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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ -エピローグ- これからの世界
150/153

  『お転婆姫の日常』

   ◆


「ノークレン様! ノークレン様!」


 王都の城内に、劈くようなアーセナの声が木霊した。その声には呆れと怒りが混ざっている。彼女は王城の中を走り回っては、すれ違う侍女たちに悉く声をかけていた。


「こっちでノークレン様は見なかったか」

「い、いえ。どうかなされましたか」

「いや、なんでもない」


 散々走り回って息を切らせながらも、アーセナは執拗に周囲を見回してはまた走り出す。


 そんな彼女の様子を、ノークレンは物陰に隠れてやり過ごそうとしていた。


 アーセナがこれほどの執着を見せてノークレンを探しているのも当然。


「あ、ハーネリウス候。こんにちは」

「おや、アーセナ殿。ちょうどシュルトヘルムへ帰るところだったんだよ。世話になったね。……どうしたんだい?」


「ノークレン様が行方不明なのです。自室で政務をなさっていたはずなのですが」

「花を摘みにでも行かれているのは?」

「そうだったら良いのですが……まだまだやることはたくさん残っているというのに、もし逃げでもしていたら」


「ははっ、ノークレン様に限ってそんなことはないでしょう」

「だといいですが」


 気さくに笑うハーネリウス候に呆れ調子で頭を抱えたアーセナは、律儀に礼をしてハーネリウス候の元から立ち去った。


 それを見計らってノークレンは物陰から顔を出す。


「おや、ノークレン様。ついさっきアーセナ殿が」

「知っていますわ。それよりも、わたくしはいま急用ができたと、そうアーセナに会ったら伝えてくださいな」


「……ほう。それはどんな急用で?」


 お願いに帰ってきた言葉は、ハーネリウス候の優しい声ではなく、重くぎらついた燃え盛るような怒声だった。


 ふと振り返るとアーセナがいた。

 走り去ったはずなのにどうして彼女はここにいるのか。


 こめかみの血管を浮かび上がらせていかにも怒った顔をしていながら口と目許は笑っているアーセナを見て、ノークレンは冷や汗を浮かべて背筋をピンと立てた。


「あ、アーセナ。どうして」

「ノークレン様との付き合いも長くなってきましたからね。もう貴女と出会ってから半年は経ちます。終戦からも随分経過しましたからね。平和になって王属騎士団の仕事も警護ばかりになりましたが、それがまさか子守りのようなことをさせられることになるとは」


 嘆息まじりに肩をすくめるアーセナ。


「この前だって、さぼってミケットの持ってきたお菓子を食べて休んでたせいで仕事が滞ったんですから。こんなのでは他の敬謙なる民草たちが泣きますよ。ノークレン様はもう、この国の正式な王なのですから」


 そう、ノークレンはあの歴史的な戦争の終結後、ファルドの王座を正式に継承していた。もともとノークレンは戦争が終わると身を引くつもりだったが、ルーンとの戦いで民衆の心を掴んだ彼女を推す者が多かったのだ。


 民衆には此度の戦争について、クレストやガセフ、そして竜のことが語られた。そしてその中で、ノークレンが王位継承権を持たないことも知れ渡ることとなった。もちろんそんな彼女に不信を抱く者もいたが、それは思いのほか少数であった。


 なによりの後押しとなったのは、ある意味では最も王位継承に近いはずであるミレンギがノークレンの座位を望んだことだ。


『人間の強さと弱さを知ってる。竜の尊さと身近さを知ってる。そんなノークレンならきっと立派な王になれるよ』


 そんな英雄の息子である彼の一押しによって、ノークレンは王位を頂戴したのだった。


 おかげで戦後の兵や資財の処理、壊れた町や拠点などの予算の承認など、やるべきことが山ほど積まれている。その中で毎日の教会への訪問は欠かしていないものだから、ノークレンの毎日は多忙を極めている状況だった。


 そんな矢先にこっそりと部屋を抜け出したものだから、アーセナの怒りももっともだ。


「も、申し訳ないと思っていますわ。けれどどうか、今日ばかりは許してほしいの。だって――今日はあの日なんですもの」


 ノークレンが腰を低くしてそう言うと、ふとアーセナの顔が怒りを失った。


「ああ、そういえば。今日でしたっけ」と平手を打つ。


「そうですわ。せっかく招待されているのですから、行かないのは失礼というものでしょう?」

「それはそうですが……でも政務の滞りもまた問題で――ってノークレン様!」


 小言が続きそうなのを察してノークレンがそそくさと逃げると、気付いたアーセナが大慌てで追いかけてきた。


 王と近衛騎士の追いかけっこが、豪奢な装飾で溢れた王城の通路で繰り広げられる。まるで母親から逃げる子供のような無邪気さを見せる王に、すれ違う従者たちは微笑ましそうな、そんな平和な笑顔を浮かべていた。


 きっと彼女がこうしているかぎりは、この国は安泰だろう、と噛み締めるように。


   ◆


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