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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第1部 -ファルド内乱編- 2章 『静寂の森』
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 -6 『これからの目標』

 シドルドの町の中央には大きな時計塔がある。壁の外の異変を見張る物見台の役割も果たしているそれは、何十年も前からこの町を見守ってきた、民衆に愛される象徴のようなものだった。


 その足元に佇む石造りの建物が、以前は警ら隊の支部として使われていた官舎である。彼らが不在になってからは、代わってやってきたアドミルの駐屯所として使用されている。


 時計塔の次に大きい建物は多くの兵を収納でき、訓練場なども完備されていた。来訪翌日から、ガーノルドがシェスタや他の兵たちに稽古する光景をミレンギはよく見かけている。


 シェスタは幼い頃から、ミレンギを守れるように彼に稽古をつけられていたらしい。そのため対人の腕前だけならば、ここに集まる兵の誰よりも強い。


 そんな彼女を教える元騎士団長のガーノルドの実力は確かで、模造刀を構えた兵士二人がかりでも、彼は素手で軽くあしらっていたほどだった。四十人はいた兵士の中でも、彼に一撃でも与えられたのはシェスタを含む数名だけである。


「やっぱり剣は苦手だわ」

「人には向き不向きがある。お転婆なお前のことだ。人に殴りかかるのが性分としてあっているのだろう」


「むう、なによそれ! それじゃあまるで、私が人を殴るのが大好きみたいじゃない」

「そうではないのか」

「私がいっつも殴ってるのはミレンギくらいよ」

「……はぁ。この不敬者め」


 ガーノルドは実の娘の乱暴振りに頭を抱えながら溜め息を漏らしていた。


 そんな光景を、ミレンギは苦笑しながら遠目に眺めて通り過ぎる。

 庭の隅に植えられた木陰では、身体を丸めて座るグルウと、それを枕にもたれかかって眠るアニューの姿があった。


「んん……おなか、すいた」


 寝言だろうか。アニューが小さく呟く。

 するとグルウが木になっていた小さな果実を啄ばみ、アニューの口許に運ぶ。唇に触れたそれをアニューは寝たまま齧った。


「んん……背中、痒い」


 今度は身体をむずむずさせる。

 またもやグルウは顔を動かし、彼女の背中を鼻先で掻いてやっていた。


 まるでアニューが赤子で、グルウがそれをあやすお母さんのようだ。


 ミレンギにとってお母さんといえばラランが思い浮かぶ。


 彼女もまだあまり歳を召していない女性だ。実は誰も彼女の年齢を知らないらしいが、母と言うには見るからに若すぎる。しかしその物腰や穏やかな喋り方には多分の母性を感じられる。


「今日は日差しも強くて汗を掻いてるはずだから塩気は多めに。汁物に海藻を使って栄養を摂らせましょう。手の空いてる人は注文していた食材の受け取りに行ってくれるかしら。時計塔の裏の仕入れ屋さんに準備をしてもらってるから受け取るだけでいいわ」


 足を痛めてあまり動けない彼女だが、その代わりといってか、官舎の厨房にて兵士たちの食事を作る手伝いをしていた。元々の厨房係に混じって、おそらく一番積極的に働いている。他の厨房係たちも、彼女の事細かな指示に耳を傾けててきぱき動いていた。


 いつの間にかラランがこの場の頭領であるかのようだ。


「ここに貯蔵されてる食材からしても今のままじゃ三週間はもたないわね。通商連合の人たちに声をかけて用意をしてもらわないと。どの人に頼めば安く済むかしら。ハーネリウス様のお金を使えるとしても、無駄に散財しないようにしないと」


