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 -13『幼竜は愛しき少年の夢を見る』

   ◆


 少女は、聞き覚えのある声を感じて目を覚ました。


 そこはまるで水の中のようだった。

 けれど沈みもせず、浮かびもせず、ただただ漂っている。


 その少女――セリィは、自分が狭い箱のようなものの中にいるのだと気づいた。壁は透明で外の様子は窺えるが、ふわふわと浮かんだ体はその壁を叩き破ることはできず、竜の魔法を出そうとしてもまるで全身を包む液体に溶けるかのように霧散してしまう。


 その箱は竜結晶のような結晶柱だった。不思議と息はできる。けれど何なのかがわからない。


 ふと、セリィは思い出せるかぎり最近の記憶を呼び起こした。


 ファルドの王城の最上階。玉座の前でガセフと戦っていた時、急にアイネが現れた。そして――


「ミレンギっ!」


 大切な少年と離ればなれになってしまったことに気づき、セリィは大慌てでその結晶の壁を壊そうと叩いた。けれどその壁はまったく壊せなくて、息もできるし声も出せるのに、セリィは果てしない海の底に沈められたような孤独感を覚えた。


 どこ。どこにいるの。千切れそうな心がそう叫ぶ。大好きな少年の姿を求めて目をつぶる。


「やっと気づきましたか。回復に随分と時間がかかりましたね」


 声が聞こえ、セリィは囚われた自分の足元を見やった。そこにはアイネがいた。見慣れた軍師の服ではなく、背中からは翼をはやし、鱗をかたどったような装飾がなされた司祭のような厳かな服を纏っている。


 彼に幼いあどけなさなどなく、ただ冷淡な不気味さを宿した横顔を見せていた。


「アイネ、どうしてこんなことを。仲間だったんじゃなかったの?」

「仲間だよ。キミと僕は同じ竜だからね」

「そういうことじゃないよ!」


 悲痛にセリィは叫ぶが、まるで透明の壁がセリィの心を全て吸い取っているかのように、アイネの表情は少しも変わらなかった。


「アイネは私の悩みに答えてくれた。あの時に言ったよね。人と竜の関係を知りたがってるって」


「ああ、言ったね。それで、結論はこうだ。人と竜は共に生きられない。歴史が語ってきたとおりね」

「どうして」

「人は竜を恐れすぎる。恐怖はかならず払拭しようとするのが生物の常識だ。今はそうでなくとも、いずれ彼らはまた竜を滅ぼそうとするだろう。自分たちが滅ぼされないために」


「そんなことはしないよ。人間はみんな優しいもん。私が竜だとわかっても、みんな優しくしてくれた。同じように接してくれた」


 王都からの撤退戦で初めて竜の姿になってからも、ミレンギたちはセリィのことを特別に扱うことはなかった。今まで通り、普通の女の子として接してくれていた。


「それは特別なんだよ。誰もがキミみたいに受け入れられるわけじゃない」


 そう言い返すアイネの言葉もわかる。

 セリィが竜であることを知る前からミレンギたちはよくしてくれていた。その有利な前条件があるから受け入れてくれただけかもしれない。


「でも、最初からそうやって可能性を潰すのはよくないよ」


 セリィは自分で言いながら、ミレンギが言いそうな言葉だな、と思った。


 しかしアイネはその言葉を鼻で笑い、「わかりきってることさ。それはこれまでの歴史が証明してるんだ」と一蹴した。


「そんなことない」

「あるさ」


 アイネが耳元にそっと手を当てる。


「聞こえているかな?」


 言われ、セリィもつられて耳を澄ますと、どこか遠くの方からかすかな爆発音などが響いているのがわかった。


「竜と人が戦ってる音だよ」

「そんな……」

「人間がボクたちの住処に襲撃を仕掛けてきたんだ。野蛮だよね。そんな彼らと仲良くできると思うかい?」


「それは……私がいるから」

「そうだね。でも、次はそうじゃないかも知れない。もしこれで人間が勝てば、人間は次にボクたちを服従させるためにやってくるだろう。そうなれば竜は尊厳を踏みにじられる」


「そんなことはない」

「人は歴史を繰り返すんだよ」


 アイネは明確な苛立ちを浮かべてセリィを睨んだ。


「だからここで人間は打ちのめしておかなければならない。人は歴史を繰り返す。なに、英雄と謳われているアーケリヒトも、そうやって僕たちに捕らえられたんだ」


 不敵にアイネは笑んだ。その余裕の笑みには絶対の自信が窺える。


「どうせミレンギは僕たちにはかなわないよ。伝承は繰り返される。そう、歴史が物語ってる」


 大胆にも豪語して、アイネは体を背けて立ち去ろうとする。そんな背中にセリィはすがるように壁により掛かって声を投げる。。


「ミレンギは、負けない。未来は、これからの歴史は――決まってない!」


「だったらいいね。でも、勝てるかな――彼に?」

「……彼?」


 言葉の意味を汲めず、セリィは小首を傾げる。

 そんなセリィにアイネは一瞥もせず、そんまま彼は頭上に見える大樹の足元の方へと歩いていったのだった。


「……ミレンギ」


 また独り残され、セリィは寂しく呟いた。


 会いたい。

 大切な彼に会いたい。


 その想いばかりが強まっていくのに、どうしても壁は壊れてくれない。


 ミレンギがアイネに倒されてしまうかも知れない。


 ――いやだ。そんなの絶対にいやだ。


 セリィを助けに来たばかりに返り討ちにあうかもしれない。


 ――いやだ。絶対に、絶対にいやだ。


 ミレンギを守るのは自分だ。

 そのためにセリィは生まれた。それがセリィの義務。


 いや、それ以上にただ……彼の、傍にいたい。


 運命だとか使命だとか、そんな曖昧なものなんてどうでもよくて、ただただ彼と一緒にいたい。


『それは刷り込みのようなものではないの?』


 ユーステラが言った言葉が頭の中に蘇り、反響する。それにあらがうように、セリィは力強くミレンギを思った。


 この気持ちは最初から用意されたものじゃない。確かに最初は何もわからず、義務感ばかりで彼と一緒にいた。それが当然だと思っていた。


 けれど段々ミレンギの人となりを知れた。お腹が空いたらご飯を買ってくれて、でもセリィにいっぱい頼ってくれて、普段はとても優しいのに戦いになると目一杯に頑張って、どんな強敵にも勇ましく立ち向かって。


 そんなミレンギが大好きだ。

 この気持ちばかりは、誰にも作られたものじゃない。セリィが自分で少しずつ蓄えてきたものだと、胸を張って言ってやる。


「……ミレンギ、会いたいよ」


 涙をこぼしてセリィが呟いた時、ふと、自分の服の中に何かが入っていることに気づいた。手を突っ込み、取り出してみる。


 半透明の鏃のような形をしたブローチだ。

 ずっと前、ミレンギに鉱山の町で買ってもらった。


 セリィはそれをずっと肌身はなさず持ち続けていた。ミレンギからの贈り物が嬉しくて、それがあるとずっと彼と一緒にいられるような気がして。首から提げる紐もついているけれど、千切れそうだからずっと服の中にしまっていたのだ。


 取り出したそれを、セリィはぎゅっと握りしめる。


「……ミレンギ」


 そしてそっと唇を触れさせた。

 途端、彼女の目をくらますほどの光がその宝石から漏れ出した。それはセリィが捕らえられている竜結晶の中いっぱいに広がり、温かく抱きしめるようにセリィの体を包み込んでいった。


   ◆


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