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 -4 『竜の侵攻』

 急遽、ユリアやハーネリウス、その他ファルドの重鎮を集めた会議が開かれた。


 内容は、竜の国によるルーンへの襲撃。

 それは夜中に奇襲をかけておこなわれ、統治体制の未だ整っていないルーンの町々を悉く襲い、支配下に置いていったのだという。


 それが判明した今となっては、二国を隔てる大きな川の近くまでその勢力を伸ばしているという話だ。やがて川の縁にまで到達するのも時間の問題だろう。


「この手際のよさ。最初から、ミレンギ様が勝とうがガセフが勝とうが、力ずくで人間を支配しようとしていたようだな」


 そう深刻そうに語るハーネリウスに、ミレンギは頷いた。


 アイネ――赤竜はガセフの魂胆を見抜いていたと言っていた。従順に見せかけて最後には牙を向けるであろうことも予測していたのだ。そうであれば、ガセフもろともルーンを食らう用意をしていてもおかしくはない。


 ようやく訪れた束の間の平和。しかしミレンギの心配も空しく、否が応にもファルドは再びの戦乱に巻き込まれてしまうこととなった。


 まだこの事実は政府関係者の一部にしか知られていないが、噂と言うものは自然と走っていくものだ。知れ渡るのもすぐだろう。


 戦が続けば国の疲労も顕著になる。民衆の不満も高まるし、せっかく一つになろうとしたファルドがまた瓦解してしまう恐れもある。今でも今回のファルドとルーンの抗争の外で、混乱に乗じた野盗などが多く出ているという。


「けれどこのまま大人しく征服されるつもりはありませんわ」


 そう強く言い出たはノークレンだった。


 戦後処理の書類整理や王国軍への指示。この数日で初めて王らしい雑務を王城にてこなしていた彼女は、すっかり王としての落ち着きと風格を得て板につき始めている。もはや彼女の堂々さをただの小娘と笑う者も少ないだろう。


 そんな彼女に、ユリアの付き添いで来ていたミケットが問うた。


「いいのー? 相手は竜だよ。王女様は竜を信仰してるんでしょー?」

「わたくしが信ずるは心優しき竜。その強く力で人を支え、そして人も強き信仰で竜を讃える。相互の関係を尊しとしたものですわ。そう、ユリア様のように」


 目を向けられたユリアは照れたように苦笑する。


「わらわはアーケリヒトという欲を満たすために自分勝手に動いておっただけじゃ。何も慕われるほどではないよ」


「いいえ。わたくしたちが信じるのは力をかざして蹂躙しようとする恐竜ではない。このファルドを纏めてくださったユリア様ですわ。そして、その竜神様がつくってくださったファルドも。だから、それを守るためならば、わたくしたちは竜を相手でも剣を取る覚悟ですわ」


 信仰の対象である竜と、襲ってくる竜は違う。そう彼女の中で分別がついているのだろう。故に、たとえ竜の国がこのまま侵攻してきても降るつもりはないようだ。


「それはきっと、このファルドに生きる者ならばみんな思うことですわ」


 力強く言うノークレンに、ミレンギは安心した思いで耳を傾けていた。


 ノークレンは生まれながらの王ではない。

 偽装され王として育てられはしたが、庶民と共に暮らし、共に協会に足を運んでいた。


 だからこその同じ目線。

 民草の想いをよく知っている。


 そんな彼女の肯定的な言葉が、ミレンギに背中を押すように突き刺さる。


「――あのさ。ボクの勝手なことを言っていいかな」


 ミレンギはふと、一歩前に出て口を開いた。


 全員の注目が集まった。ノークレンの警護で控えていたアーセナすら注意深く見つめ、ミレンギの次の言葉を沈黙によって促した。


「竜の国の目的ってやっぱりボクだと思うんだ。アーケリヒトに代わる苗床としてボクを捕らえることが何より求めてることなんだと思う。今回の侵攻も、ボクに時間を与えさせないための脅しのようなものじゃないかって思うんだ」


