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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 1章 『少年の一番長い夜』
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 -2 『終わりを告げる襲撃 ――①』

「警ら隊だ。ここに向かってる。かなり多い」

「嗅ぎ付けられたか。このタイミングで……!」


 ざわめきが走る。

 誰かが椅子を持ち上げて構えようとしたが、ガーノルドが制止した。


「落ち着け、みんな。平静でいろ。ただの飲み屋の客としてふるまうんだ。ラランは裏に行って、店主の女将さんに逃げるよう言伝を」


「わかったわ」

「アニューも連れて行ってくれ。この子はまだ子どもだ。きっとここを嗅ぎつけた以上、裏口も包囲されていることだろう。だが女子供なら抜けれるかもしれん」


「いや。アニュー、いかない。パパ、てつだう」

「我侭を言っては駄目よ。来なさい」

「ううー」


 ラランに引っ張られ、アニューが店の奥に姿を消す。見送った他の連中の間には、いきり立つような緊張が流れていた。


「私はどうすればいい」

「シェスタ。お前は何があってもミレンギ様を守れ。その身を挺してでもだ。この店には地下に繋がる隠し扉がある。ミレンギ様を連れてそこから逃げろ」

「わかった」


「ちょっと待ってよ。それじゃあラランたちはなんで裏口に」とミレンギは思わず言うが、頭では理解してしまっていた。


 彼女たちは囮である。

 この店を囲おうとしている警ら隊の目を誤魔化すため、気を逸らすためのものなのだ。それもすべて、ミレンギという存在を守るため。


 心苦しさに、しかしその気持ちを吐き出す時間も許してはくれなかった。


「きたぞ」と誰かが言ったのとほぼ同時に、酒場の扉が強く蹴破られる。

 そして入り口は瞬く間に軽装な鎧をまとった兵士たちで埋め尽くされた。


 統一された白の鎧に、手には同じく白色の両刃剣が掲げられている。

 統率のとれた動きで一列に並んだ彼らは、えも言わせぬ重圧をはなっていた。


「これはこれは警ら隊の皆様。一仕事終えた後の宴の最中に土足で踏み入るとは無粋ではないですかな」


 平静を装いつつガーノルドが受け答える。

 しかし警ら隊の連中は毅然と整列したままで腕一つ動かさなかった。


「へはぁ。そいつは悪いことをしましたねぇ」


 代わりに、間延びしたような独特な物言いの声が返ってくる。

 その主は、並んだ兵士の間を掻き分けるように酒場の中へとやってきた。


 細身で縦長の顔をした薄目の男。他の連中と違って鎧などつけず、まるで風来坊といった出で立ちだ。軽い痩せ男のように見えるが、その男が常に浮かべている微笑は、余裕と威迫の入り混じった不気味なものだった。


「警ら隊長のモリッツだ」


 一団の誰かがぼそりと呟く。

 そのモリッツと呼ばれた男が、余裕綽々な笑みを浮かべながら言う。


「害虫が掃き溜めに集まってるっていうから来てみればねぇ」


 くくく、と気味の悪い笑い。

 ミレンギも思わず寒気を覚えた。


「いやはや。まさか身分を騙って旅の芸人として国中を転々としていたとは。どうりで路地裏のごみ箱の蓋を開けまわってみても見つからないものですよねぇ」


 ガーノルドの唾を飲む音が聞こえた。


「ガーノルド元騎士団長殿。貴方には前王暗殺の容疑がかけられておりますんでぇ。どうか大人しく連行されてくれませんかねぇ」

「……あん、さつ? どういうこと?」


 ミレンギが驚愕のあまり声を漏らした。


 ガーノルドの表情がいつになくより険しくなっている。


 確信。

 もはや嘘をつける許容を超えていると誰もが気付く。


 それでもガーノルドは事を荒立てないように平静を保とうとする。だがしかし、その緊迫さを堪えられない者がいた。


「おいやめろ」とガーノルドが制止するのも間に合わず、一団の一人が椅子を抱え上げてモリッツに殴りかかったのだ。


 しかし大きく振りかぶったそれは空しくも宙を薙いだ。

 モリッツは屈みこんでかわし、空振りした彼の足を蹴って払う。尻餅をつけて倒れこんだ彼に、背に提げていた剣を抜き、躊躇う暇なく突き刺したのだった。


 一瞬の蛮行。


 さすがに今まで沈黙も守ってきた警ら隊の者たちにも、眼前に湧き出た血の飛沫と苦痛のうめきを上げる男に動揺の声が上がる。


「モリッツ様。よろしいのですか。まだ全員が関係者とは確定が」

「公務を邪魔する市民など、犬ほどの役にも立たないがらくただ。切り捨てておけばいい」


 そう言うモリッツの声は、間延びした軽いものではなく、どす黒さを孕んだとても低調ものだった。


 そして、


「全員黒だ。確保しろ。殺しても構わん」


 獣が唸るような冷淡な声でモリッツは言い放った。


 直後、警らの兵が一斉に刃を突き立てて酒場の奥へと押し入った。


 あまりに急すぎて一団の仲間はされるがままに押し倒されたり、咄嗟に抵抗するも斬りかかられたりと、そこは瞬く間に地獄の様相へと変わっていた。悲鳴と、何かが砕け壊れる乱雑な音が場内を占めた。


