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 軍師アイネ  『神童の威厳』

※この幕間では、メインストーリーから少し外れ、キャラクターの日常的な部分などを描いていきます。基本的にキャラ掘り下げのための休憩回であり、読まなくても本編にはあまり支障がないようにする予定です。

「あら偉いわね、お勉強?」


 アドミルの光を束ねる軍師の少年――アイネが書庫で本を読んでいると、ふとラランに声をかけられた。


 思わず反射的に嫌な顔を浮かべてしまう。

 実のところアイネはラランのことが苦手だった。


 その理由は明白である。


「歴史書を読んでいるんです。こういった書物は軍略や思想において非常に参考になりますから」

「へえ、そうなの。アイネちゃん賢いのね」


 頭を撫でられる。

 そう、彼女はアイネのことをひどく子供扱いしてくるのだ。


 いや、歳も十三だし実際は子供なのだが、ミレンギたち目上の人間を除く他の兵たちは軍師として敬った態度を取ってくれる。それになにより、アイネは男である。身なりは少女然としているが、やはり男なのだ。


「あ、あの。そういうのやめてもらえませんか」


 抗議しようとラランに振り向く。

 しかし彼女の華奢な腕と豊満な胸に挟まれている本が目に入り、アイネは頬を赤らめて慌てて顔を逸らした。


 主に、押し潰された二つの大きな膨らみに目が奪われてしまいそうだった。


 こういうところはまだ歳相応である。


「――と、とにかく。僕は子供ではないので」

「うふふ。いいじゃない。あ、そうだ。この前市場でアイネちゃんに似合いそうだなって思って買ってきたものがあるの」


「似合う? 軍配かなにかですか」

「これよ」


 ラランが得意げに取り出したのはリボンであった。


 それを慣れた手つきでアイネの髪に結びつける。まるで女の子の髪遊びのように、気付けばアイネの少し伸びた短髪は頭の上で二つに結われてしまっていた。


 手鏡を出してそれを見せられる。


「まあ可愛い」と破顔するラランは心底嬉しそうだった。まるで妹ができたみたい、と物凄く喜んでいる。


「シェスタは顔は可愛いけれどちょっと男勝りなとこもあるし、アニューはこういうの大嫌いだから相手してくれないし。アイネちゃんがいてくれてよかったわ。うん、可愛い可愛い」


「可愛くないです」

「可愛いわよ?」


「そんなことないです」

「すっごく似合ってるのに」

「イヤなんですよ!」


 リボンを取り払おうとするが、それをラランがことごとく阻止する。ならば席を立って逃げようと思ったが、彼女に後ろから圧し掛かられ、立つに立てなかった。


 所詮は文官。しかも子供であるアイネに彼女を押し退ける力などない。


 首の後ろに柔らかい感触が当たっており、もしかしてこれは……と思うと、余計に押し退けることに気が引けてしまう。気恥ずかしさや色んなドキドキがない混じって顔はすっかり真っ赤である。


「アイネちゃんって肩幅小さいわね。私でも簡単に後ろから抱きしめられちゃう」

「や、やめてください! こんなの、他の人たちに示しがつきません。もしこんなところを誰かに見られたら――あ」


 そう言った凶運か、いつの間にか書庫の入り口からひょっこり顔を覗かせているアニューの姿があった。


「あ、アニューさん?! こ、これはですね、ラランさんが勝手に圧し掛かってきまして」

「……アイネ、甘えんぼ?」

「ち、違いますよー!」


 必至に否定するも、アニューはすぐに興味を失くしたのか、そのまま書庫から立ち去ってしまった。


 これはまずい、とアイネは悟る。

 もし彼女が官舎内に言いふらせば、アイネの威厳は地に落ちることだろう。


 物心ついた頃から必至に勉強を続け、最年少で官吏として働ける国家試験に合格したのだ。人はみな、アイネを秀才、天才だともてはやした。しかしその裏には、並大抵ではない努力があったからこそだ。


