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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 1章 『少年の一番長い夜』
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 -3 『終わりを告げる襲撃 ――②』

 残されたのは兵士二人。


 少数といえど、王国直属の警ら隊に籍を置くほどには屈強な男たちである。腕を背後に拘束されたミレンギたちにはどう抗うこともできなかった。


「ったく。手こずらせやがってよお、坊主」

「ガキのくせに良い体つきしてるじゃねえか嬢ちゃん。胸はもうちょいと物足りねえがな」


 げらげらと嗤う男たちに「下衆が」とシェスタは悔しそうに奥歯を噛む。


「でも隊長の命令だからなあ。『疑わしきは全員殺せ』。女は惜しいが、諦めてくれや」

「そんな!」


「駄目! 私はどうなってもいいから、この人だけは! 見逃してくれるならなんだってするわ。どんな犯罪の片棒でも担いで上げる。絶対に裏切らない。なんだったらこの身を売ってもいい。だから!」


 うろたえるミレンギに気を配りながら、シェスタは必死の懇願を届けた。しかし男たちの声色は芳しくない。


「そんなこと言われてもなあ。それでお前らが生きてることが隊長に知れたら、こっちの首が飛ぶんだよ。つまり聞けねえ話ってこった。それよりも――」


 ミレンギを捕らえている男が、ミレンギの首から提げたブレスレットを手にとってにやつく。


「こういう宝石もんのほうが足が付かなくていいってもんよ。まあ、お前らを殺したら、たまたま道端に落ちる予定のそれを拾えばいい話なんだがな。つまり交渉なんて無意味ってこった。残念だったな、嬢ちゃん」

「……くっ」


 歯がゆさにシェスタが唇を噛み締める。

 そんな彼女の表情を見て優越感に浸ったのか、男は上機嫌に、ミレンギの首からブレスレットを引きちぎった。


「なにするんだ!」とミレンギはようやっと声を張れた。


 そのブレスレットは、孤児院に預けられてからずっと肌身離さず持ち歩いている大切なものなのだ。


『これはお前の母さんの形見だ。大事に持ってなさい』


 ミレンギはあの日のことを微かに覚えている。そのブレスレットをもらった時のことを。


 まだ物心もつかない頃の、ミレンギが持っている一番最初の記憶だった。その中で顔も知らない不思議な男に貰ったのだ。母親の形見であると。


 だからそれは、ミレンギが唯一本当の自分を知れる、大切な宝だった。


「返せ! それを返せ! 大切な形見なんだ!」


 豹変した風にミレンギは暴れる。

 その変わりぶりにシェスタすら驚いていた。


 兵士の男は一瞬ほど動揺を見せるが、冷静にミレンギの後頭部を軽打し、拘束を強めた。それでもなおミレンギは暴れようとする。


「こいつ、そんなに価値のある宝石なのか? 確かに色はいいが……ん? なんだよこれ、珠にヒビがはいってやがる」

「そんなっ! お前たちが乱暴にしたからだろう」


「軽くひっぺがしただけじゃねえか。ったく。こんだけヒビがはいってちゃ宝石だとしても価値がつかねえ。廃品同然だな」


 熱が冷めたとばかりに、兵士の男がブレスレットを道端に放り捨てる。


「くそう! 返せ!」

「いい加減うるせえよ坊主。もうさっさとしょっ引いちまうか」


 激昂するミレンギにたまらず兵士の男が剣を抜く。

 シェスタが必死に止めようともがくが、少女の力ではとても抗いようがなく、ただひたすら「やめて!」と繰り返し頼み込むしかできない。


 その必死の請願も必ず、男の振りかぶった刃がミレンギの首元を突き刺そうとした時だった。


 ――ヴオオオオオオオオオオオオオッ!


 まるで獣の咆哮のようなけたたましい声が地面を震わせた。


 グルウ、いや大型の魔獣である彼にしても大きすぎる。

 まるで大地そのものが雄叫びを上げているかのようだ。


 途端、眩いほどの閃光がミレンギたちの視界を奪った。


「な、なに?!」


 前も見れない光の強さにミレンギが顔をしかめる。


 一体何が起きたのか。

 何が起こっているのか。

 ミレンギにわかっていることは、まだ自分が殺されていないということだけだ。


「あうっ」と男の短い呻き声が聞こえた。

 同時に後ろ手の拘束が解け、自由になる。

 やがて眩さも失せ、一瞬の眩暈のような暗転の後に視界が戻った。


「え……どうなってるの」


 真っ先に驚きの声を上げたのはシェスタだった。


 気がつけば彼女を拘束していたはずの兵士の男は、壁に叩きつけられたかのように倒れこんでいた。ミレンギを捕まえていた男も、振り上げていたはずの剣を握ったまま地に突っ伏している。その場に立っているのは、ミレンギとシェスタ――だけではなかった。


