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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 3章 『背負う者』
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 -6 『歓迎のもてなし』

 チョトス候との会席を終えた後、彼の私兵に誘導され、ミレンギたちは街道沿いに控えていたアドミル兵百人あまりを町に招き入れた。


 テストの住民は驚くほどミレンギたちを明るく迎え入れていた。


 二階の窓から身を乗り出して竜の紋章の入った旗を掲げたり、露天の店主が果物を配ったり、通りを歩くミレンギたちに全員がにこやかな表情を向けていた。


「我らの希望を!」

「ジェクニス様のご遺志を!」

「平定の世のために!」


 住民たちはそれぞれにそう口にしている。


 ここの住人は前王に忠義を尽くしているとチョトスは言っていたが、まさにその通りなのだと、ミレンギは彼らの様子から納得した。道端で手を振る町民の中には、腰の曲がった老人や親子もいる。本当に、町総出で迎えてくれているようだ。


 彼らの熱烈な拍手と掛け声を浴びながら、ミレンギたちアドミル兵は、宿舎のような大きな建物に通された。


 案内されたのは机がいくつも並べられた食堂のような部屋だ。


 窓がなく、蝋燭の明かりだけでやや薄暗い。長く使われていない場所なのか空気がこもっていて、やや変な匂いも感じだが、足の疲れていたアドミル兵たちは気にせず椅子に座り、みんな軽装の鎧を外して伸び伸びと安らいだ。


 ミレンギも、壁際で彼らに混じって一息ついていた。


「見たかよ、あの町の連中の歓迎っぷり」

「ああ、すごかったな。まるで俺たちが正規兵みたいだ」


 各々が笑いながら町の様子を話し合っている。


 民意が自分たちの味方をしてくれている。その感覚は間違いなく、反乱軍であるアドミルの兵たちにとって元気付けられる心地よいものだった。


 気前よく提供された酒をあおり、浮かれ気分に盛り上がりはじめる。


 このテストを足場にできれば、もはや王都までは目と鼻の先である。彼らが悲願に掲げているミレンギによる王位奪還も現実味を帯び始めていることだろう。


 自分たちに風が吹いている。

 その後押しが、自然と兵たちの気分を浮つかせていく。


「ミレンギ様、これは完全に俺たちの流れがきてますぜ。このまま王都まで行っちまってもいいんじゃねえですかい」


 そう言ったのは、口周りの濃い髭が特徴的な男兵だ。


 満杯の酒を片手に大手を振って、顔も赤くなってすっかりできあがっているうようだ。隅っこで水を飲んでいたミレンギは、少し気圧されるように部屋を眺めた。


「ひとまずは休憩だね。みんなお疲れ様」

「いやあーもったいねえ言葉ですぜ。俺たちなんもやってねー」


 がははっ、と高笑いするその男兵に、ミレンギは懐かしさを覚えた。


 曲芸団として過ごしていた時、家族として一緒に暮らしていた団員の中に、同じように楽しそうに酒を飲んで面白おかしく笑う人がいた。


 「酒と女を買う金さえ稼げりゃいいんだよ」と酔っ払っては、いつもラランに怒られていた記憶がある。それが見ていてすごく面白くて、ミレンギは公演終わりの酒宴の楽しみの一つになっていた。


 その彼は、あの日の酒場以来見かけていない。ガーノルドたちには何も聞かされないが、おそらく――。


「ねえミレンギ」


 ふとセリィに声をかけられ、ミレンギは頭の中を掻き消した。


「どうしたの」

「ちょっと……眠たい」

「珍しいね。いつもはそんなことないのに」


 隣の椅子で薄目を擦るセリィがそっと肩にもたれかかってくる。


 彼女の華奢な腕と小さな頭の重さがかかる。そして一度目を閉じると、安心したのかそのまま可愛らしい寝息を立て始めていた。


「セリィちゃん、さっき町でたくさん果物とかをもらってたみたいよ。それでお腹いっぱいになっちゃったんじゃないの」


 シェスタがセリィの頬を突きながら言った。

 真っ白なぷにぷにの弾力に、触り心地がいいのか、思わず顔を破顔させている。


「あー、可愛いなあ。こんな妹が欲しかったなあ」

「アニューがいるじゃないか」


「あの子はなんというか、妹って感じじゃないのよね。ちょっと無愛想だし。こういう風に愛嬌のあるほうがいいわ」

「ひどい言いようだね」


 そうは言っても、シェスタとアニューの仲がいいことはミレンギも知っている。気安く憎まれ口を叩ける程度には確固たる仲だ。


「それにしてもみんな気が抜けたのかしらね。宿場町からここに来るのもそこそこ時間かかったし」

「そうだね。シドルドからそのまま来たから。たぶんみんな相当疲れてるんだよ」

「今日はゆっくり眠れるわね」


 うん、とミレンギはシェスタに笑って返した。


 他の兵たちも騒ぎ疲れたのか、一人、また一人と机に突っ伏して眠りこくっていた。もう一人、また一人と、気付けば積極的に酒を煽っていた全体の三割ほどが眠りに落ちてしまっていた。よほど疲れていたのか。


