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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 2章 『静寂の森』
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 -10『森の攻防 ――①』

 アドミル兵たちは集落についてから、寝る間も惜しんで迎撃の仕掛け作りをしていた。


 街道は森の木々の間を縫うように入り組んでいる。その複雑さと丘陵などの高低差を利用し、茂みからの弩弓や進路を狭める竹柵などを用意した。


 相手がいくら大勢の精鋭といえど、地の利に勝ればアドミルにも勝機はある。


 幸い、弓などの武器を現地で買い取ることで、シドルドからの移動における負担を減らせたのは大きかった。


 ――翌朝。


 斥候の報告によりアーセナたちが森に入ったと知らされ、まだ完全ではないものの、ミレンギたちは備えを終えて森の中に潜んだ。


 これより数刻もしないうちに、二つの軍勢がぶつかることとなる。


 ミレンギたちにとってはシドルドの警備を除くおおよそ全ての戦力を注ぎ込んでいる。おそらくこの反乱の成否はこの一戦にかかっていると言っても過言ではないかもしれない。


 その思いを誰もが噛み締め、息を呑む思いでその時を待った。


 戦場として選んだのは集落から少し離れた盆地となっている場所だった。ミレンギたちが構えている場所はやや高台となっており、その盆地の中央に伸びる街道を見下ろす形である。


 ミレンギたちの元へたどり着くにはその街道を一度通り過ぎ、迂回して坂を上らなければならない。天然の要塞のようだった。


 機を潜める、ミレンギを含む六百の兵。


 やがて遠方に土煙が見えてきた。

 白銀の鎧を身に纏った、アーセナ率いる王属騎士団兵である。


 数はおおよそ千ほどだろうか。土煙が激しく正確にはわからない。


 迎え撃つ弩弓舞台が弓を構える。しかし、アーセナたちは予想よりも遥かに速く、瞬く間にミレンギたちの足元へとたどり着こうとしていた。


「早駆けだ!」


  気付いたガーノルドがそう叫び、急ぎ斉射の合図を下した。


 放射を描き、雨のように無数の矢が崖下に降り注ぐ。


 だが全力で地を駆けるアーセナたちは、そのことごとくを遥か後ろに置き去りにし、颯爽と盆地の隅まで走り抜けてしまった。


「読まれていましたか。しかし随分と肝が据わってますね」


 アイネが歳相応に悔しそうな表情で唇を噛む。


 やはり彼らは王属騎士団。

 容易くまんまと策に絡めとられるほどの間抜けではない。


「どうしよう、アイネ」

「落ち着いてくださいミレンギ様。策というものは二重三重に張るものです」


 冷静にアイネは言うと、後ろに控えていたシェスタに指示を出す。

 彼女は「了解!」と歯切れよく頷くと、幾人かを従えて森の中へ消えていった。


 その間にも、アーセナ率いる敵の騎馬隊は崖の脇に到達し、上に陣取るミレンギたちへ向けて一目散に坂を駆け上がっていた。


 一気に地の利をなくし、数と精度で勝る騎士団兵を正面からぶつけさせる魂胆であろう。


「どうやら魔法部隊は後方に位置しているようです。全部隊、ひとまず街道から森へ入ります。木々の生い茂った森への騎馬での突入は自殺行為。足を殺され弓兵の的となるは必至。追撃はそうそうとれないでしょう」


 アイネの指示によって、アドミル兵たちは拓かれた街道沿いから森へと入る。


 勢いよく街道の坂を駆け上がるアーセナたち。前方のミレンギたちの姿が雑木林の奥へ消えても、その足はまったく緩む気配がなかった。


 いや、むしろ加速した。

 これを機とばかりに全力で馬を走らせた。


 その怒涛の行軍。

 ミレンギたちが森に隠れたその隙を狙い、彼らはそのまま真横を通り過ぎてしまった。まるで最初からミレンギたちを無視しているかのようだった。


「ボクたちを気にも留めない?!」

「おおかたこの森を一気に突破するつもりでしょう。ここでは自慢の魔法部隊も全力を出せない。そしてあわよくば、僕たちが不在のシドルドを急襲するつもりといったところでしょうか」


