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 -12『竜の国』

 大樹の麓はまるで入り組んだ迷路のようだった。


 巨大な根が地表にまで迫り出し、ミレンギたちの行く手を阻む。樹の中心部へ進みたいのに、それのせいで遠回りを強いられていた。


 しかし同時にそれが功を奏している部分もあった。


 大樹の根の間を走り抜ける、ミレンギとファルド兵たち。それを竜が数匹追いかけて来ていたが、彼らの攻撃は散発的だった。


 おそらく大樹は竜の国にとって何より大切なもの。彼らの生命力の源のようなものなのだ。それを傷つけることを躊躇っているのかもしれない。


「好都合ね。このまま進ませてもらいましょう」


 そう言ったラランに続いて他の兵士たちも足を走らせた。


 しかしそれでも開けた場所に出るとすかさず竜も猛攻しかけてくる。ひとたび竜が炎を吐けば、幾人かの兵がそれに呑まれて倒れていく。また別のところでは急降下した竜に身を裂かれ、地を噴き出して倒れる者も出た。


 いつ自分が狙われてもおかしくない恐怖に、だがファルド兵たちは臆することなく立ち向かう。先頭を走るミレンギを守るように広がり、竜の攻撃を引きつけている。


「ミレンギ様、行ってください!」

「どうか英雄の救出を!」

「セリィ様の奪還を!」

「人と竜の新しい未来を、どうか――!」


「ありがとう、みんな」


 ミレンギを庇うようにして少しずつファルド兵が脱落していく。負傷した者を守るために足を止めて陰に隠れる者も。


 少しずつミレンギの側にいる人が減っていった。

 けれどもう少しだ。


 大樹はもう目の前に迫っていた。


 今ではもう、シェスタ、アーセナ、アニュー、ララン、ハロンド、いつもの見知った顔しか残っていない。他のみんなはどうなったかわからない。ユリアのアドバイスを受けて無理に戦わず隠れてくれればいいのだが。


「ミレンギ、あぶない!」


 先走っていたミレンギの横から、大樹の根の合間を縫って一頭の竜が飛び出してきた。それに気づいたアニューはグルウの首元をたたき、全力で走らせた。


 ミレンギに襲いかかる直前、グルウがその竜の首もとに噛みつき押し倒す。一度は地に落としたが、しかし竜はすぐに翼を羽ばたかせグルウをはたき落とす。


「アニュー!」

「大丈夫。ミレンギ、行って」


 果敢に竜へと向かうアニューとグルウ。その注意を引くように竜の足元を駆け回っては、低空に襲い来るそれを自慢の爪で追い払う。


 しかしそれでも、自由自在に空を飛ぶ竜の動きにグルウはやや追いついていない。さらには竜結晶の魔法が襲い、飛来する結晶をかわすので手一杯になっていく。


「私が援護するわ」とラランが道を逸れ、上空の竜に向けて槍を投げる。しかしあっさりとかわされ、竜がラランへと標的を変えて襲いかかろうとしたところを、いつの間にか大樹の根に上っていたハロンドが斧を掲げて飛びかかった。


 竜にしがみつき、ハロンドが斧の刃を突き立てる。軽微な傷は与えられたが、それだけでハロンドは振り落とされてしまった。


「おしいっ。やれる気はしますぜい」

「そうね」

「ん! がんばる!」


 三人で相手をしても敵うかどうかわからない。それでもアニューたちはおくびにも出さず、

精悍な顔つきを浮かべて立ち向かう。


「行ってくだせえ、ミレンギ様。じゃなきゃ俺たちが踏ん張るのも無駄ってもんでさあ」

「……ありがとう、ハロンド」


「素直に託せるようになったんすねえ。こりゃあ、ちゃんと応えないと罰が当たるってもんでさあ。なあ、ラランの嬢ちゃん」

「そうね」

「アニューも、がんばる!」


 強がったような余裕の笑みを浮かべて意気込む三人を残し、ミレンギは大樹への足を進め続けた。


 残るはシェスタとアーセナのみ。

 しかしそんな彼女らも、絶えぬ竜の襲撃にミレンギを庇って動く。アーセナはその巧みな剣捌きで竜の突進をいなし、シェスタは持ち前の身軽さで魔法をかわす的となる。


 いよいよ大樹の根元も近づいたかという頃、一際大きな竜がそこへ至る道を塞いでいた。


「アーセナ」とシェスタが声をかけ、走る速度もゆるめず竜へと駆け抜ける。


「わかった」と追従したアーセナも剣を構えてミレンギの前へと躍り出る。


 待ちかまえた竜が炎を吐く。

 シェスタたちはそれを左右に分かれてかわし、竜の意識を分散させた。


 シェスタが速度を僅かにゆるめ、アーセナが片側から迫る。かと予想し竜がアーセナに向けて身構えるが、咄嗟に加速したシェスタが一気にもう片方の側へと詰め寄った。


 空いた巨獣の脇腹に、シェスタの渾身の殴打が炸裂する。勢いを乗せて精一杯振り抜かれたそれは、竜の身を大きくよろめかせた。しかしそれだけだ。倒れはせず、攻撃後の隙だらけであるシェスタへと爪を剥く。それをシェスタが咄嗟に庇い、刀身で受け流した。


「ありがと」

「かまわない」


 短く言葉を交差させ、再び竜へと向き直る。


 さすがの竜だけあって、二人がかりでも倒せる気配が窺えない。しかしそれでも二人は挑む。


「あたしたちが引きつけてる間にさっさと行きなさい、ミレンギ」

「おそらくもう近い。すさまじい力を私ですら肌身に感じてる。大樹はきっとすぐそこだ」


 ミレンギを進ませるため、少女たちは臆さない。


 ――全ては愛する彼のため。


「でも二人じゃ勝てないよ」


 思わず心配して足を止めようとしてしまったミレンギに、アーセナは不敵に笑みを浮かべる。


「なに、勝つ気はない」

「でも負ける気もない。そうでしょ?」


 背を預け、得意げに返したシェスタにアーセナはふっと口元を持ち上げた。


「そうだな」と。


「行って、ミレンギ!」

「行け、ミレンギ!」


 重なった二人の声に押され、ミレンギは足を止めずに突き進んだ。


 竜の脇を通り過ぎる。それを阻止しようと竜は動いたが、すかさずアーセナが切りかかり、翼を切り裂いた。竜の悲鳴が上がった直後、今度はシェスタが竜の体を駆け上がり、頭部を直接殴る。


 さすがに堪えたのか、竜の動きが少しの間弱まった。


「ありがとう、二人とも」


 シェスタとアーセナによって開かれた道を、ミレンギはひたすらに走りぬけた。


 一人になった。

 けれど孤独ではない。

 託されたたくさんの人の想いと共に走っているから。


 目的地は目前である。


「セリィィィィィィ!」


 彼女の姿を追い求めるように、ミレンギは力の限り、大切な竜の名を叫んだ。


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