 いつの間にか、見知らぬ少女が一糸纏わぬ姿で立ち尽くしていた。


 雪のような白い肌に溶け込むような白銀の髪。足に届くほどのまっすぐなその長髪は、光の当たり方によっては淡く青が混じったような不思議な色をしている。小柄でまだ十歳前後のようなそのあどけない少女の外見が、殺伐としたこの路地裏という場所に酷く不似合いだった。


 少しミレンギに似た、少女のまん丸とした赤色の瞳がミレンギたちを捉える。


 目が合い、ミレンギは彼女が裸であることに気付いて咄嗟に目を逸らした。


「ちょっと、どうしたのよ貴女」と大慌てでシェスタが駆け寄り、自分が羽織っていた外套を彼女に被せた。少女はイヤそうに顔を振ってぐずったが、無理やり袖に腕を通されると、ぴたりと嵌まったように落ちついた。


「ねえシェスタ。その子はいったい」

「私に聞かれても……」


 シェスタですらいったい何が起こって、どうしてこの少女がここにいるのか理解できない様子だ。訝しげに辺りを見回すが、他に目立ったものはなかった。


「貴女が助けてくれたの?」


 シェスタが少女に尋ねる。

 しかし少女は呆けた風にぼんやり中空を眺めたままだった。


 またミレンギと目が合う。

 すると少女は引っ張られるように小走りに駆け寄り、


「……ぅぁ……ぅぁ」


 まるで母親に駆け寄る子供のように飛びついた。


 喘ぐような小さな声でじゃれついてくる。

 嬉しそうな笑顔で、臭いを擦り付ける犬みたいに顔を擦りつけていた。


 知りもしない女の子に抱きつかれ、ミレンギは顔を赤くして固まってしまった。


「……お知り合いですか」


 シェスタが冷ややかな視線を向けてくる。


「い、いや。違う。知らないよ。誰なんだいキミは」

「……るぅ?」


 少女を押し退けて尋ねてみても、まるで言葉になっていない声が返ってくるだけだった。少女は純朴な、あどけない表情をして、自分が質問されていることすらわかっていない様子だった。


「言葉が通じないのかな。異国の子?」

「このあたりに住んでいるのでしょうか。行商人の多い町ですし、他国から来て滞在しているのかも。それにしても珍しいですが」

「なるほど」


「ミレンギ様。私たちは追われている身です。いつ警らの連中が戻ってくるかもわかりません。今はとにかくいち早くここから離れましょう」


「そうだね。……なんだか慣れないなあ、シェスタの丁寧な言葉遣い」

「当然の立場ですので」


 見知らぬ兄弟の一面を知ったみたいで、ミレンギは苦笑を浮かべて一瞬だけ気分が和らいだ。


 突然の酒場での一件から怒涛の勢いで様々な出来事がミレンギを襲ってきたのだ。おそらく今頃酒場ではもっと酷い惨事になっていることだろうし、他の家族たちがどうなったのか、考え始めただけでも足が竦みそうになる。


 何故こうして助かっているのかわからないが、みんなが逃がしてくれた想いに応えるため、自分はとにかく逃げ続ければならないのだと、ミレンギは覚悟した。


 それが、果てしない長い旅になるとはまだ知りもせずに。


「とにかくキミは家に戻るんだ。いいね」


 そう言っても少しも少女に通じている気配はなく、ぼうっとミレンギの顔を見つめてきている。


「この時間にここにいるということは家も近いでしょうし。巻き込む前に置いて行きましょう」

「わかった……そうだ。ボクのブレスレット」


 兵士の男に投げ捨てられた大切な宝物の行方を探す。壁際に落ちているのをすぐに見つけた。


「ボロボロだ」


 手に取ったそれは、周りを取り囲む金色の装飾と核の抜け落ちた名残である穴だけが残っていた。


「嵌まってたはずの珠も見当たらない……大切なものだったのに……」


 落ち込むミレンギの背を、あの少女が叩く。


 振り返ったミレンギに、少女は「うぅ……うぅ……」と舌足らずに言った。いったい何を伝えたいのだろう。けれど詮索する時間もない。


「ごめんね」


 ブレスレットの破片をぐっと握り締め、ミレンギは顔を持ち上げた。


「行こう、シェスタ」

「はい」


 酒場で楽しく騒いでいたつい先刻の光景が脳裏に浮かぶ。


 みんなが笑って、今日の公演のことを思い返したり反省したりして、明日はどんな演目にしようかと相談して。そんな当たり前で、楽しい時間が、もう戻ることはないのだろう。


 これからどこに行けばいい。何をすればいい。


 行方などミレンギにはわからない。

 ただ、もう走り続けることしか許されていないのだと、その事実だけは無情にもしっかりと理解できていた。


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