-7 『作戦会議』
反乱軍『アドミルの光』による攻勢はとどまるところを知らなかった。
シドルドを起点に周囲の村々を掌握。
駐屯していた王属兵たちを蹴散らし、ほぼ無傷のまま勢力を拡大していく。
「ここまで急ぐ必要なんてあるのかよ」と前線の兵がやや疲労混じりに悪態をつくほどだったが、むしろ軍師アイネにとっては未だ遅れすら感じさせるほどに事を急いていた。それも全て、シドルドから王都ハンセルクへ向けて南下したとある地点に前線をたどり着かせるためであった。
『静寂の森』
そう呼ばれる、王都への街道を塞ぐように広がる深い森林地帯である。
都へ向かうには必ずそこを通らねばならず、避けて回り込むには数日は無駄にするほどに広大である。
一見すると緑が鬱蒼と生い茂っただけのその森が何故そう呼ばれているのかというと、そこに生息する魔獣の群れのせいであった。
あまりに深すぎるその森は、まるで人の侵入を拒むかのように複雑に木々が交錯して生い茂っている。そのため人間によって拓かれていない部分も多いのだ。そんな未踏の地には、無数の群れを作って生息する狼のような魔獣がいた。
彼らは普段森の奥で暮らしているのだが、もしその森で大きな音を立てれば、縄張りを荒らしに来た侵入者だとして人間の領域にまで飛び出してくるのだ。
それはまるで獣たちが避けられない津波となって押し寄せてくると評されるほどである。故にこの森で騒がしい音を鳴らすことは禁忌とされてきた。
数十年前に宴の酒に酔ってそれを破った行商人は、彼らが一泊した近くの集落をも巻き込んで一夜にして壊滅したという。魔獣たちが通り抜けたところには、布切れ一つ残らなかったと伝えられている。
それほどの脅威が潜む森にアイネが執着したのは、絶対的な実力を持つアーセナ率いる彼女の精強な軍勢に対抗できるようにするためだった。
「僕たちアドミルの兵は数こそ増えましたが、そのほとんどが僻地の村々で留守を守っていただけの雑兵です。彼らの屈強なる騎士団兵とは比べ物になりません。なにより、アーセナの率いる攻撃の要、魔法部隊『赤色魔道騎士隊』の存在が厄介なのです」
アイネの言う魔法部隊――赤色魔道騎士隊とは、その名の通り赤い旗を掲げる、騎士団の中でも上位に位置する特殊部隊である。
主に魔法に長けた熟練者ばかりで構成されており、彼らの扱う攻撃魔法は、並みの部隊を一瞬で鎮圧させる破壊力を持つと言われている。まさに国の選りすぐりを集めた精鋭部隊だった。それを指揮するのが騎士団長補佐、アーセナである。
「彼らの魔法は落雷ほどの威力をもっています。ほとんどが爆発魔法ですが、それを十人以上の術者たちによって同時に放ち面制圧するのです。そのような攻撃、我々がまともに受ければひとたまりもありません」
そもそも魔法を使える人物は希少である。
マナを操作できる生まれ持った才能と、それを高める努力を行った者でなければそれほどの魔法は扱えない。凡人ならばせいぜい指先に火を点す程度だろう。そんな人物が複数人いるというだけで、彼らの強大さが容易に窺える。
その戦力差を打開するための策が、静寂の森なのである。
「斥候の報告によるとアーセナは討伐の任を受け、すでに王都で部隊の編成を終えているとのこと。彼女たちが北上しきるより先に、この森にて迎え撃ちます。ここならば彼らといえど迂闊に大規模な魔法は使えないことでしょう。そうなれば数で勝る我々にも分があります」
「そんなところで戦闘を行っても大丈夫なのか」
ガーノルドの指摘は誰もが思う当然のものだった。
しかしアイネは平然と首を振った。
「魔獣たちが反応するのはよほどの音を響かせた時のみです。実際に、二十年前に編纂されたファルド史記のとある項では、王都から逃げ出した大規模な盗賊団が政府軍と静寂の森にて衝突。その際に大きな戦闘となりましたが、魔獣たちの動きは確認できていません」
「なるほど。しかし逆を言えば、轟音さえ響かせなければ奴らも魔法を使用しうるということだな」
「ええ。おそらく下級の魔法程度ならば使ってくるでしょう」
セリィの氷柱を生み出す魔法と同レベルくらいだろうか。それだけでも生身の兵には脅威である。やっとこさ舞台を整えても、彼女たちがわずかに優勢ということは覆らない事実だった。
それほどに手ごわい相手。
「頑張るしかない」
そう覚悟したミレンギに、ガーノルドたちは揃って頷いた。