 立派な官吏になる。そして威厳のある立派な男として認められる。その岩より固い野望が、ラランという女性の柔らかな刺激によって粉砕されようとしていた。


「もういけません。これ以上誰かに知られては。早く止めないと」


 そうは言うが、ラランはまったく手放そうとしてくれない。ずっと、まるでアイネをお人形とでも言うように抱きついたり撫でたりしている。


 ラランはまた別の髪飾りを取り出し、アイネの髪を弄る。


 馬の尻尾のような髪型、片結び、お下げ、などなど。

 いろんな髪型にしては、可愛いわ、と楽しそうにしていた。


「なにやってんのよ」と声が聞こえ、アイネは恥ずかしさ半分に振り返った。


 シェスタだった。書庫に本を返しに来たらしい。

 彼女はじゃれつく二人の様子を見て訝しげな顔を浮かべていた。


 また他の人に見られてしまった。

 これ以上はさすがにまずい、とアイネは焦る。


「シェスタさん、助けてください!」

「うーん。シェスタお姉ちゃんって呼んでくれたら考えてあげる」

「なんでですか!」


 にまにまと笑いながら言うシェスタに、アイネは怒って返した。


 どうやらアイネがラランに遊ばれているということを理解しているらしい。

 気遣うどころか、面白そうに笑ってアイネたちを見ている。これは期待できそうもない。


「わかりました。それでは僕が、ミレンギ様への恋路のお助けをいたしましょう。それとなくミレンギ様にシェスタさんを推しますから」


 どうにかしてでも助けて欲しい。

 そんな苦し紛れでアイネが言うと、シェスタは途端に顔を真っ赤にさせた。


「な、なに言ってるんのよ! あたしはミレンギなんかに、こ、恋なんて、し、してるわけ、ないじゃない!」


 そう言って怒り気味に書庫を飛び出してしまった。


 いったい何がいけなかったのか。


「うふふ。若いっていいわね」と、いなくなったシェスタの方を見てラランが微笑む。


「ほんと。若いっていいわね」と、今度はアイネの頬をぷにぷにと突いてきた。白雪色の頬は瑞々しく弾力抜群である。


 何故か年齢は不詳であるが、ラランだってそれなりに若いはずだ。それなのにまるで赤子のようにあしらわれるのは何故か。


「すまん、司書はいるか」


 ふとまた声が聞こえる。

 顔を出したのはガーノルドだった。

 顔をこねくり回されているアイネと目が合い、彼の髭面が怪訝に変わる。


「……すまん。また時を改める」

「いやいや、ちょっと待ってくださいガーノルドさん!」


 止める言葉も届かず、ガーノルドはあっさりと行ってしまった。


 ああ最悪だ、とアイネは肩を落とす。

 そんな彼の前に、今度はハーネリウス候が顔を覗かせた。


「先ほどガーノルド殿が訪れなかったかな」

「は、ハーネリウス様……」

「アイネ……」


 今度こそ、と助けを求めて視線を飛ばす。

 しかしハーネリウスは何故か瞳に涙を浮かべた。


「父親の代わりにでもなれんかと、幼くして仕えにきたお前を心配していたが……よき母親の代わりを得たのだな。私は安心したぞ」


 そう言って満足そうに頷くと、そのまま帰っていってしまった。


「ど、どうして……僕の味方はいないのですか」

「お姉さんはアイネちゃんの味方よ?」


 そう言って撫でてくるラランにもはや突っ込む気力もない。


 もはやなるようになれ、と諦めた気分になってきた頃、また戸が開く。もう誰でもいいと投げやりに気分であったが、入ってきた人影を見てアイネは慌てて顔を引き締めた。


「み、ミレンギ様!」


 やって来たのは、自分が使えるべき主君その人だった。


 ハーネリウス候の推挙によって、今やアドミルの参謀として任を得たのだ。その主君であるミレンギに子供っぽさを見られては、発言力が欠片もなくなってしまいかねない。沽券に関わる危機的状況である。


 必至にラランから逃れようとするが、しかしやはり非力すぎるアイネには不可能であった。


 ――ああ、軍師生命終わった。


 そうアイネが思った時だった。


 ふと、ミレンギと目が合ってしまう。するとミレンギはにこりと笑み、


「あれ、アイネ。なんだか今日は髪形可愛いね。凄く似合ってると思うよ」

「……は、はあ」


 予想外の好評に、アイネはきょとんとした顔を浮かべて相槌を返すことしかできなかった。


 結局、ミレンギはそのまま書庫での用事だけを済ませて戻っていってしまった。


「あの、ラランさん」

「どうしたの?」

「……僕は、女の子になったほうがいいんでしょうか」

「私は大歓迎よ?」


 もはや頭も回らなくなった天才少年に、ラランは聖母のような微笑を投げかけていた。


 その後、官舎の屋上にて黄昏時の空を眺めながら、「……さようなら、僕の威厳」と呟いていた軍師の姿を、何人かの兵士が目撃したとかしなかったとか。


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