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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 2章 『静寂の森』
21/153

 -11『森の攻防 ――②』

 拮抗する両軍。

 しかし知略にはアイネに分があるようだった。


 混乱の戦場の中、アイネの細やかな指示がたくみに包囲を維持させる。劣勢優勢はつかずとも、強固に守って連携を計ろうとする騎士団兵に、着実に綻びが見えはじめていた。


 その中でも、騎士団長補佐アーセナは奮迅する。

 彼女一人で二十人分は働いているのではないかと思うほど。


 並みの兵では受けられないグルウの強靭な一撃を受け流し、攻めあぐねさせるほどに相対する。


「おばさん、邪魔!」

「こんな幼女まで戦場に駆り出すとは。外道どもめ」

「外道、違う。みんな、優しい」


「その魔獣に囚われた心、私が解放してみせます」

「違う。グルウ、家族。大切!」


 巨大な魔獣を相手にしても引けを取らないアーセナ。力強い一撃を確実にかわし、懐に詰めて切り込む。


 グルウも俊敏に身を動かすが、一度間合いを詰められれば、腕を振るう余裕もなく距離をとることしかできていなかった。動きが完全に封殺されている。


「はあっ!」と気の入った兜割りがグルウを襲う。


 寸でのところでかわしたが、すかさず横蹴りを入れられ、重いはずのグルウの巨体は上に乗ったアニューごと大きく吹き飛ばされた。


 アドミル兵にどよめきが走る。

 鬼神のごとし気配を見に纏い、団長補佐は次の標的を定めた。


 単機による突出。

 赤い髪が戦場を駆ける。

 アーセナの鋭い瞳は後方に位置していたミレンギへと一途に向けられていた。


「厳重な防御陣。貴方がこの一団の頭領ですか」


 道中の兵を一瞬にして薙ぎ飛ばしたアーセナは、瞬く間にミレンギの前へとたどり着いていた。


 アーセナとミレンギの目が合う。

 途端、彼女は驚いた風に足を止めた。


「貴方……なるほど。あの夜、私は大きな失態を侵していたようだ」

「……あの時の」

「覚えています、貴方のこと。そういうわけですか。貴方が前王の子を騙る少年、逆賊ミレンギというわけですね」


 蛇のような尖ったアーセナの眼光には、身震いしそうなほどの殺意が込められていた。


「貴方のような乱世を更に乱すものがいるから、この国は良くならないのです」

「違う。そもそもこの国が疲弊してるのは、この国が二つに分かれてしまったのは、クレスト王が前王を謀ったからだ。この国はすでにおかしくなってる。それを正すためにボクはいる」


「クレスト王が? そんなくだらぬ戯言を。貴様のような甘言がこの国を落ちぶらせるんだ!」


 アーセナが剣の切っ先を向ける。

 構えただけなのに、ミレンギはもうその身を貫かれたかのような威圧を感じた。


 と、ミレンギを庇うように人影が立ちはだかる。

 セリィだ。大きく手を広げ、ミレンギの姿を隠そうとする。


「逆賊となれば女子供とて容赦はしない」


 そのままアーセナが斬りかかろうと刃を振り下ろしたとき、しかしそれを、咄嗟に割って入ったガーノルドが受け止めた。


 二人の切っ先が交錯し、火花を散らす。

 ガーノルドの余裕を持った不敵な笑みと、それとは対照的なアーセナの感情的に苛ついた顔が互いを睨む。鍔迫り合う二人の剣戟は拮抗していた。


「元騎士団長ガーノルド。忠に厚いと言われる貴公がよもやこんな賊に成り下がるとは」

「言っておけ。盲目に跪きすぎて頭も上げられず、仕うべき主君の顔すらわからなくなった騎士風情が」


「クレスト王は前王に遺志を託された御方。彼を御旗に、またこのファルドに栄華を取り戻すのです」

「傀儡もここまでくれば滑稽よ」


 ふんっ、とガーノルドは息張り、身の丈ほどはある大剣を薙ぐ。


 まるで細い木の枝を振るような速さで、しかし巨塊どおりの重々しい一撃を、少女の鎧目掛けて振りぬく。


 彼女の細身の剣では受け止めるなど不可能。瞬時にそれを判断し、アーセナは身をひらりとかわした。


 まるで永遠と思えるような、しかし一瞬の駆け引き。

 一歩踏み込んでは一撃を見舞い、一歩退いては受け止める。


 ガーノルドの実力が老いで衰えているせいもあるが、それでも、元騎士団長と互角に渡り合うアーセナの武術は見事なものだ。


「貴方たちはどうしてそうも世を乱そうとするのですか」

「世を乱した元凶を討ち取るためだ」

「そのような絵空事、誰が信じるというのです」


「お前がクレストを信じているように、俺もジェクニス様を信じている。何を信じるかはそいつ次第さ。あの逆賊クレストを王に掲げている限り、この国の先もしれているぞ。ただいたずらに国は疲弊し、滅ぶだけだ」


