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 -10『空を駆る』

 決戦の日がやってきた。

 ミレンギたちファルド軍は一斉に乗船し、ルーン側への渡河を開始した。


 兵士たちに、前夜までの賑やかな軽さはない。皆、それぞれに厳粛な面持ちを浮かべ、目の前に迫る戦いに向けて心を引き締めていた。


 こうしてファルド軍は河川を跨ぎ、ルーン本土へと上陸した。


 竜の国への入り口があるというルーンの首都クシャンテに直線距離で最も近いアマルテ大橋付近には、ハーネリウス候の率いる大部隊が。その南方にはニーグス候が取り纏めている部隊が、ファルドへ竜が抜けるのを警戒して防ぎ立つ。


 上陸直後、中央部隊が街道を進んで一気にルーン内部へと侵攻を始めた。


「竜人は力の消耗が激しいのじゃ。それに数もそう多くはない。もし竜がおれば距離をとって浪費させればよい。注意を惹けるだけで奴らは勝手に力を浪費する」


 そう言ったユリアの助言を元に、中央部隊は大胆に、それでいて決して踏み込みすぎないように前線を探りながら進軍していった。


 やがて竜の支配下に置かれた町へとたどり着き、交戦が始まった。大空を翔る数匹の竜を相手に、ファルドの大軍団が迎え撃つ。


 灼熱の炎。鋭い烈風。そして竜の結晶。

 様々な魔法がファルド軍を襲う。翼を持った怪物を前に、しかしファルド兵は怯むことなく応戦する。集中して攻撃を受けぬよう分散し、弓兵と、火球などの攻撃魔法を行える魔法兵を散開させて配置。複数個所からの放射によって打ち落とそうと試みる。


 それでも多くの兵が焼き払われ、時間を重ねるごとに犠牲者が増えていく。


「無理に相手をするな。竜が向かってくるならば構わず退くのだ。岩陰や窪みに隠れろ」


 ハーネリウス候の指示が前線の隅々にまで伝えられ、竜は仕留められずとも、被害も最小限という一進一退の攻防が繰り広げられていた。


 まるで力の差のある怪物を前に、彼らはよく戦っている方だ。それもミレンギやノークレンの鼓舞あってこその士気だろう。


 この一戦こそがファルドの未来がかかっている。

 その自覚の元、兵士たちは恐れを猛りに変えて戦場を駆ける。


 時間が経てば、消耗した竜が退く。そして新しい竜が入れ替わり現れる。竜の国から多くの竜がこの地に集まっている証拠だろう。囮という役割は十二分に果たせていた。


 ――そんな激しさの乱れる戦場の様子を、未だテストに残っていたミレンギは駆けつけた伝令から耳にした。


「みんなが頑張ってくれてるんだね」


 途方もないような戦いに恐れずに立ち向かってくれている。そんな彼らのためにも頑張らなければならないと、ミレンギは心を奮い立たせた。


「いやー、気合入ってるねー」と、ふと声をかけられた。


 ミケットだ。

 昨晩の宴の酒などの準備に走り回ってくれた彼女は、腰元の小さな鞄に大量のお金をつめて幸せそうな顔を浮かべていた。


「みんなのおかげで一儲けさせてもらったよー。ノークレン様が一杯払ってくれたんだー」

「そ、そっか……それはよかったね」


 緊迫した戦いが始まったとは思えないほど明るい声に、拍子抜けた風にミレンギは苦笑する。


「あ、王子くん。キミからの支払いはまだあるからねー。忘れてないからねー」

「わ、わかってるよ。ちょっと待って」

「忘れないでよねー。ちゃんと払うこと。払わずに死んだら呪ってやるんだー」

「あははっ。気をつけるよ」


 どこまでも明るい彼女の調子に、ミレンギの引き締まった顔つきも自然と緩んでしまっていた。どうにも調子が狂う。


「だから……ちゃんと戻ってくること。いいねー?」

「うん」


 それはミケットなりの気遣いだったのかもしれない。人一倍明るい彼女らしいといえば彼女らしい。


 きっとセリィもまたミケットに会いたがることだろう。いや、それよりも美味しい物を食べたいと言ってくるだろうか。休日にはシェスタやアニューも誘って、また一緒に買い物をして、路端の商人たちを巡って食べ歩くというのもいいかもしれない。彼女たちに似合う服を選ぶのもいい。セリィはあまり服を持たないから、女の子らしくさせるいい機会だ。シェスタもきっと喜んで協力してくれるし、それならラランも見立てがいいから手伝ってもらおう。


 戦いが終わったらやりたいことがありすぎる。楽しみでもあり、本当にそれができるのかと怖くもあった。でも、どちらかというと楽しみが勝っている。


 それも全て、セリィがいてくれるから。


「ありがとう、ミケット。必ず戻ってくるよ」

「当然だよー」


 セリィをつれて戻ってくる。絶対にだ。


「それでミケット。竜の国に行く秘策があるって聞いたんだけど」


 そうユリアに教えられ、ミレンギたちは港へと集まっている最中だ。ミレンギに言われたミケットは思い出した風に胸の前で拍手を打ち、てへっ、と舌を出しておとけてみせた。


 やはり、どこまでも締まらない少女である。


「そうだったそうだったー。えへへん。とっておきを用意してあるよー」


 じゃじゃーん、と快活に声を上げて、ミケットが港に並ぶ船のうちの一隻を指し示した。


「なによこれ」と思わずシェスタが小首を傾げてしまうそれは、まさしく風貌こそ大きな船ではあったが、帆も、柱すらもないただただ平たい甲板を持った木造船であった。


 他に集まったラランやハロンド、ファルド兵たちもこぞって目を丸くしている。


 これではどうやって水上を進むというのか。

 そんな誰しもの疑問に先んじて、ミケットがお茶目に笑って言葉を返す。


「だいじょーぶ。ちゃんと立派な船だよー。ただし、浮かぶのは水じゃなくて空だけどねー」

「え? それって――」


 ミレンギが聞き返そうとした矢先、頭上を巨大な影が通った。その影は平坦な船の上で動きを止めて漂う。その頭上を通り過ぎた影が竜の姿をしたユリアであると、ミレンギたちはすぐに気付いた。


 平坦の船の上。

 その船から、気付けば左右に四本の太い綱が繋がれており、それを竜の巨大な四肢で纏めあげる。


「竜によって空を漕ぐ船。名付けて飛竜船さ」


 そう得意げに言ったミケットに、ミレンギたちは度肝を抜かれて目を見開いていた。


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