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 -11『出立』

 大綱と鉄の鎖を繋いだユリアによって、飛竜船はゆっくりと浮かび上がった。


 ミレンギたちを含めた八十前後の兵たちは、甲板の縁や船内の柱に掴み寄り、慣れない浮遊感に足をと惑わせていた。船の貯蔵庫にはグルウが収まっており、アニューたちもその体毛にしがみついて目を瞑っていた。


 一抹の怖さがあるのだろう。

 空を飛ぶなんて初めてだろうから不思議でもない反応だ。


 真下のテストでは、ノークレンが手を振って見送っている姿が窺える。さすがに竜の国となると危険すぎると考え、彼女はここで後方からの指示に徹することとなった。


「あとは任せましたわよ、ミレンギ!」

「ちゃんと帰るんだよー、王子くんー!」


 手を振って見送るノークレンとミケット、それにチョトス候やテストの住人たちを見下ろしながら、飛竜船はやがて天高くへと羽ばたいていった。


「ただでさえ老体じゃ。そう長くは飛べぬ。急ぐ故にしっかりと掴まっておくのじゃぞ」


 そう、ユリアが翼を大きく広げ、その巨躯にはひどく不似合いな可愛らしい声で言う。


「十分だよ、ありがとう。でも無理はしないでね」

「力も少なくろくに戦うことはできぬが、せめてこれくらいはさせてほしいのじゃ」


 飛竜船は雲間に隠れるようにしてルーン本土へ向けて飛び立った。ついさっきまでテストが近くにあったはずなのに、目くるめく景色は移り変わり、気付けばもう米粒のように遠ざかっている。


「始祖竜様の送迎つきとは、なんとも豪華な出立じゃねえですかい」


 がははっ、とハロンドがふざけ半分に笑っていたが、ふと掴んだ柱から手を滑らせ、強風を受けた体を支えられず吹き飛ばされそうになる。大慌てで端材にしがみつき、「の、乗り心地はなんともだが……」と顔を青ざめさせていた。


 飛竜船は恐ろしい速さで空を裂き、突き進んだ。


 いくつかの町と山脈を通り過ぎ、小一時間ほど飛び続けた末に、簡易な城壁で囲まれた大きな町が見えてきた。ルーンの首都クシャンテだ。竜の国と繋がっているというそこはさすがに監視の目が厳しく、迫るユリアに気付いて数匹の竜を飛び立たせていた。


「相手はしてられん。このまま突っ込むのじゃ」


 ユリアの言葉に、乗船した全員が覚悟を決めて頷く。


 クシャンテから飛来した竜はユリアへと近づくと、竜結晶の魔法を放ったり、牙や爪を突き立てようと襲い掛かってきた。それをユリアは降下する勢いで更に速度を上げて彼らを置き去り、そのままクシャンテの後方、岩肌のめくれた高い山が並び立つ峡谷へと入り込んだ。


 入り組んだ谷間を抜けていく。その谷から少しでも顔を出せば、後を追ってくる竜に背中を魔法で焼かれかねない状況だった。実際、曲がりくねってかすかに翼が出たところを狙って激しい魔法が頭上を通り過ぎていった。


 やがて峡谷も突き当たりが訪れる。しかしそれでもユリアは高度を上げず、速度もそのままに突き進む。前方の壁にぶつかるのではとミレンギたちが息を呑んだ瞬間、彼女が小さくなにやら呪文を唱える。すると壁に魔法陣が浮かび上がった。その魔法陣の中央はまるで万物を吸い込む口であるかのように大きく、深さが見えないほどの漆黒を纏っていた。


「あれが、竜の国の入り口?」


 ミレンギの予想に返答を待たずして、ユリアはその魔方陣へと飛竜船もろとも突入したのだった。


 きゃあっ、とシェスタかラランの悲鳴が聞こえ、視界が一瞬だけ真っ暗になる。しかしそれもすぐに明らむと、目の前には緑豊かな森が現れた。


「さっきまで岩肌の多い峡谷だったのに」

「魔法で偽装しておるのじゃ。枯れた土地には人は近寄らん。そうやって竜は人間たちから姿を隠して生きてきたのじゃ。何十年、何百年とな」


 これほどの完璧な偽装となれば人間が長年気づかないのも不思議ではない。肌に感じていた砂埃も、ここに入った瞬間に清涼な空気に包まれて感じなくなっていた。


 ――竜の国。


 そこに入ってすぐにミレンギたちの目を奪ったのは、遠くにそびえ立つ巨大な樹木だった。青くかすむほど遠いはずのそれが、まるで眼前に迫るかのように巨大に立っている。


「……あれが、悠久の大樹」


 英雄アーケリヒトが囚われているという樹。


 神々しく光を放つその大樹へと、ユリアは一直線で向かっていった。


「あそこは竜の国の心臓部。セリィと赤竜がおるならそこじゃろう」

「アーケリヒトもね」

「……うむ」


 どちらも必ず連れ帰ると決めたのだ。そのためには赤竜すらも打ち倒してやると、ミレンギは強く意気込む。


 しばらくして大樹の根元へたどり着き、ユリアは飛竜船を深々とした森に不時着させた。それと同時に彼女の竜の姿が消え、人に戻った体が空中で放り出された。


 ミレンギはそれに気づき、着陸した衝撃もかまわず地面に飛び降り、落下するユリアの小さな体を受けとめた。


「大丈夫?!」

「すまぬ。思ったよりもぎりぎりだったようじゃ」

「竜はただでさえ力を使うのが大変なんでしょ。ここまで連れてきてくれただけでも感謝してるよ」


 荒く肩で息をしているユリアに、ミレンギは心強く微笑んだ。


「アーケリヒトのことは任せて。だってボクは、あの英雄の子供なんだから」

「……ふふっ。無鉄砲なところはよく似ておる」

「そうなの?」

「あやつも、身の程も知らず戦争を終わらせて世界を救うとよく言っておったものじゃ」


 そして英雄は、それをやり遂げてみせたのだ。彼が英雄と言われる所以。


 ならばミレンギはどうか。


 英雄になりたいとは特に思わない。そんな大それた立場なんかじゃなくていい。けれども自分の大切な人を救いたい。そのためだったらなんだってやる。


 そんな強い覚悟だけは、例え英雄にだって負けるつもりはない。


「アーケリヒトも、こんな気持ちだったのかな」

「こんな?」

「大切な竜に、すごく会いたくて仕方ない、って」


 ミレンギが呟くように言うと、ユリアはそれを聞き、そして嬉しそうに笑んだ。


「そうじゃったらよいな」と。


「ミレンギ、竜が来たわ!」


 船から下りたシェスタが上空を指して言った。いつの間にか数匹の竜が青い空を背に飛んでいる。さすがに膝元となれば簡単には通してくれないというわけか。


「ユリア様の護衛を。それ以外はボクと共に大樹に向かう!」


 ミレンギの言にファルド兵たちは頷きで応え、迅速に行動に移していった。


「――ミレンギ。頼んだぞ」


 力なくうなだれたままそう呟いたユリアに、力強く頷き、他の兵へと彼女を託した。


「任せて!」


 その返事は無邪気な子供のように明るかった。まるで死地に赴くとは到底思えないほどの。


 それだけミレンギは信じている。

 セリィたちを助けだし、帰れることを。


 例えどんな困難が目の前に立ちはだかったとしても、決して臆することはなく打ち勝ってみせると、そう決意するように。


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