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 魔獣使いアニュー 『乙女の秘密大作戦――②』

 シェスタたちは買い物をした大量の食材を運んで、アドミルが駐屯所として使っているシドルド中心部の官舎に戻った。


 大きな身体のグルウは中庭で待たせ、食材を裏口から厨房に運び込んだ。


「おかえりなさい」とラランが笑顔で待っていた。


「手伝わなくて大丈夫?」

「大丈夫よ」


 シェスタが手を洗って腕をまくる。

 そして買ってきた食材を厨房に並べた。


 てきぱきと野菜の皮をむいたり、切ったり、慣れた手つきで行っていく。


 そう、今日は一週間に一度の、シェスタが昼食を作る日なのだ。彼女が張り切っていた理由の半分はこれである。もう半分は――。


「あれ、そっか。今日はシェスタの日なんだ」


 ふと厨房に顔を覗かせたのはミレンギだった。

 小気味よく響いていたシェスタの包丁の音が止まる。


「な、なによ。悪い?」

「いや、別に。そっか、だからみんな稽古頑張ってたのか」

「何の話よ」


「シェスタの料理はいつも美味しいから、みんな楽しみにしてるってことだよ。ボクもいっつも楽しみなんだ」


 無垢な笑顔を向けたミレンギに、シェスタは気取られないよう、赤くなった顔を背けていた。


「あーあ。ミレンギのためにきのこ買ってくるの忘れてたわ」

「ええー。忘れたままでいいよ。ボク苦手だって知ってるでしょ」

「知らないわよ。あんたの好みなんか興味ないし」


「そんなー」

「もういいから。あっち行ってなさいよ、邪魔!」


 上擦った調子でシェスタはミレンギの頭を殴り、厨房の外に追い出した。


 仲がいいのか悪いのか。小さい頃から兄弟のように過ごしてきた二人なだけあって、おそらくこのアドミルの中でも一番近しい関係だろう。御旗として掲げる人間を殴るなど本来は不敬すぎるが。


 そんな夫婦漫才のような光景を横目に、アニューは黙々と、鍋や食器の準備を続けていた。


 と、ふと、厨房の裏口からいくつかの目が自分を見つめていることに気付く。先ほど、グルウを追って遊んでいた子供だ。


 どうやら包丁の音に誘われたらしい。

 僅かに開いた戸口の隙間から、興味深そうに中を見つめていた。


「……ん?」


 気になったアニューだが、構わずに作業を続ける。


 深い大きな鍋に水をいれ、火にかける。

 その隣で今度は油を引いた鉄鍋で干し肉を炒める。


 塩と胡椒などで簡単な味付けをし、焼き過ぎないように注意。鍋の水が沸騰した頃に、シェスタが切った野菜などを順番に煮込んでく。


「ありがと、アニュー。あとはもう私がやるわ」


 そう言ってくれたシェスタと代わり、アニューは厨房の隅っこでぼうっと眺めることにした。戸口で覗いている子供はまだいるようだ。


 シェスタが鍋に香辛料などを投入していくと、鼻腔をくすぐる美味しそうな香りが漂い始めた。それに釣られたのか、厨房を覗く子供の数も増えている。


 アニューが退屈に欠伸をするたびに、ふと戸口の方を向けば一人、また一人と子供たちが覗き込んできていた。


 やがてしばらくして、「できたわ!」とシェスタが声高々に言った。


「アニュー、ミレンギを呼んできて」

「ん」


 シェスタが昼飯を作った日は、最初にミレンギに『毒見』をさせるのが定番なのだ。主従関係としてはおかしい気もするが、ミレンギも納得しているので構わないのだろう。


 だったらさっきも追い返さなければいいのに、と思いながら、アニューは官舎内を駆け回った。


 そう遠くない場所でミレンギを見つけ、腕を引っ張って厨房につれてくる。戻った時には、シェスタの料理がお皿に用意されていた。


 シェスタが作ったのは、ファルドの伝統的な煮込み料理だった。

 根菜や肉を煮て、そこに調味料などで辛めに味付けをしたものだ。

 塩気が強く、簡単に作れるので、旅人や遊牧民にも人気の定番料理である。


 シェスタのそれは果実などを隠し味にいれ、辛味の中にも甘さやコクの深さなど、一手間加えた美味しさがある。


 ミレンギを椅子に座らせ、その対面にシェスタも腰掛ける。


「さあ、さっさと毒見をしなさい」

「うん、いただきます」


 具と汁をすくって口許に運ぶミレンギの様子を、シェスタは両肘をついて机に乗り出すように前のめりになっている。その表情は随分と機嫌がよさそうだ。


 アニューがグルウに餌付けしている時みたいだ、とアニューは思った。


「美味しい?」

「うん、すっごく美味しいよ」


 ミレンギが頬を持ち上げて明るく返す。

 その反応を噛み締めるように受け止めたシェスタは満面の笑みを浮かべていた。


「そう、ならよかったわ」と。


 前王の子と従者。本来ならば主従関係であるはずの二人だが、今この瞬間は、曲芸団時代に家族として育ちあったかつての二人を思い出す光景だった。


 ミレンギが一口頬張るたびに、シェスタの口許が緩んでいく。


 毒見役などという口実は、「ミレンギに食べてほしい」と素直になれない姉の照れ隠しなのだと、アニューは重々にわかっている。


 たった一人の少年のために朝早くから買い物につき合わされ、料理も手伝わされる。けれど美味しそうに食べるミレンギと、それを幸せそうに眺めるシェスタを見ると、まあいいかと思えてしまうのが不思議である。


 ――ぐるる。


 アニューのお腹が豪快に鳴った。


「ふふっ。それじゃあ他の兵隊さんたちの分も用意を始めましょうか」


 にこやかにラランが言う。

 やっと自分も食べれる、とアニューも両腕を上げて喜ぶ。


 ――ぐるるるる。


 また大きな虫の声。

 しかしアニューではない。


 ――ぐるる。ぐるる。ぐるるるる。


 また何度も音が鳴る。

 外で待っているグルウでもない。それに数が多すぎる。


 と、アニューは戸口から覗き込む子供たちに気づいた。

 いつの間にかそこには、隙間が埋まるほどにたくさんの顔が覗き込んでいた。


「あらあら。いい香りにつられて妖精さんたちが集まってきちゃったみたいね」


 ラランが困ったような、面白がっているような弾ませた声で言う。


「まだミレンギに作った分が残っているし、材料も少し余っているし――それじゃあみんなで食べましょうか」


 おいでおいで、とラランが子供たちに手招きすると、堰が決壊したように厨房になだれ込んできた。


「やったあああ!」

「おいしそー!」


 弾んだ声がたくさん上がる。

 五人、七人、いや十人はいるだろうか。


 それでもラランは優しい笑顔で迎え入れ、食器にそれぞれの煮込み料理を注いでいったのだった。


 彼らの人数分の食器の用意から、官舎にいるアドミルの人たちに配膳する分の用意まで、アニューは急に大忙しになった。


 厨房内を汗水流して走り回る。少女の小さな体ではちょこちょこ走るだけですぐ疲れてしまうが、それでもラランや子供たちのために頑張る。


 明らかに人手が足りていなかった。


 けれどずっとミレンギの様子を幸せそうに眺めているシェスタの邪魔をする気にもなれず、アニューは姉の分までせっせと働いたのだった。


 大仕事を終えてから食べた煮込み料理の味は、それはもう格別の美味しさだったという。


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