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 -16『二人の武器』

「本当に、セリィなんだね……?」


 ミレンギが搾り出すように声を漏らすと、目の前の少女は短く頷いた。


 とても見慣れた、優しい笑み。

 今にも心が折れそうになるのを踏ん張っていたミレンギの緊張が、ゆっくりと解けていくのが自分でもよくわかった。


 この一瞬だけは、アイネも、アーケリヒトのことも全て吹き飛んで、ただただ彼女にまた出会えたことを喜んでいた。


 そんな穏やかさに反して、業を煮やしたように形相を険しくさせたのはアイネだ。


「どうしてお前がっ!」


 苛立った声で、大樹の太い根を持ち上がらせてミレンギたちを潰そうとする。しかし鞭のようにそれが振り下ろされたそれは、セリィが再び生み出した竜結晶によって引き裂かれてしまっていた。


 まるでその結晶が剣のように見えた。

 大樹の根といえど、ただの植物ではない。何百年以上と根を張り続けている巨大な根っこだ。セリィの魔法は、それを水のように裂くほどのとてつもない強力さだった。


「それだけの力、セリィに出せるはずが……まさか」


 眼前の光景を疑ったアイネは直後、はっと何かを思いついた風に目を見開く。彼の視線は、頭上に大きく広がる大樹へと移った。


「悠久の大樹の力か。ここにはとても永い時間のが漂っている。無理やり早められ、成長するはずだった本来の時間を、大樹のマナによって擬似的に補完したとでもいうのか」


 竜は生まれた時が若いほどその力は強い。ユリアが以前に話していたことだ。だからユリアはそれだけ凄まじい力を持った竜であった。


 しかしセリィはミレンギの危機に時を待たずして生まれた。本来ならばまだ生まれはしなかったのに。そのため未熟な竜であると思われていた。


「所詮は早く生まれすぎた未熟児と侮っていたが。まさか始祖竜ほどの才覚の持ち主であるとでもいうのか」


 アイネの分析はミレンギにはよくわからなかった。

 セリィ自身もそれについてはわかっていない様子である。しかしそれでも、彼女はミレンギの手を強く握り、自信気に顔を持ち上げて言った。


「自分の才能なんてわからない。けど、竜の力は想いの力で強くなる。ユリア様……お母さんがそう言ってた。私はただただミレンギに会いたかった。そう、強く、強く願ったらここに来れた」

「ふざけるな。そんな出鱈目」


「アイネ。これが人と竜の絆。きっと人と竜なら、アイネのわからないこともたくさん起こせる。今の私とミレンギみたいに」

「人間は竜を虐げる。ただ害をもたらすだけの存在だ!」

「そんなことはない!」


 セリィが胸に手をあて、強く首を振る。


「人間と竜は共存できるよ。アイネ。私たちがアドミルで暮らしてた時、戦いは多かったけれど、楽しかった。みんな、本当の家族のように接してくれた。ううん、ちゃんと家族だった。今も、大切な家族だから、ミレンギたちは助けに来てくれたの」


「それはキミが人間の元で生まれたからさ。愛玩動物のようなものだよ。飼い犬を愛でるのと同じさ」

「違う! 私たちは平等だった。その平等に並ぼうとしないのは、人間じゃなくて、ずっと自分たちを卑下し続けてる竜のほうだよ!」


 セリィがそっと瞳を閉じる。


「一緒に暮らして一緒に笑って、悪い事をしたら一緒に罰を受けて。そうやって少しずつ同じことを共有して、互いを知っていく。そうすることで、私たちの差異なんてものはきっと消えていく」