「ボク、きのこはあんまり好きじゃないから入れて欲しくないんだけどなぁ……」

「好き嫌いはダメよ。貴方は育ち盛りなんだから、ちゃんと食べないと」


 厨房の外でミレンギが小さくぼやくと、ラランが気付いて怒ってきた。恐るべし地獄耳である。


「大丈夫。ミレンギの分、私が食べる」とセリィが言ってくれた。この子も相変わらず自分調子な食いしん坊である。


 ミレンギたちがシドルドに根を下ろして数日。

 各々がすでに居場所を作り、この町での生活にすっかり馴染んでいた。


 曲芸団としてずっと各地を旅しながら宿を取って過ごしてきたミレンギにとって、まるで我が家ができたみたいで、なんだか心地よい雰囲気を感じでいた。


「のんびりとはしていられません」


 そう力強く話すのはハーネリウス候だ。

 ガーノルドやララン、シェスタ、他の町の代表達で囲った軍議にて、彼はアドミルの今後の方針について強く語っていた。


「警ら隊の撤退が早すぎたのも不審です。何か考えがあってのことなのか。モリッツがいなくなったにしては足並みが揃いすぎていました」

「何か奴らに考えがあると?」

「おそらくそうでしょう」


 ガーノルドの問いに答えたのはハーネリウス候ではなく、彼の傍らに控えていたやや幼い少年だった。


「失礼、貴公は?」

「申し遅れました。僕はアイネ。アイネ・クーリシアです。ハーネリウス様にお使いしております」


 その少年――アイネは礼儀正しく頭を下げた。


 幼い顔立ちで少女のような見た目や背格好をしている上、名前もどこか女の子らしい。肩にかかるほどのまっすぐな黒髪をもう少し伸ばせば誰もが少女と見間違うことだろう。


 しかし彼の佇まいには少しもあどけなさを感じさせない落ち着きがあった。


「彼は姿こそまだ子供だが、齢十三にして国家試験を合格した傑物だよ。今は私の補佐として働いてもらっているが、ぜひこのアドミルにて知恵を使ってもらおうと連れてきた。非常に知恵の働く子だ」


 その真贋はハーネリウス候の自信ある語りからしても疑いようがないとわかる。まさに百年に一人という秀才。惜しむべくは、少女のような外見のせいで貫禄もなにもないところくらいだろうか。


 アイネは軽く咳払いをして話を戻した。


「この官舎に残っていた書面の記録と周辺住人による情報から、ミレンギ様たちが蜂起なされたその時、どうやらちょうどこの町にアーセナが顔を出していたということが確認されました」

「アーセナ?」


 首をかしげたミレンギにアンネは補足をする。


「アーセナとは王属騎士団に所属する将の名です。その役職は団長補佐。言ってしまえば、この国の軍事における二番手を担う人物というわけです」

「そんな凄い人がいたんだ……」


 ただでさえモリッツの狡猾さに苦戦したミレンギたちである。そんな彼でも警ら隊という地方自治部隊の人間なのだ。それが国の中枢に位置する実力者となれば、どれほどの豪傑なのか想像だにできない。


「彼女はあの若さで団長補佐という地位まで登り詰めました。おそらくまだ伸び代もある。放っておいてはいずれ僕たちの障害となるのなら、今のうちにでも芽を摘むべきでしょう」


 アイネの言葉に、ふとミレンギは引っかかった。


「彼女? ということは女性なんだ」

「そうです。まだ齢十八の少女です」

「ボクとほとんど変わらないじゃないか」


「だからこそ脅威なのです。恵まれた長身の体躯と女性的な長い艶髪。それに不似合いなほどに優れた武術。国内では彼女を戦女神だと持ち上げている人間もいるようです」


 それほどの人物が待ち受けている。おそらく国家に反逆したミレンギたちを迎え撃つであろう。彼女との激突は避けられない。


 伝え聞いた話だけでも、その怪物ぶりは想像に難くなかった。


「もしかして」とシェスタが手を挙げて割って入る。


「その人、アンクリーネっていう名前じゃないですか?」


 恐る恐る尋ねた彼女に、アンネが「いかにも」と頷いた。


「彼女の名はアーセナ=アンクリーネといいます」

「やっぱり。私たち会いました」

「え? ……あ、あの時か」


 ミレンギは思い出した。酒場からシェスタと二人で逃げた時、二人の前に立ちふさがったあの鎧兵。シェスタの渾身の拳底を赤子の叩きのように受け止めた女性のことを。


「なんと。それでよくご無事でしたね」


 そう驚いたアイネだけでなく、ガーノルドやハーネリウス候も唖然とした顔でミレンギたちを見ていた。


 当時はまったくわからなかったが、それほど手ごわい人物だったというわけだ。彼女があっさりと退いてくれたことを幸運と見るほかない。


「――とにかく、僕たちにとって最たる障害がその団長補佐、アーセナ。そしてもう一つ。彼女が率いる精鋭部隊です」


 声を張り詰めさせた童顔の軍師の言葉に、そこにいる――ミレンギの後ろで欠伸をしているセリィを除く――全員が息を呑んで耳を澄ませた。


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