がる関所にたどり着いた。


 この町は物品の取引が盛んに行われているため、町を出入りする人間や商品の監視は厳重である。高い壁によって外周を囲われていて、外へ出るためには東西の門を通る必要があった。


 しかしそこには既に警ら隊の連中が数人待ち構えており通れる雰囲気ではない。なにより外へ出るための吊り橋が上がって道をすっかり閉ざしてしまっていた。


「さすがに街の出入り口はもう押さえられてる……どうしよう」


 シェスタの声が弱気に陰る。

 普段ならぬ気丈を装ってはいるが、彼女もつい数刻前まではミレンギと同じ普通の子供だったのである。何も知らなかったミレンギより覚悟は付いていただろうが、それでも精神力は歳相応であった。


「おい」


 背後から声をかけられる。警らの兵だ。


「しまった」とミレンギとシェスタが振り向く間際、


「……るぅ!」


 置いてきたはずの白銀髪の少女が、ミレンギたちの前でそう言葉を発した。かと思えばミレンギたちの眼前に閃光が走る。気がつけば、何が起きたのかと把握するよりも先に、警らの兵は膝をつき、そのまま小さく呻きながら倒れてしまった。


 その男の胸にはまるで氷柱のような太い透明の杭が突き刺さっている。決して薄くはない警ら隊の鎧を貫き、肉を抉り、血を流れさせていた。


「キミがやったのかい」


 驚いたミレンギが少女に尋ねる。

 しかし少女はやはり虚ろ気に呆然としているばかりだ。


「この子、いったい何をやったの。魔法? いや、でも杖もないし。そもそも魔法なんて希少なのに」


 シェスタは冷静にその少女を見やった。


 出で立ちはただの少女。

 しかしまともな会話もできず、摩訶不思議な事を起こす。


 さっきその場に置いてきたはずの彼女が何故ここにいるのかすら、ミレンギたちには疑問であった。事情はわからないがミレンギについてこようとしているようだ。


 この世界には魔法というものが存在する。


 かつてこの地を守る竜によって授けられ、大地に息づく全ての命の源『マナ』を使い、人ならざる力を発現させるという人知を超えた不可思議な技。


 炎を起こしたり風を操ったり、水を湧かせたりと、大地の持つ自然の力を行使できるものである。これらは生まれつき素質のある人間しか扱えず、それもおおよそ血筋によって遺伝されるものであるといわれている。


 魔法を行使するには元来、専用の装飾が施された杖などが媒体として必要である。それらのものには「太古の竜のものと思われる化石」や「千年生きると言われている不死鳥の尾羽」など、遥か昔から神聖を帯びたものが使われていて、それを介して魔法を生み出すのだ。


 どれほどの秀才な人間といえどもこの理は必然と言われている。


 しかし見たところ、少女はシェスタの外套一つ以外になにも持ち合わせているようには見えなかった。


「どう考えてもおかしいわ。でも、何かを隠し持ってる?」

「シェスタ?」

「ねえ貴女。さっきのやつ、もう一度できるの」


 シェスタは少女に詰め寄る。

 だがやはり少女は理解してない風に首をかしげる。


「あれよ、あれ」


 今度は氷柱を指差したりして身振り手振りで説明する。

 すると、少女はやっと初めて意思疎通できたのか、元気よく頭を頷かせた。


 本当に通じてるのだろうか、とミレンギは不安に駆られるが、そう思っている場合でもない。


「シェスタ、何か考えがあるの」

「はい。この子頼みになりますが」

「まさかまた、あそこにいる兵士の人たちを殺すの」

「…………」


 シェスタは答えなかった。

 言葉に迷っているようだった。


「……必要とあれば」


 やっとそうとだけ返し、シェスタは少女に身振り手振りで指示を出した。そして、


「行きます!」とミレンギの手を引いて飛び出した。


 関所に佇んでいた兵士たちがそれに気付く。


「おい、お前たち」


 そう叫んでミレンギたちを取り押さえようと向かってくるところに、シェスタが少女へ指示を出す。


「いまよ!」


 彼女の指差した先。それは吊橋を持ち上げている鎖の止め具の部分だった。後をついてきた少女がまたもや閃光を纏う。そして彼女の手元からどこからともなく氷柱が現れて飛び出した。


