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 -9 『決戦前夜……アーセナ』

 シェスタのいた部屋を出て自分用に宛がわれた別室へと向かうと、扉の前でアーセナが待っていた。明かりもなく、窓から差す月光だけに照らされた彼女は、陶磁器のように綺麗な肌を浮かび上がらせていた。


 武人にしては肉付きも少なく思えるその体は、彫刻を象ったように綺麗な流線を描いている。赤い髪を揺らして顔を持ち上げると、ミレンギに気付いて口許を緩めた。


「どうしたの、アーセナさん」

「いや、なに。少し話をしたいと思ってな」

「そうなんだ。じゃあ中に入ってよ。こんなところで話すものなんだし」

「ありがとう。お邪魔するよ」


 ミレンギに誘われてアーセナはミレンギの部屋へと入り、そこで椅子に腰掛けた。


 改まってなんだろうかとミレンギがそわそわしていると、アーセナはしばらく賑やかに明るんだ窓の外を眺め、それからおもむろに口を開いた。


「不思議なものだ。今、私がこうしてここにいるなんて」

「アーセナさん?」

「つい少し前までは、クレストの元で王都を守る置き飾りだったというのに。気付けば一度は剣を下ろし、そうして今は竜を相手に戦おうとしている。人生とは、どうなるかわからないものだ」


「そうだね」

「クレストに不信を抱き、グランゼオスに背中を斬られ、一度は自分に絶望した気分だった。なんのために剣を振るっているのかと、自分の存在意義を見失いかけた。けれど本当に信じるべきものを見つけ、そこから這い上がることができた。ミレンギたちには感謝の気持ちしかない」


「それはアーセナさんの心が強かったからだよ。本当に、本心からファルドのためを思って動いてたからだ。ボクたちはあまり関係がない」

「いいや。けれども貴方に影響されたのは確かだ。私と相対しても揺るがぬその強き意思。思えば、あの時点私はミレンギに負けるべくして負けたのだと、そう思える」


 クレストはガセフとは違い好戦的ではなかった。

 しかし保守的過ぎた点では血の気の多い人間ではあった。


 ミレンギがシドルドで警ら隊に襲われた時、そして逃げた山奥の集落での蛮行からわかるように、体制を維持するためならばどんな非道にも目を瞑りかねない悪逆性があった。


 今のアーセナもまた王属騎士団という立場に戻りはした。戦時のいざこざで役職はうやむやとなっているが、多くの部隊をアーセナが指揮し、彼女に信の厚い赤色魔道部隊も率いていることから、実質的に騎士団長相当と言えるだろう。


 そんなアーセナの姿が以前よりも背筋立って見えるのは、騎士団長補佐から躍進したからというわけではない。ミレンギと出会い、ノークレンと出会い、彼女の本当に使えるべき主君と信じる道を得られたことが、なによりの大きな理由であった。


「だから改めて私は言いたいんだ。こんな今だからこそ」


 アーセナが席を立ち、ミレンギの前に歩み出る。そして深く頭を下げさせた。


「ありがとう、ミレンギ。キミがいてくれて」

「そんな……畏まらなくても」

「いや、なんだ……」


 アーセナの顔が気恥ずかしそうにわずかに斜めへ逸れた。


「私はこういう堅苦しい伝え方しかできないんだ。その、ごく普通の女の子として暮らしたことがないものだから。ずっと、男性を異性として気にかけることがなかったから、うまい接し方もわからなくて……」


 そうやや上擦って彼女は言うが、照れくさそうに鼻をかき、ほんのり頬を赤らめているその姿はまさしく少女然としていて、つい見惚れてしまいそうになるほど魅力的だった。


「あ、明日の侵攻作戦には私もミレンギに同行する。ノークレン様からの直々の命令だ。なんとしてでも守るように、と」

「そうなんだ。それは心強いよ」


「けれど私にも悔しいが限度がある。竜との戦いとなれば、どうしてもミレンギ任せになってしまうところもあるだろう」

「それはまあ、仕方がないね」


「けれど降りかかる火の粉は可能な限り払って見せる。だから、安心してセリィたちを助け出すことにだけ集中して欲しい」

「……うん!」


 力強く言ってくれたアーセナに、ミレンギはにっこりと微笑んで頷いた。


 騎士団長補佐として戦い、今は頼もしい味方になってくれているアーセナ。なんだかんだで彼女との因縁も深いものだ。ミレンギが成人して運命を背負わされたあの日から関わり続けているのだから。


 そう思うと、アーセナも今のミレンギを作り上げている要素の一つだな、とミレンギもまた感じていた。


 ファルドのためという揺るがない信念。歳もほとんど変わらないはずなのにずっと年上の大先輩のような風格を感じていた。


 そんな少女も今はミレンギの頼もしい味方である。


 元々敵だったアーセナ。

 いや、彼女だけじゃない。


 迫害されて人間を嫌っていた耳長族。山里に隠れ住んでいたフィーミアの民。そんな彼らとも今は手を結べている。


 遺恨がないわけではないだろう。

 しかし、今は確かに、同じ方向を向いて進めているのだ。


 人類はそこからきっと、良い方向に進めるはず。戦争で争いあう愚かさを知り、共に協力して手を取り合える可能性を知った今だからこそ。


 ――竜とだってきっと分かり合える。同じ時を過ごせるはずだ。ボクたちとセリィのように。


 そう、ミレンギは強く想いを馳せた。


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