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 -14『悠久の大樹』

 それは想像以上に壮大だった。


 巨大な根を深く大地に根ざし、生命の律動を感じさせるような太い幹が天高く伸びる悠久の大樹。


 ついにその根元にまでたどり着き全貌を見上げたミレンギは、その壮観さに思わず息を呑んで立ち止まってしまうほどだった。


「これが、悠久の大樹……」


 まるで大地全体を包み込むように広く枝を伸ばし、視界を緑一色に染めている。それを前にすれば人間などあまりに小さな存在なのだと自覚させられるみたいだ。


 大樹の根元は地面がほんのりと明るんでいて、マナが溢れているのだとわかる。この恩恵を受け、竜は暮らしているのだ。


「それも争いの元になるさ」


 ふと声がして、ミレンギは咄嗟に振り返った。


 アイネがいた。

 彼は何も構えることなく、ただ自然にそこに立っていた。


「……アイネ」

「初めて見るだろう、ミレンギ。それが悠久の大樹さ」

「こんなに凄いものだとは知らなかった。近くにいるだけで、なんだか体が軽くなるような、そわそわした感じがする」


「それは大樹からのマナを体で受けているからさ。細胞が活性化されているんだ」


 言われてもあまりマナの実感自体はないが、漠然とした心地良さはある。


「もし人がその大樹を知れば、お前たちはこの樹すらも竜から奪おうとするのか?」


 アイネの唐突な問いに、ミレンギはすぐに言葉を返せなかった。


 悠久の大樹は凄いものだと身を持ってわかる。この力で竜も長寿を得ているのだとしたら、人間だって長寿になれるかもしれないと考える人は少なくないだろう。


 だから欲しがる。

 しかしそれは竜のものだ。

 手に入れるには奪い取るほかない。


「それは……」

「竜と人間が共用すればいい、とでも馬鹿げたことを言うか? 人間の貪欲さ、図々しさにもあきれたものだ」


 アイネが嘆息を漏らす。


「悠久の大樹のマナにも限りはある。そう誰にも彼にも使えるものではない。それこそ、数の多い人間ならば特にな。竜は繁殖力の無さと引き替えに、この大樹からの恩恵で長寿を授かっているんだ。だったら、お前たち人間は何を引き替えにするというのか」


「人間がその事情を知れば抑えはきくかもしれない。そのことを伏せておくのもいい。無用な争いの種になるなら仕方がない」

「果たして伏せられるのか。これを知っているお前たちがどれだけ我慢できるのか」


「それは、わからないけど……」

「もとよりお前たち人間に大樹の恩恵を受けさせる気はない。人間に与えられる分のマナはたった一人分――竜に命を捧げる者にだけだ」


 アイネが指を鳴らす。

 すると魔法によって大樹の根が動き、樹のもっとも根元の部分を露わにさせた。


 その中央部分には、磔のように蔦に手足を縛られた一人の男の姿。


「アーケリヒト!」


 ミレンギは直感的にわかった。

 少しやつれた顔ながらも、背格好はせいぜい二十歳台の好青年のような風貌で、まるで何年も前の英雄であるとは思えないほどに若々しく見える。ミレンギの父と言われるだけあって、その風貌はミレンギがやや年老いたようである。


 悠久の大樹によって生かされ続けてきたのだ。歳もろくにとらず、その生命力だけを竜に吸われ。


 苗床という言葉はまさにその通りの表現だとミレンギは思った。なんとひどい光景だろう。ただただ竜のためだけに、人間の尊厳を踏みにじり、植物のように飼われている。


 ユリアの顔がミレンギの脳裏をよぎった。彼女の切なる願いの深さがよくわかる。


 なんとしてでも助けなければならない。


「待ってて、ユリア。……アーケリヒト」


 ミレンギは剣を抜いた。

 竜の武器、イリュム。そしてもう片腕には、ガセフが遺したグランデもある。


「セリィと一緒に助け出す。彼女はどこだ、アイネ」

「まったく、気が早いな。素直に渡さなかったら僕に切りかかろうっていうのかい?」


 イリュムを掲げたミレンギを前にしても、アイネはさも微塵の動揺も見せぬように肩をすくめた。わざとらしく深く息をついてみせる。


「勘違いしないでほしいんだけど、キミが戦うのは僕じゃないよ」

「え?」


 再びアイネが指を鳴らすと、大樹の根が大きく動き、やがて幹に繋がっていた男の体が地上へとゆっくりおろされた。彼を縛り付ける蔦がほどけていく。


「……これって」


 蔦が完全にほどけ終わると、ゆっくりと、自立したその男の閉じた瞼が開かれた。


「キミが戦うのは彼さ。人類最強の男――英雄アーケリヒト」


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