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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ -エピローグ- これからの世界
151/153

  『伝説となった者たちのその後』

   ◆


「おばば様ー、手紙が届いたよー」

「これミケット。おばば様と言うでない」


 快活に声を弾ませて部屋を訪れたミケットに、ユリアは声を重ね気味に叱責を返した。


 山を掘って作られた地中の町、アミリタ。


 その奥まったところにある最も大きな屋敷の自室でくつろいでいたユリアは、ノックもせずに入ってきた無礼娘を溜め息をついて出迎えていた。


「まったく。いつになれば礼儀というものを学ぶのか。いつまでも子供なのじゃ」

「ははっ。元気で良い子じゃないか」


 ユリアの後ろで壁に背を預けた男が笑う。


「そう言ってられるのはおぬしが弄られておらぬからじゃぞ、アーケリヒト」


 その男――アーケリヒトは、ユリアに呆れ顔を向けられてまた一層に笑い声を漏らしていた。


「すっかり母親のようになったな、ユリア」

「お前さんがいつまでも寝ておるからじゃ。この寝ぼすけめ」


 頬を膨らませたユリアが指先をちょいと捻ると、魔法で浮かんだペンがアーケリヒトの頭へと飛んで小突く。あいたっ、と短い悲鳴がこぼれた。


「仲良しだねー、お二人さん」とミケットが楽しそうに歯を見せる。


 英雄アーケリヒト。

 悠久の大樹で何百年という年月を束縛されてきた彼は、ミレンギたちによって助け出されると、しばらくの間だけ王都で療養し、まるで隠居するように王都から去り、こうしてユリアとともに北方の辺境にて生活をしていた。


 アーケリヒトの健康状態は最初こそ薄弱であったが、ユリアの献身的な介抱もあって、今では常人と同じ程度には動けるようになっている。それでもやはり体が縛られ続けていた影響か、過度な運動をするにはまだ筋肉の動きがついていけないようだ。


 悠久の大樹で老いすらもせずにいたアーケリヒトだが、さすがに体は限界が近づいていたようだ。もはや老人のようにがたがきている。戦闘どころか走ることもままならず、大人しく隠居生活を決めたのだった。


 だがそんなアーケリヒトも、実質的な息子であるミレンギの様子や成長、そして最愛であるユリアとまた共に暮らせるという事実に、十分すぎるほどの幸せを感じているようだった。


「ありがとう」とユリアは彼にそう礼を言われ、この何百年と待ち続けてきた命がようやく報われたような幸福感に身を浸した。


「そういえばミケット。わらわに手紙とは?」

「あー、そうだったー」


 ミケットが懐から便箋を取り出し、ユリアに手渡してくる。それを受け取ると、中の手紙を取り出して目を通した。


「おお、そうか。もうそんな日じゃったのか。出かける準備をせねばならぬな」

「王子くんが前にやりたいってずっと言ってたやつだねー。やっとできる目処がついたんだ。あ、そういえば王位継承権を完全に放棄したんだっけ。それじゃあミレンギも元王子くんだねー」


 面白おかしくふざけて言うミケットに手紙を返し、ユリアはにこやかに笑んで肘掛で頬をつく。


「ふふっ。こんなにも明日がやって来るのが待ち遠しいのはもう年百年ぶりじゃろうか。時が経つというのも悪くはないものじゃのお」

「本当に老人じゃないか」

「うるさいのじゃ、アーケリヒト。歳で言えばおぬしも相当なのじゃぞ」


 はいはい、とアーケリヒトは苦笑して肩をすくめていた。

 そんな二人のやり取りはまさに熟年夫婦のようだった。こんな時間を送ることができるのもミレンギのおかげである。


「それにしても元王子くんも変わったことを考えるよねー」

「そういう性分なのじゃろう。なにしろアーケリヒトと子じゃからな」

「この言い方だと俺が変人みたいじゃないか」

「そうであるつもりで言ったのじゃがな」


「まったく。歳を重ねても子供らしさは消えないな、ユリア」

「お互い様じゃ」


「本当に仲がいいなー、二人とも。羨ましい。あたしもそういう人がいたら……」

「ミレンギでよいではないか」

「ええっ?!」


 ユリアが言うと、ミケットは途端に顔を真っ赤にさせ、手に持った手紙を握りつぶしてしまった。そしてそのまま、逃げるように部屋を出て行った。


「そういえば竜の武器はどうなったんだ?」


 ふと、二人きりになってアーケリヒトがユリアに尋ねた。


「イリュムとグランデは赤竜との戦いで砕かれた。新しく生まれたアドミルとガーノルドは城の聖堂にてまた封印した。以前よりもより厳重なものじゃ。これでしばらく、彼の武器は世に出ることはないじゃろう。今もフェリーネが見張ってくれておるよ」


 窓の外をユリアは見やる。地下であるそこの景色は鍾乳洞のような空洞が見えるだけだが、その遥か向こうを見据えるように彼女は目をやった。


「人が再び争いを始めれば、またミレンギのようにそれを握る者も現れるかもしれん。しかし、願わくばもう、一生この世の歴史には出てほしくないものじゃな」


「ミレンギか。いい少年だな」

「おぬしの子供じゃぞ」

「なんというか、まだ実感がわかなくてさ。今更子供だなんて」

「それは向こうも同じじゃろうな」


「ずっと悠久の大樹の中で意識だけはあったんだ。そんな無限のような時間の中で、ユリアが来てくれたのがわかった。だから想いを込めたんだ。ここから出して欲しいという想いを」

「ああ、届いておったよ」


 それがミレンギとセリィなのだろう。

 大樹に溢れたマナがアーケリヒトの想いに応えたのかもしれない。マナは生命力の源。高純度のそこでは、命そのものを作り出しても珍しくはあるが不思議ではない。


「あの大樹の中で、ミレンギが生まれたのを感じた。きっと会える、ここに来るだろうと思ったんだ」

「そして本当に現れた。おぬしの子じゃもの。向こう見ずの馬鹿じゃ。血は争えんな」

「かけがえのない大切な人のためだ。仕方ない」


 真剣な顔で言われ、ユリアは思わず顔を赤くしてしまった。


「……恥ずかしいことを言いおるわい」

「ユリアはそう思ってないのか?」

「……言わせるでない」


 ユリアはそう吐き捨て、アーケリヒトを抱き寄せるようにして頬に唇をつけた。


 それは何十年、何百年と募り続けた思いを乗せた口付けだった。


「おあついねー」


 こっそりとミケットが戻って覗いているのに気付き、ユリアは大慌てで顔を離して立ち上がる。


「これミケット! いよいよ怒るのじゃぞ」


 ぷんすかと声を張り上げてユリアが怒る。しかし外見はただの幼い少女なのでそれほど迫力はないのだが、今度こそミケットは走って逃げていった。


 呆れ調子に溜め息をつき、ユリアは机に置かれていた果実酒をグラスに注いで口をつけた。ほんのりと顔が赤らみ、穏やかに口許を緩める。


「もう昔の暗い話はよい。それよりも明るい未来の話をしようぞ。幸いにも、これから楽しみなことがいっぱいじゃ」

「ああ、そうだな」


 ユリアたちは互いの顔を見合わせると、熟年夫婦のように、ただただ静かで幸せな時間を過ごし続けた。


   ◆

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