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 -17『最強の頂へ』

 疾風とは彼のことを言うのだと、見た者は口を揃えて言うかもしれない。


 蒼白い刃で光の軌跡を描きながら、ミレンギは目にも止まらぬ早さで大地を蹴る。まるで青い蛍が漂っているかのようだった。その光が唯一動きを止めるのは一瞬の火花が飛び交う僅かな間だけ。


 ミレンギがアドミルを振りかざすと、アーケリヒトもイリュムを構える。二つの竜の武器がぶつかり、激しい衝撃と共に閃光が走った。


 ミレンギの鋭い縦切りに、アーケリヒトはグランデで受け流してイリュムをけしかける。ミレンギもアーケリヒトの返しの刃をガーノルドで受け止めた。


 竜の盾越しなのに、アーケリヒトの一撃は体が沈み込みそうになるほどの重圧だ。しかしそれはミレンギも負けてはおらず、渾身の力を乗せた一撃を振り下ろすと、アーケリヒトの身体ごと地面に圧しつけるように足をやや埋めさせていた。


 互いの一撃ごとが決定打になりうる強力なものだ。


 一度油断してそれを浴びればただでは済まない。その緊張感も、ミレンギを戦士として滾らせる。


 相手は最強の英雄。

 敵として不足はない。これ以上もない。


 生ける伝説と剣を交えているという高揚感が足を軽くしていく。


 命を燃やすように光り輝くアドミルが弧を描いてアーケリヒトへ薙ぐ。強烈な力を込めたその剣は、魔法の衝撃波を伴ってアーケリヒトを襲う。しかし彼もグランデを掲げ、魔力を放出する。途端にグランデの根元から壁のような巨大な盾が現れ、ミレンギに一撃を苦もなく受け止めた。


 戦場に飛び交うのは二人の剣撃だけではない。


 グランデの壁の後ろから、セリィの結晶柱がせり出しアーケリヒトを襲う。アーケリヒトは軽く跳躍してその結晶柱の頭に足をかけると、投石器のように上空へと身を射出させた。見上げるほどの上空から急降下し、ミレンギの頭上からイリュムをつき下ろす。


 後方にかわしたミレンギの前で、地面を串刺したイリュムがそこを中心に四方へ地割れを伸ばした。間一髪、とミレンギが胸を撫で下ろす暇もなく、アイネが巨大な火球魔法でミレンギを狙い打つ。盾のガーノルドを構えさせ、蒼い盾を生み出してそれを防いだ。


 ミレンギとアーケリヒト。セリィとアイネ。

 二組の人と竜による、絶え間のない攻防が繰り広げられていく。


 一薙ぎするたびに風が吹き荒れ、受け止めるたびに大地が沈む。いたるところで竜結晶が地面を突き出し、竜の炎が飛び交った。


 並の人間など近寄れもしない、天変地異のごとき激しさが舞う。


 そんな最中、ミレンギはこの状況をどこか楽しんでいた。


 アーケリヒト。ミレンギの父親。

 そんな実感はないけど、ずっと憧れだった伝承の英雄と戦えている。かつての救世主と戦えているということが嬉しかった。


「そこだっ!」

「ぐぁ……が……」


 生き生きとしたミレンギの声と、精気のない操られたアーケリヒトの声が重なる。彼が正気を持っていたらどれほど良かっただろう。それだけが口惜しい。けれど何かを言いたげに言葉が漏れている。


「わかるよ、アーケリヒト。楽しいんだよね。ボクも楽しい。まるでガーノルドと稽古をしている時みたいだ」


 父親の胸を借りて、超えようと懸命に打ち込む。

 もしアーケリヒトが普通の父親だったなら、ガーノルドに代わって彼が稽古をつけてくれていただろうか。


 そんな、決してありえない光景を妄想した。


「セリィ、もっと行くよ。ボクもここで出し切るから」

「うん!」


 セリィが更に魔法の出力を増す。


 ミレンギの目の前に、まるで足場を作るように竜結晶が突き出した。そこをミレンギは持ち前の身軽さで、跳ねるように乗り継いで走り抜ける。


 一気に距離を詰めて中段の突き。


「ぐが……ああ……」


 アーケリヒトはそれをグランデで受けもせず、脇を開いて奥へ空振りさせる。そしてミレンギの突き出した腕を脇で挟んだ。


「しまったっ」


 動きを制限されたミレンギに、アーケリヒトは手首を捻ってイリュムを突き刺そうとする。それを、ミレンギは引いて逃げるのではなく、逆に前に前転してアーケリヒトの身体ごと前に押し倒した。


 互いに受身を取り、起き上がり際に剣を交錯させる。火花が散って風が巻き起こった。


「ふふっ……ふふっ……」


 まともに言葉は喋れずとも、アーケリヒトが笑っているように感じる。ミレンギも釣られて微笑んだ。


 より高みの舞台。

 ミレンギはあの英雄と肩を並べられるところまで来たのだという感慨。


 なれば超えて見せよう。かの英雄を。

 人と竜の絆があわさればできないことは何もないのだ。


「うおおおおっ!」


 恐れず前に踏み込む。アドミルに最大の力を込めて。

 蒼き閃光が弧を描き、アーケリヒトへ向けて振り下ろされる。


 それをアーケリヒトはイリュムによって弾こうとするが、アーケリヒトのすぐ目の前に竜結晶の薄い壁が現れる。セリィの魔法だ。


「……っ?!」


 相方の攻撃を阻害するような一手に、アーケリヒトは思わず目を見張る。


「そこだっ!」


 半透明の薄壁の向こうから、ミレンギはその竜結晶ごとを貫いてアドミルを突き刺した。その切っ先は的確に剣幅一点のみを貫き、アーケリヒトの脇腹へと届いていた。


「がはっ」


 アーケリヒトの呻き声が漏れ、体がよろめいた。

 ミレンギが剣を引き抜くと同時に結晶の壁が崩れ落ちる。


 ふと、アーケリヒトの口許が明確に笑い、


「良い絆だ」


 そう聞こえた気がした。


 ミレンギははっと気を引き締めなおし、


「これで、どうだっ!!」


 ひたすらの力を込めて、ミレンギはアドミルをアーケリヒト目掛けて振り下ろした。


 青白き刃は、咄嗟に身を庇ったアーケリヒトのイリュムと組み合い、火花を散らせる。


「うおおおおおおおおおっ!」


 全身の細胞を、ただ剣を振り下ろすために稼動させるつもりで、ミレンギは一心に想いを込めて咆哮する。その一途な一撃はやがてイリュムの刀身にヒビを入れ、そしてついに砕いた。


 白銀の刃が散り落ちる。

 それは決着を示す静かな音だった。


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