「そんな。それは不味いよ、アイネ」

「ですから言っているでしょうミレンギ様。落ち着いてくださいと」


 アイネの表情にはまだ余裕があった。


 彼が「今です!」と声高く張る。

 次の瞬間、街道を通り抜けようとしたアーセナの騎馬隊が途端に足を止めた。


 小さく馬が嘶き、足を持ち上げる。

 彼女たちの前に立ちはだかったのは、幾重にも連なった簡易の馬防柵だった。地面に埋めて仕掛けられていたそれを、彼女たちの行く手を阻むように持ち上げたのだった。


 進路を失くし、森にも入れず、アーセナたち騎士団の足が完全に止まる。


 これも突破を図ると予想していたアイネの策の一つであった。


 彼女たちがもし通り抜けてしまっていれば、アドミル全てが崩壊しかねない状況であった。首の皮を繋ぎとめた馬防である。


「えりゃああああああ!」


 まさに転機。


 柵の脇に控えていたシェスタたち急襲部隊が飛び出し、馬軍の後方に位置していた外套を纏った赤い鎧の魔法部隊に襲い掛かる。


 自慢の拳で鞍上の兵を馬ごと吹き飛ばす。

 続いた急襲部隊も長槍を構えて突撃した。


「動じるな。陣形を作れ」


 アーセナが冷静に号令を飛ばし、騎士団兵たちが魔法部隊を庇うように広がる。


 勢いづいた急襲部隊の突撃も、屈強な鎧と冷静な応対に弾かれてしまった。被害は魔法兵が数名倒れた程度。動揺は欠片も広がらない。


 しかし騎兵の足は確実に止まった。

 森の中では魔法兵も本領を見せれない。


 馬防柵を中心に、街道にいる騎士団兵たちを四方から囲む。数は劣るが地の利は完全に勝っている。


 優勢ではない。

 これでやっと五分。

 これだけやってやっと五分である。


 この好機を崩させないためにも、アドミルは全ての兵を用いて一気に畳み掛けに出た。


 対する騎士団側は魔法兵を円の中心に、円陣防御の構えを見せる。


 整った隊列が綺麗な円を描き、盾によって隙間なく埋め尽くされている。


 四方から飛び出してきた無数の兵を、しかし鉄壁の守りと下級魔法の火球による反撃で押し退ける。魔法兵の攻撃は効果的で、彼らの打ち出した炎の球は、アドミル兵の皮の鎧をそれごと溶かして貫いていった。


「怯むな、突き破れぇ!」


 衰えそうになったアドミル兵の勢いを、ガーノルドが一喝入れて背中を押す。


 堅固な守りへの突破口とばかりに、茂みからグルウが飛び出した。上にはアニューが跨っている。


 さすがの騎士団の精鋭たちも、魔獣には驚いたのか、かすかに陣形に亀裂が走る。


「グルウ、そこ!」


 アニューはその隙を見逃さず、強靭なグルウの豪腕によって力づくに盾を吹き飛ばした。


 決壊したところにアドミルの兵が集中してなだれ込もうとする。

 しかしそれをたった一振りの剣で阻止したのはアーセナだった。


 彼女の力強い一太刀が、まるで風を纏ったかのように、勢いづいたアドミル兵たちを押し返した。


「所詮は雑兵の集まり。落ち着いて対処をすればいい」


 アーセナの指示が騎士団兵たちの動揺を抑える。


 突撃してくる相手の攻撃を盾で防ぎ、返しの刃で迎え撃つ。


 牙城を崩されなければ背後の魔法部隊が相手を屠ってくれるので、彼らに焦る必要はない。魔法部隊のないアドミルにとってそれは効果的すぎる戦術だった。


 しかしそれに手をこまねいているアイネではない。


 全方位からの攻撃を加えつつ、特定の一点に主力を集中させる。


 そこが駄目ならまた別の一点に。

 軽快に部隊を動かして陣形を崩そうとする。


 その部隊をまとめるのはシェスタだ。

 篭手をまとった強力な打撃は騎士団の分厚い盾といえど、衝撃の吸収はできない。拳を打ち込まれた騎士団兵はたまらず倒れこみ、その穴をすかさず他の兵が庇った。


 彼女の戦場を縫うように駆け巡る軽い足取りが少しずつ騎士団の陣形を崩していく。魔法部隊の火球がシェスタを狙うが、しかし機敏な少女は天性の感覚でよけていった。


 繰り返す攻撃のうち、やがて円陣の一箇所が大きく崩れた。騎士団兵たちが咄嗟に穴を埋めようとするが追いつかず、今度こそアドミル兵が流れ込む。


 陣形の崩れた戦場は、両軍が入り乱れあい、もはや作戦もない泥沼の様相を呈し始めていた。


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