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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 3章 『背負う者』
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3-1 『王属騎士団』

   3  背負う者



 騎士団長補佐アーセナは重々しい気分で戸を叩いた。


「入れ」


 唸るような低い声が返ってくる。

 アーセナは息を呑んでその扉を開いた。


 中に入った彼女を待っていたのは、豪奢な赤椅子に膝を組んで腰掛ける強面の男だった。


「アーセナ以下部隊七百名、ただいま戻りました」


 声が震えそうになるのを抑えてアーセナは言う。


 しかしその男、騎士団長グランゼオスは不機嫌に鼻を鳴らして一笑した。机上に置いた遊戯盤の木製の駒を指先で摘み、まるで苛立ちを発散させているかのように指先で転がす。


「よくもこの俺の前に平然とその面を出せたな」


 ようやっとアーセナの目を見て言った言葉は、酷く鈍重で鋭いものだった。


「いま、市井でどんな噂が流れているか知っているか。『騎士団が反乱軍の猛攻を受けて逃げ帰ってきた』だそうだ」

「……はい。聞き及んでいます」


「どうもどこぞの王属兵が小規模の反乱民ごときにしてやられたらしい。ろくな成果も得られずにのこのこと戻ってきたそうだ。その件について、お前はどう思う?」


「……申し訳ありません」

「俺はどう思うかと聞いているんだ!」


 グランゼオスが途端に声を荒げ、指先で転がしていた駒を潰した。


「ああ、これで七十五回目だ。また新しいのを買わなければならん」


 隻眼の、射抜くような鋭い眼光がアーセナを刺す。


「それで、どう思う?」

「……不甲斐ない結果だと思います。騎士団としてあるまじき行為です」

「ほう。その噂の王属兵は騎士団に所属しているのか。奇遇ではないか。俺たちと同じだな」

「……はい」


「…………」

「…………」


 無言の重責。

 グランゼオスはただ目だけでそれを訴えかけてきた。


 並みの兵士ならば身じろいで小便を漏らしてもおかしくないほどの威圧感である。いっそのこと、言葉にしてその責を追求してくれたほうが楽ではないかと思うほどに、部屋の空気は重苦しく、窒息しそうな思いだった。


 どれほど直立させられていただろうか。

 やがて飽きた風にグランゼオスは窓の外に目をやった。


「貴様を過大評価していたのかもしれん。歳の割にはと持て囃されすぎたか。武で国の役に立てんなら、クレスト王の側室にでも推薦してやろうか。奴は女子が好きだと言っただろう。見てくれは悪くないことだ。喜んでお前を妾にとるだろうよ」


「……二度と失態をせぬよう心しております。いかなる任務でも完遂させてみせる所存です」

「その任務がお前にあれば、な。国王の祭事については追って連絡を寄越す。それまでは公舎の自室にて待機だ」


「はい。かしこまりました」


 アーセナは一言の弁論の余地も与えられず部屋を後にすることになった。


 だがそれも仕方がない。どんな経緯があるにせよ、討伐隊として任地に赴いた騎士団が手ぶらで戻ってきたのだ。しかも最悪なのが、アーセナがこの騎士団の第二席に位置することである。


 民衆からすればそれほどに力の入った征伐だったのだと印象付けられるのは必至で、その失敗は信用を損ないかねない大失態であった。


 騎士団の住居がある公舎に戻ると、今度の遠征に同行した彼女の部下達が心配そうに駆け寄った。彼らも、アーセナの不評について既に耳にしているようだった。


「アーセナ様。いくら団長とはいえアーセナ様が悪く言われるのは不本意です。任務を遂行できなかった俺達にだって責任は多分にあるのに」


「もういい。過ぎたことだ。それに部隊の責任は上に立つものが取るものだ。故に責任を取る必要がないように尽力をするし、それでも駄目だった場合は潔く責任を問われなければならない」


「そんな。だったら魔獣を倒し終わった時、あのミレンギとかいう逆賊だけでも襲って首を取ればよかったじゃないですか。勝手に俺たちに背を向けたんだ。場が混乱してたあの時なら間違いなく可能でした」


 そう言われ、アーセナは魔獣の討伐を終えて地に倒れていたミレンギ少年のことを思い出した。


 ありがとう、と笑う彼の笑顔。

 そこに一切の悪はなかった、とアーセナは思った。


「あの時、あの瞬間……私にあの少年は切れなかった」


 それがこの結果である。

 何の成果も得られずに王都へ戻り、上司にこの上なく責め立てられている。


 自業自得。

 誰を責めることもできない事実だった。


 部下たちの励ましも耳から通り抜けるように、アーセナの心には響かなかった。


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