「おいおい、さすがにみんな寝すぎじゃあ……」と、騒いでいた髭面の男が近くの寝ている兵を起こそうとした時だった。


「なんか焦げ臭くねえか」


 呑んだくれた兵の誰かが言った。

 その原因に気づいたのはアイネだった。


「火だ」


 たった二文字の言葉に、誰もが理解するのに数瞬の間を要した。しかし頭で把握するよりも早く、突如として部屋の片隅から炎が立ち上り始めたことで自ずと理解させられた。


「なんだよなんだよ」と兵士たちがうろたえ始める。


 どうやら部屋の隅に置かれていた木箱の中から出火したようだ。

 そこには藁などが入っていて、それで更に火の勢いが増したらしい。


「水だ。水をもってこい」


 ガーノルドが落ち着いて指示をするが、しかしアイネは不審に眉をひそめたまま周囲を見渡している。


 すっかり周りの可燃物を燃やし尽くしているというのに、火の勢いが衰えるどころか増しているのである。土壁には燃え移らず、床も延焼するような素材ではない。しかし火は木箱の足元へと至り、やがて床を伝い、ミレンギたちの座る椅子や机にまで火の手を延ばそうとしていた。


「さすがに奇妙です」


 アイネが周囲を見渡し、そしてふと自身の座っていた木の椅子を裏返す。その裏面を指でなぞるとそっと鼻に近づけた。


「これは……可燃性の高い油が塗られています。この独特な臭い……北方に生息する山岳山羊の獣脂でしょうか。その地方の原住民たちが火を熾すのに少量ずつ使われるものです」


 冷静に言うアイネに、アイネは困惑の表情を浮かべる。


「どうしてそんなものが」


「言わずもがなでしょう」と答えたのはガーノルドだ。身体を分け入れてミレンギを火から遠ざけさせる。


 室内には煙が立ち込め始めていた。

「消火の水はまだか」と誰かが叫ぶが、しかし外に届く気配はない。


「仕方がない。ここを出るぞ」


 やっとガーノルドがそう判断を下す。

 しかしそれはなるべくしたくない決断であった。


「おい、起きろ。はやく起きるんだ」


 眠りこくった者が多すぎる。

 みんなが、それぞれ近くの眠った兵を起こそうとした。しかし強く揺さぶっても起きる気配がない。


「おそらく簡単には起きないのでしょうね」

「謀られたのだろうな」


 アイネとガーノルドが互いに渋面を浮かべる。


 眠ってしまったのはおおよそ三割にわずか至らぬ程。

 だが起きない彼らを部屋から運び出すには一人ずつ背負って運ぶ必要がある。


 手が塞がってしまう非常に無防備な状態だ。しかしそれを躊躇っている暇もなかった。


「セリィ、起きて。セリィ」


 ミレンギの傍でセリィも深い眠りに落ちてしまっている。


 仕方なくミレンギは彼女を背負い上げた。


 他の兵たちも一人ずつ仲間を担ぐ。


 その間にも火の手はミレンギたちに迫っている。もはや立ち上がる火柱は天井まで届くほどだった。


 時間がない。

 はやくここを出なくては。


「全員、ここを出るぞ。緊急だ。万事に備えよ」


 ガーノルドの怒号のような指示が飛ぶ。


 それに従い、兵たちは鎧をそのままに大急ぎで仲間を担いで部屋の外に出た。


 しかしその直後、先頭で部屋を出た兵の体が崩れ落ちる。

 なにごとだ、とざわめいた兵たちの前には、廊下の奥に弓を番えている数名の男の姿があった。


「お、おい。まさか、やめろ!」


 矢の切っ先がこちらに向いていることを目の当たりした兵たちがうろたえる。しかし、その矢は無情にも兵たちへと襲い掛かった。


 仲間を担いで無防備になっている彼らに、それは致命的な一撃を与えていく。更には倒れた者で通路が塞き止められ先へと進めなくなってしまっていた。


 後方には今もなお勢いを増している炎。前方には、たとえ倒れた仲間を押し退けても弓を番えた男たち。


 窓はない。

 煙は充満し、部屋の天井を埋め尽くそうとしている。


「ど、どうしよう、ガーノルド」


 慌てふためくミレンギ。

 しかしガーノルドは冷静だった。


 部屋の四方を見回している。そしてふと一点に向くと、自分の上着を脱いで拳にまとった。老齢ながら、鍛え抜かれた肉体が露になる。


「ミレンギ様、少しお下がりを」


 そう言って深く息を吸い込むと、一瞬の間を置き、


「――はあっ!」と強く息んで壁を殴りつけた。


 激しく音を立てて壁面が崩れ落ちる。外の明るい光が差し込み、煙が外に逃げ出した。


 すごい、と思わずミレンギも声を漏らすほどの鉄拳であった。


「壁に不自然なつなぎ目がありました。おそらくもともとはここに窓があったのでしょうが、わざわざ埋めたのでしょう。何のためかは知りませんがね。アイネ殿、指示を」


「お見事ですガーノルド様。全員直ちにこの開いた穴から出ましょう。手の空いているものは前に。村から脱出します」


 アイネの指示に兵たちが頷く。

 身軽なシェスタが率先して外に出て安全を確認すると、他の兵たちも続いた。


 ミレンギも起きないセリィを担いだまま後を追う。


 宿舎の裏にはまだ手が伸びていない様子だった。


 一足遅れて、廊下にいた弓の男たちが駆けつけてくる。しかし弓を構える暇も与えず、シェスタが彼らの懐に詰め込んで拳底をくらわせる。


 男たちはいとも容易く吹き飛び、シェスタはやや拍子抜けした風に呆れた顔を浮かべる。


「なにこの人たち、受け方がまるでなってない。素人じゃない」

「僕のイヤな予感が的中していなければよいのですが……。シェスタさん、他に敵は」

「いないみたい」

「では進軍を」


 アイネの指示に従い、全員が町の外へと足を進めた。


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