-14『静寂の森』
時間にして五十分ほどだろうか。
その永遠のようにすら思えた短くも長い泥沼の戦いは、群れの首が落ちたのを機にゆっくりと終わりを迎えようとしていた。
横たわる無数の獣の死体と、その上に膝をつく大勢の人間。
日が傾き始めた静寂の森に響いたのは、獣の慟哭ではなく、人間たちの勝鬨の声であった。
それは両軍ともの奇跡的な勝利だった。
全てを食らい尽くすといわれる魔獣たち。
しかし終わってみれば、両軍の奮闘により、魔獣との戦闘による死傷者はほとんどでていない結果となっていた。
爪傷を負った者、噛み付かれ腕を失くした者など。
被害は少なくはなかったものの、最小限に抑えられた事を、彼らは口々に奇跡という安易な言葉でしか言い表すことができなかった。
その信じがたい光景の始終を見守っていた長老ハイネスは、ただただ唖然とした顔で戦士たちを見つめていた。
アドミルの公約どおり、集落に戦火が延びることはなかった。
襲い掛かってきた魔獣全てを、森の境界線で引き止めたのだ。
その事実が余計に彼から現実味を失わせていた。
「信じられん」
再び森が静かになる。
ただただ、平穏な静寂が戻ってくる。
自体の終わりを悟った耳長族の女子供たちが隠れていた軒下から飛び出し、生き残った恋人や父親の元に駆けつけていく。長老の孫ヘイシャとその姉も、長老の元へと駆け寄っていった。
集落は無事だった。
傷一つつかなかった。
その事実に、事の終わった戦場を静かに見渡したアーセナは、疲れきってその場に倒れこんだミレンギの元を訪れた。
剣を収め、柄から手を離す。
もはや戦う気はないようだ。
それは先ほど見逃されたことへの借りを返しているのかもしれない。
彼女は依然として敵対的な厳しい顔つきをしていたが、その青い瞳にはどこか優しさが宿っているようにミレンギは思った。
「アーセナさん、ありがとう」
「私たちはただ自国民を災厄から守っただけ。次に会うときは必ず貴方たちを討ちます」
「じゃあ、もう出会わないことを祈るよ」
苦笑をして返したミレンギに、アーセナは何もいわずに踵を返す。そして、横たわるアドミル兵たちには一歳目もくれず、黙々と兵を引き上げさせていった。
結局、静寂の森による反乱軍『アドミルの光』と王属騎士団による戦いは、両者痛みわけという形で決着を迎えた。
「いいですか、ミレンギ様。貴方は僕たちアドミルの光にとっての大事な御方なのです。本来であるならば御身を大事にしてもらうことこそが貴方の最大の役目。
どうしてもとおっしゃるから仕方なく前線に赴いて兵たちを鼓舞していただいていますが、本当ならばシドルドの貴方の部屋の椅子に縄をつけてでも監禁しておきたいくらいなのですよ」
ミレンギは、長い戦いが終わった後、アイネによる長い説教を食らわされた。
実際、彼の言うことは最もだ。
だが一緒に歩ませて欲しいと言ったミレンギは、ただ後ろに下がって人形になるつもりはなかった。それが無茶だというのならば、その無茶を通すつもりだ。
結果で見れば騎士団と引き分け。騎士団は王都へ引き返し、アドミルも疲弊を癒すためにシドルドへ戻ることとなった。
何も成果を得られなかったというのに、しかしミレンギの表情は晴れやかだった。涙を浮かべてハイネスに抱きつく彼の孫たちを見て、ひたすらにそれが嬉しかった。
途方もない幾重もの魔獣との激闘を繰り広げ、アドミルの兵たちは疲労半分、興奮半分に互いの健闘を称えあっている。その周りには、彼らが守った耳長族たちの笑顔が花開いていた。
おそらくファルド史にはあまり大きくは残らない、けれどもアドミルにとって大きな一つの戦が終わった。
空が赤みがかっている。
西の空には、ミレンギたちを見守るように一番星が輝いていた。
内乱編第二章も完結です!
想像以上の評価やブックマークをいただき嬉しい限りです。それと誤字報告も。すみません。
本当に感謝しています。どうかこれからもお付き合いくださいませ。