「貴方たちの反乱が、それを招いているのだとわからないのですか。王に不満があるのならば進言すればいい」


「無駄さ。奴は地位にこだわる亡者だ。忠誠を誓ったはずの王すら殺められるほどに気の狂った、な。そんな危険な人間をみすみすこの国の頂点に立たせてはおけん。なにより――」


 打ち込んできたアーセナの剣を受け止め、ガーノルドはそれを大きく振り払う。


「亡きジェクニス王の仇を取らねばならんのだ!」


 大きく振りかぶったガーノルドの豪快な剣戟がついにアーセナを吹き飛ばした。


 それは一瞬の決着だった。


 少女がついに膝を地に着け、ようやっと勢いを削いだ。


 剣を杖代わりにどうにか倒れるのは免れたが、さすがのアーセナも肩で息をして激しい疲労の色を見せていた。


「……これが元騎士団長ガーノルドの力」

「まだ若造一人相手に後れを取るほどではないぞ。俺はジェクニス様の矛であり盾である。ジェクニス様の遺志が成し遂げられるまで、俺は死ねんのだ」


「まるで力任せの武。そうやってこの国も塗り替えるつもりですか」

「塗り替えるのではない。元に戻すのだ。あるべきの姿に」


 地に突き刺して支えにしていたアーセナの剣をガーノルドは薙ぎ払って遠くへやる。


 ガーノルドとの打ち合いで消耗しきってしまったアーセナは、もはや逃げる余裕も持ち合わせていなかった。ただ、息を乱しながら、静かに自分の敗北を悟った。


 アーセナの突撃は決して無謀ではなかった。包囲され、陣形を崩されていく防戦一方の中、敵の首を取り勝機をもたらす大きな一手になり得ていた。ただ、誤算だったのはガーノルドの存在。その強さであった。


「功を急いたな、娘。若さか」

「これも竜神様の御意志か……」


 彼女は鎧の懐に刻まれた竜の紋章を撫で、乾いた笑みをこぼした。


 少女はこれまでずっと、国のため、献身的に身を捧げ続けてきた。

 貧民の家族を養うため。そして自分と似た境遇の人たちを救うため。

 血が滲むほどの努力をして、やがて騎士団長補佐という立場まで登り詰めた。


 この国を救える、守れる立場になったのだ。

 それが気付けば王の護衛ばかりで王都から動けず、珍しく征伐の任を与えられたかと思えば、結局惨めに膝を折ってしまっている。


 そんな自身のやるせなさで、アーセナは悔やむ思いに胸を打ちひしがれた。


 所詮子供一人。アーセナがどうあがいたところで世界はきっと変わらない。世を動かす大きな渦の流れには逆らえない。


 ああ、こんなものが自分の人生だったのかと、その不甲斐なさに涙を流したくなった。


「……私は、この国に必要ではなかったのだろうか」

「お前の忠義は立派だった。ただ、主君を間違えたことを恨むのだな」


 ガーノルドは冷徹に彼女を見下し、剣を構える。

 未だ続く混濁入り乱れた戦場に、ひとつの幕切りが訪れようとした。


 鈍色の切っ先が慈悲もなく振り下ろされる――その瞬間だった。


 ほとんど崩壊した騎士団の円陣の中央から、そこを中心に、波紋のように広がる魔法陣が描かれる。そこには、杖を掲げた魔法部隊の一人が立っていた。その術者が不敵に笑む。


「やめろぉ!」


 目を剥いた振り返ったアーセナの叫ぶ声も届かず、その魔法陣は眩い光を輝かせた。


 途端、快晴の空に渦巻く雲が現れる。煙のようなどす黒さを孕んだそれが渦を描きながら地表に降りてきたかと思うと、瞬間、その地点を中心に激しい爆発が巻き起こった。


 まるで雷が地を貫いたかのような轟音だった。

 半円状の豪炎が地面を多い、術者と、その近辺にいた騎士団とアドミルの兵をまとめて跡形もなく吹き飛ばしたのだ。


 魔法部隊の最上級の獏炎魔法であった。


 それは死に瀕した自身の悪あがきか。

 それともアーセナの窮地を悟ってのかく乱か。


 どうにせよ、そこにいる誰もが、戦いを中断してその爆炎に目を奪われていた。


 一瞬の静寂。

 それから、冷や汗を流したアイネが呟いた。


「……まずい」と。


 その直後。


 ――グオォォォォォォォォ!


 先ほどの爆発魔法よりも更に大きな咆哮が森の奥から届いてきた。

 幾重にも重なるような激しさに、森の木々たちが身震いするように梢を揺らす。


 静寂を破る者を蹂躙する、魔獣たちの目覚めを知らせる音だった。


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