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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 3章 『背負う者』
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 -8 『資質』

 アドミル兵たちはまだ眠ったままの者を担いでいるせいで動きが遅い。ミレンギもセリィを背負っていたが、それでもひたすらに路地を走った。


 散発的ながらも絶えず襲い来る住民たち。しかしその足取りはバラバラだ。


 狭い路地に入ると詰まって動きが止まるし、先回りするといった包囲も詰めが甘く、ミレンギたちは悉くその隙をついて町の外へと足を進める。無謀に突っ込んでくるので彼らを傷つけずに押し退けるのも一苦労だ。


 相手の練度は低い。

 だがそれでも被害はでていた。


 主に民家からの弓矢を受けて倒れた者が五人。横道からの急襲で仲間を担いでいた無防備なところを狙われた者が一人。立ち止まる余裕などなく、動けなくなった者は見捨てられた。


 そんな彼らを、ミレンギは歯がゆい思いで見ていた。


「おっと、あぶねえ!」


 ミレンギがセリィを背負いながら走っていると、不意にそんな声と共に、ミレンギの背後に兵が覆いかぶさった。先ほど酒をあおって大きく騒いでいた髭面の男兵だった。


「そんな、ボクをかばったの?」


 彼の肩に矢が刺さっていることに気付き、ミレンギは思わず足を止めた。


「ごめん。ボクが交戦するななんて言ったから」

 つい弱音をこぼしてしまうミレンギに、しかし髭面の男兵は傷の痛みを感じさせないほど気丈に、強がったように大袈裟に笑う。


「気にしないでくだせえな、ミレンギ様。それよりも、さっさとここを出るんでしょうが」

「ボクが、ジェクニス王みたいにみんなに慕ってもらえるくらい聡明ですごい人だったら」


「そんなの関係ねえですよ」

「でも……」


「ミレンギ様が言ったんでしょうが。俺たちと一緒に歩いてくれるって。だから俺たちはミレンギ様と一緒に歩き続けますよ。どんな選択をしようが、どんな未来が待っていようがね」


 男兵は歯を食いしばらせながらも笑顔でミレンギの背中を押してくれた。そっと、またミレンギの足が前に動き始める。そんなミレンギの浮ついた足取りを支えるように、ガーノルドが肩を貸してくれた。


「その通りです、ミレンギ様。私たちは常に貴方と共にいる」


「でもボクは、みんなに慕ってもらえるような人間じゃないんだ。ボクは何もできてない。みんなに何も示せていない。元々誰かを導けるような器じゃないんだ。だからこんな馬鹿なこともしちゃう。無茶をしちゃう。敵の真っ只中に飛び込んだり、敵を攻撃するなって言ったり」


「だからでしょう」

「え?」


「むしろここで住民たちを躊躇なく切り捨てようとでもすれば、誰もがその選択に迷い、刃の先を迷わせたことでしょう。貴方の一言が、私たちの進むべき行く末を定めてくれたのです」


「ボクは……そんな高尚なつもりで言ったんじゃない。前王みたいにすごい人じゃないんだ」


 そう言うミレンギに、ガーノルドが強い眼差しで顔を覗きこんできた。凄むような真面目な顔つきだった。


「私はいま誰を見ているか」

「え……ボク、だよね」

「然り。ミレンギ様です」


 急に何を言っているのかとミレンギは不思議に思ったが、ガーノルドの目は真剣だった。


「貴方が言ったのだ。共に道を歩むと。前王の息子ではなく、ミレンギという男として共に歩むということを。皆はそれを理解している。受け入れている。だからこそ、貴方を御旗として掲げたのだ。ともに歩む戦友として。だから我らは貴方と共に歩む。


 ひたすらに正道を進んでいくのなら、我らは何の疑いもなく貴方の指し示した道を歩むことでしょう。それがたとえ茨の道であっても。その中で、もし貴方が道を踏み外しそうになったら、共に隣を歩く我らが手を差し出して踏みとどまらせましょう。だから恐れず、安心して、貴方の道を進んでくださればよいのです」


 ガーノルドの言葉はそのままミレンギの心に深く沁み入った。


 ずっと抱いていた懸念。

 前王との比較。自分の器の大きさ。

 そんな諸々を、ただの些末ごとのように蹴飛ばした言葉だった。


「ジェクニス様よりほどではない? 違いますよ。それは、あの静寂の森の一件を知っている誰もがそう思っているはず。貴方の指し示す道。そこにある希望を、確かに私たちは貴方の膝元で垣間見たのです。


 だから私たちはついていく。あなたと一緒に。『前王の子』だからではなく、『貴方』だから、ミレンギ様だから一緒に歩むのです」


「そういうことでさあ!」


 肩に刺さった矢もそのままに、髭面の男兵が意気揚々と拳を掲げて頷いた。


 静寂の森に住まう耳長族は、他の人間たちから忌み嫌われ迫害された種族だ。あの時、魔獣が迫る来るその瞬間に、非戦闘民である耳長族たちのことを思った人間はほぼいなかっただろう。


 そんな中、ミレンギは真っ先に決断した。

 彼らを助けるのだと、その求道ぐどうの光を指し示した。


 それは、迫害された彼らを森に隠して住まわせることしかできなかった前王ジェクニスともまた違う、彼らを直接的に救った英断であった。


 ミレンギの遅れを気にして戻ってきたアイネも言う。


「貴方は、貴方が思っているよりも素晴らしい人ですよ。いくら風が吹けど、旗は立たねば靡かない。さあ、行きましょう」

「……ありがとう、みんな」


 彼らの言葉は、悉く、ミレンギを救う言葉であった。


 少年はそれに心の中で涙した。


 くちゅん、と背負っていたセリィがくしゃみをした。

 きっと彼女も、起きていたらミレンギを励ましてくれていたことだろう。


 そんな温かい仲間が切り開いてくれた道を、ミレンギは遅れないように、強い足取りで歩み始めた。


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