 鋭利なその透明の杭が的確に吊橋の止め具を穿つ。

 金属を簡単に砕き、巻き上げられていた鎖が緩んで橋が下ろされた。


 まさしく文字通り町の外への突破口が開かれる。

 ミレンギを外へ逃がす。シェスタの一貫した目標の執念の結実だった。


「さあ、ミレンギ様。今のうちに外へ」

「でもまだ兵士が」

「私が惹き付けます」


 シェスタが先んじて突出する。

 前を塞ぐ兵士の懐に飛び込み、渾身の掌底打ちを見舞った。


 今度こその一撃。

 またもや相手は倒れず軽くよろめくだけで、反撃に剣を薙いでくる。


 しかしもう油断はない。冷静に身を屈めてかわし、横払いで低くなった兵士の頭にもう一度打ち込む。兜ごと頭を揺さぶられた兵士は足をふらつかせて卒倒した。


 他に兵は二人。


 シェスタの抵抗に驚きながらも、先ほどより用心して身構えている。近づく隙はおそらく無い。一人に行けばもう一人に仕留められてしまう。しかしそれでも、ミレンギが通り抜ける時間さえ稼げるのなら構わない覚悟だった。


「はあぁぁぁぁぁっ!」


 咆哮に似た叫びを上げながらシェスタは駆け出した。その時だ。


『ぐろおおおおおおおおおおおおおっ!』


 本物の獣の咆哮が、シェスタの猛り声を掻き消した。


 彼女の真上を影が通り過ぎる。その影はシェスタの前方の兵士へと飛びかかり、瞬く間にその鎧ごと踏み潰した。そしてもう一度の咆哮。その突然現れた獣の持つ鋭い牙が月光に眩しく煌いた。


「グルウ!」


 たまらずシェスタがその獣の名前を叫ぶ。

 漆黒の体毛をなびかせ、その魔獣は続けざまにもう一人の兵士を突進で吹き飛ばした。


 一瞬の鎮圧。

 その凄まじさに、ミレンギも思わず足を止めて見惚れてしまったほどだった。


「助け、きた」


 獣の上に跨った少女が言う。アニューだ。


「アニュー! 無事だったんだ!」


 思わず興奮気味に口にしたミレンギにアニューはこくりと頷き、地面に飛び降りた。


「無事、へいき。グルウ、つれてきた」

「よかったよ。心配してたんだ」


 自分のせいで囮にされたのかと思ったこともあり、ミレンギは安堵に胸を撫で下ろす。が、そんな二人へ突然現れた警ら兵が斬りかかろうとした。物陰にまだ一人隠れていたのだ。


 しまった、とミレンギが唾を飲んだ瞬間、


「油断は駄目よ」と優しい声が響き、兵士との間に、ふんわりと赤毛を揺らしたラランが割って入った。彼女も無事だったのかとミレンギは喜ぶ。


 ラランは手に持った棍棒のようなもので剣戟を受け止めると、それを右へいなして地面に叩きつけ、その勢いのまま身体を回転させる。一周した棍棒が兵士の首元を捉え、そのまま兵士の首を身体ごと薙ぎ払った。


 まさに曲芸で培われた槍術――いや、これこそが本来の用途なのだろう。流れるような鮮やかな技の美しさに見惚れてしまいそうになる。


「ちゃんと回りの確認をしないと駄目よ」


 そう穏やかに言ったラランは、母親のように優しく微笑んでみせた。


 シェスタが駆け寄ってくる。

 そのままラランに抱きつくと、弱々しい声でむせび泣いた。


「良かった……良かった……。ラランさんも、アニューも無事で」


 緊張が解けたのか、シェスタは酷く泣き崩れてしまった。短い間とはいえ、ただの少女がこれまでよく頑張ったものだ。ラランも、ふふっ、と微笑を浮かべてシェスタの頭を撫でていた。


「よく頑張ったわね、シェスタ。立派に責務を全うして偉いわ。ご苦労様」

「……はい」

「ミレンギ様も、ご無事でなによりです」

「うん。ありがとう、ララン」


 ラランだってまだ年端もいかない妙齢の女性である。

 それでも、彼女という存在のおかげでミレンギたちは安堵に満たされていた。


「積もる話もありますが、まずはここから出ましょう」

「うん」


 ラランの言葉に皆が頷き、下ろされた吊橋から街の外へ出た。


 町の外は、夜空に丸々と浮かぶ月の光くらいしか明かりがなかった。


 街道は路馬車も通れるように整備されているが、ひとたび道を外れれば、雑草や枝葉の伸びた荒地を進むことになる。足元も不安定で、夜目の効くグルウに乗ったアニューが先導しながら進んでいった。


 背後に遠ざかった関所の方で松明を持った人影が多く集まっている。おそらく警ら隊の連中なのだろう。


 殿を努めるラランが皆をなだめるように言う。


「今はとにかく安全なところまで逃げましょう」


 それはいったいどこなのか。

 そんな疑問と不安を押し殺し、ミレンギはひたすら足を動かし続けた。


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