「お前たち、逃げるんだ」


 ガーノルドがミレンギたちに言う。

 しかしミレンギは腰が引けて足が動かなかった。


 洗濯物を干すのをよく手伝ってくれた長身のアギータ。芋料理が得意で彼の料理番の日が楽しみだったクレイト。寡黙だが荷物運びを手伝ってくれる力持ちのダックセン。ずっと家族として過ごしてきた人たちが、一人、また一人と斬りつけられていく。


 そんな非現実的な光景がミレンギの心を殺いだ。椅子や酒瓶を手に抵抗しようとする者もいるが、鎧を砕くことはできず、その悉くを制圧されていく。


「こっちに」


 シェスタに強引に引っ張られ、ミレンギはようやく裏から酒場を出た。


 裏口のある手前に真下へ繋がる扉があり、そこに押し込まれるように入れられる。中は真っ暗で、続けて入ってきたシェスタがランタンの火を点してやっと、そこが酒などの地下貯蔵庫なのだとわかった。


「反対側に、直接外へ繋がる出口があります。こちらへ」


 シェスタに引っ張られながら薄闇の中を進む。

 だがミレンギには赤く染まった家族の姿が未だ瞳に焼き付いて離れないでいた。


「シェスタ……なに、これ……夢だよね。これ、何かの間違いなんだよね」

「お気を確かに。今はここから逃れることだけをお考えください」

「どうして。キミはそんな子じゃないだろう」


「私はずっと昔から私です。貴方の守るものとして、なにより身近で御守りできるように仕えていました」

「そんな。じゃあ、ボクたち、血は繋がってないけど兄弟じゃなかったの?」

「貴方様は前王の唯一の忘れ形見。ご兄弟などおられません」


「そういう意味じゃないよ。わかってるんだろう!」


 つい激昂して返してしまうミレンギに、シェスタは苦い顔を浮かべていた。しかし彼女はそれ以上なにも言えず、もう一つの出入り口にたどり着いては、冷静に外の様子を窺った。


「大丈夫。誰もいません」


 シェスタが外に飛び出し安全を確認する。ミレンギも続く。

 頭上に星空を仰いだそこは、酒場からほんの少しだけ離れた路地裏だった。


 この程度離れただけならばすぐに追っ手が来るだろう。シェスタは休む暇なく、ミレンギの手を取って走り始めた。


 しかし、


「いたぞ」


 すでに警らの手は回り始めていた。二人の兵に見つかってしまった。


「こちらへ」とシェスタの誘導でミレンギは路地の奥へと逃げ進んだ。


 後ろから、鎧の金属がぶつかり合う音が近づいてくるのがわかる。それでも今は、ただ足を動かすことだけを考えた。


「しまった。前からっ!」


 後ろばかりに機を撮られていた二人の前方を増兵が塞ぐ。勢いを殺せず、シェスタは開き直って前方の敵兵の懐に飛び込んだ。


「へあぁ!」


 すかさず掌底。

 鋭い一撃が鎧の薄い横腹を打ち抜く。


 決まった、とシェスタの顔もつい緩んだ。だが鎧兵が崩れおちることはなかった。


 頑なに立ち尽くしたまま、腹を抉るシェスタの腕を捕らえる。


「素人とは思えぬ凄まじい徒手空拳。普通の人間が受けていたら臓物ごと潰されていたことだろう」


 まるで何事もなかったかのように鎧兵が言う。その屈強さもさることながら、最も驚くべきは、その声が女性のものだったということだ。


 鎧兵が兜を外す。

 その下から出てきたのは、凛とした顔立ちの若い女だった。


 長身で大きな体格をしているが、月光を反射させる赤みがかった艶やかな長髪やみずみずしい唇が女性らしさを存分に醸し出している。その鎧とあまりに不似合いな美しさに、ミレンギもつい見惚れてしまいそうなほどだった。


「謀反の疑いとあれば女子供といえども厳罰の対象だ。大人しくしたまえ。手荒にはしない」

「嘘をつけ。私たちも簡単に殺すつもりでしょう。アギータさんたちみたいに!」

「いったいなんのことだ」


 首をかしげるその女性兵士の元に、後方の兵二人が追いつく。逃げ場もなく、ミレンギもあっさりと捕まってしまった。


「助かりましたよ、アンクリーネ殿。あとは我々が」

「ああ、頼む」


 アンクリーネと呼ばれたその女性兵士は、拘束したシェスタを兵士に引渡して背を向けた。振り向きざまに、ミレンギたちの顔を一瞥する。


「反乱者どもめ。こんな子供まで動員させるとは」


 苛立った調子を隠そうともせずそう吐き捨てると、彼女はそのまま立ち去っていってしまった。


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