 ついこの間だって、セリィはハロンドたちと一緒に罰で晩ご飯の準備を手伝っていた。その光景をミレンギもたまたま見かけた。その時に彼女は言っていたのを思い出した。


『私は特別じゃないから。みんなの中の私だから』


 その時はその言葉の意味がよくわかっていなかったが、今ならわかる。


 人と竜は違う種族ではあるが、同じであるのだと。『みんな』という括りに入ることができるのだと、セリィはきっと言いたいのだ。


「私たちは互いに歩みあえる。近づくことを怖がって臆病になってるのは私たち竜のほうだよ!」

「変化は完成された現状を滅ぼす」

「停滞は何も進めない」

「ならば、その思いの強さを示してみせろ!」


 アイネが大量のマナをその身から噴出させ、操り人形となっているアーケリヒトへと注ぐ。すると彼の持っていたイリュムが更に輝きを増した。


 また来る。

 今度はより力を強めて。


 ミレンギは身構えるが、手にあるのは折れたイリュムだけ。

 そんな心許なさを拭うように、セリィがミレンギを後ろから抱きしめるようにして両手を重ねさせた。


「大丈夫だよ、ミレンギ」


 それは弱気なミレンギの心を優しく解いていくかのように、優しい少女の囁きだった。


「私たちが一緒なら大丈夫。だってミレンギと私は最強なんだもん」

「…………うん、そうだね」


 どんな困難だって二人ならば乗り越えてこられた。

 たとえ人類の救世主が相手であろうとその自信が揺らぐつもりはない。


 いつも一緒にいてくれるセリィの温かさ。

 それを感じられるだけで、なんだってやれそうな気がしてくる。


「そうさ。ボクとセリィならやれる。きっとこの戦いに勝てる」

「うん!」


 ミレンギにセリィの魔法が注がれていく。

 それは、更にこみ上げてくる自信と一緒にふつふつと湧き上がり、二人の体を包み込むように広がっていった。


 それが神々しい光景だった。


 体が軽く、これまでの全ての疲れが吹き飛ぶようだった。

 セリィの力が血管を通って隅々にまで行き渡っていくのを感じた。全身で、セリィを受け止めている。


 それをアイネも怪訝な顔で見ていたが、すぐに顔をただし、はっと冷笑する。


「イリュムを失ったキミたちでどうしようというのか」


 そう煽る栄根にミレンギたちは一切の心を騒がせず、二人、重ねた手にそっと心を集中させた。


 ミレンギの持つ折れたイリュムが光を放ち始める。

 やがてそれは剣全体を纏い、繭のように包み込んだ。


 光はやがて刃先へと集まり、ゆっくりと刃の形を作り上げていく。そうして光が霧散した後、そこに立派な剣が現れた。


「なっ?!」と最も驚いたのはアイネだ。


 シェスタが魔法で編み出したその剣は、鋭くて細い、セリィの髪のようにやや青みがかった半透明の刃を有していた。イリュムとは造形がまた違う。剣先の形も、柄の柄すらも変わっている。


 気付けば左手につけたグランデもその姿を僅かに変え、青みがかった結晶のついた腕輪になっている。


 それらはイリュムやグランデよりずっとミレンギの手に馴染み、手足と一体化したように自然だった。


 それはまさしく竜の武器であった。

 それも、ユリアの作り出したものではない。セリィの竜の武器だった。


「……どうして、それを」

「不思議に思うかい、アイネ。でもボクはそうでもないよ。なんだかしっくりくるんだ。セリィに触れた瞬間、ボクの心の剣は輝きを取り戻したから」


 驚いた顔を見せるアイネにミレンギは不敵に笑む。


 思えば不思議でもないのかもしれない。

 ミレンギが『アドミルの光』として戦っていた時、静寂の森でセリィが竜の憑依をしてくれた。その時はイリュムも持っていなかった。けれど剣先には結晶が纏い、その鋭さを増させていた。


 グランゼオスの時だってそうだ。

 折れた剣を、あの時は形が歪ながらも新しい刃にしてみせた。


 それは竜の武器の片鱗。

 竜が相棒のために想いを込めて紡いだ絆の武器。


 それの完成品が、いまミレンギの手元にあるのだと思った。


「これが。ミレンギと私の竜の武器」


 セリィの言葉がミレンギの背中を押す。


「行くぞ、アイネ。ボクたちの、二人の力を見せてやる」

「ふふっ、面白い。まあいいさ。キミたちが英雄を勝るかどうか、見させてもらうよ」


 アイネが指を鳴らすと、アーケリヒトも竜の武器を構える。イリュムは激しく光沢を放ち、グランデはその腕輪から半透明の縦を形成させる。先ほどミレンギと戦っていた時よりもその力は凄まじい。


 先ほどまではセリィもいないから手加減していたということか。苗床にしたいミレンギを強すぎる力で壊してしまっても問題だから。


「イリュムとグランデの力が高まってる。あれが、何百年前のアーケリヒト」

「でも大丈夫。ミレンギ、この子たちに名前をつけてあげて」

「名前……」


 いろいろと思いついたけれど、最初に浮かんだものにした。


「この剣は未来を切り開く希望の剣――アドミルだ。そして盾は、いつもボクを守ってくれていた信頼の名前――ガーノルド」


 シェスタに聞かれていれば安直過ぎると笑われていたかもしれないけれど、ミレンギにとってそれだけ思い入れがある。そして、負けるはずがないという自信も。


 アドミルを高く掲げる。

 蒼き刃が大樹の光を集めるように輝く。


「アーケリヒト。ボクは貴方を超えてみせる。セリィと、一緒に」


 かけがえのない相棒と目を合わし、ミレンギは眼前に佇む英雄へと駆け出した。


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