「おそらくそうですわね」とノークレンが冷静に頷いた。


「だからボクが身を捧げれば誰も傷つかずに済む。誰の命も失わずに、せっかく手に入れた平和を保ち続けることができる」


「そうなりますわね」とまたノークレンが平然と首を立てに振る。


「けど……ボクはイヤだ」

「でしょうね」

「セリィを助けに行きたい。そして、ここに一緒に戻ってきたい」

「ええ」


 力強いノークレンの頷きと共に、同席していた他の皆も口許を緩めてミレンギを見やる。


「当然ですわ。セリィはミレンギにとって大切な家族ですものね」

「ノークレン様の言う通り。それに彼女はミレンギを助け、ファルドをここまで導いてくれた。そんな恩人を囚われのままで見過ごせはずがない」


 ノークレンとアーセナも同意してくれる。

 ミレンギをずっと陰で支えてくれていたハーネリウス候も、ミレンギと目を合わせると優しく微笑んでくれた。


「ミレンギ様にはこれまで多くのことを強いてしまった。これからは好きになされるといい。貴方の些細な我侭にも、私たちは本気で付き合いましょう」

「ありがとうございます、ハーネリウスさん」


「まったく。皆、ミレンギには随分と甘いのお」


 一人、同調して頷くことなく傍聴していたユリアは、嘆息を漏らして肩をすくめた。そんな彼女の横腹を、こそりと近づいたミケットが悪戯に突く。ひゃっ、と乙女のような可愛い悲鳴が漏れ、ユリアの顔はたちまち怒りに赤くなった。


「これ、ミケット!」

「一番王子くんを助けたいのはおばば様の癖にー。おばば様も、大事な大事な大英雄様と可愛い愛娘のことが心配だもんね?」

「う、うるさいのじゃ、このたわけ。何を言うか」


 今度は気恥ずかしさに顔を紅潮させ、ユリアはミケットの口を塞ぐように、指で両頬を摘んでやり返していた。


 そんな二人の様子はとても微笑ましくて、ユリアが始祖竜と呼ばれるような偉大な竜であることを忘れるようだった。


 ミレンギはそれを少し嬉しく思った。

 人間も竜も、差異のない対等な交流ができるのだと証しているようだったから。


 こほん、とユリアが咳払いをして表情を引き締め向き直る。


「おぬしらの覚悟はよくわかった。ならばわらわも吐露するのじゃ」


 赤き瞳をミレンギに見定め、彼女は小さく頭を下げる。


「どうかアーケリヒトを救い出して欲しいのじゃ。そして、セリィも。どうか……頼む」


 改めて畏まったユリアにノークレンたちは微笑ましそうに頷き返す。


「すまぬ……苦労をかける……」

「いいえ、ユリア様」

「ミレンギ」


「ボクたちはずっと、ユリア様やアーケリヒトが作った平和の上に胡坐をかいてきたんです。これまでの恩返しと思えば、まだまだ物足りないくらいですよ」


「その通りですわ」とノークレンが快活に頷いた。


「竜の国は、ルーンの暫定首都である町――クシャンテ。そのすぐ近くにある魔法の結界から入ることができる。ルーンが分裂後、首都ハンセルクを得ようとせず東へと去ったのも、竜の国がそこから繋がると知ったからじゃろう」


 だから竜の国の侵攻も最初にルーンを覆っているわけだ。やがて彼らの手はファルド側にまで及んでくることだろう。


「それじゃあひとまずの問題は、これからどうやって竜の国に行くかだね。アマルテ大橋も壊れちゃってるし。でも他の港町が使えるかどうか」


 ルーン侵攻などの折に、ルーンへ寝返ったりなどした港町はいろいろと混乱が生じていたと聞いていた。まともに兵を渡せる船があるかもわからないし、


「それがですね、ミレンギ様」


 話を纏めようとしてミレンギに、ハーネリウス候が懐から箱に入った書簡を取り出した。


「つい先ほど、早馬で書状が届きました」


 そうハーネリウスに手渡された文を読んで、ミレンギは思わず目頭を熱くさせた。


『我ら、今も愛する我が国を守る心は絶えず。その信心、その生涯を賭して貫かん。皆、兜を被りて兵を装い、猛りのごとき立ち向かうこと、全てはファルドの志のため。幾数の民は倒れどファルドは倒れず。故にまた、共に栄光の杯を交わさん。この、テストの地にて――チョトス=エルザール』


「……チョトスさん! すごい、無事だったんだ!」

「どうやらルーンの本隊は王都制圧に重きを置いていたようで。散発的な襲撃はあったものの、篭城によってどうにか持ち堪えていたようです。戦争終了の報せを知り、こうして文をよこしたようで」


 それは予想外の吉報だ。

 この畏まった内容を見るに被害こそ多かったようだが、いまだにテストの町は存続しているらしい。


「チョトス候の領地には漁船なども多くあります。損傷した他の港町のものとを掻き集めれば、我々の軍を渡河させるに足る数になるかと」


 そう冷静に判断するハーネリウスの言葉に、ミレンギはただただ嬉しさを覚えた。


 全てが前向きに進んでいる。

 そんな流れがミレンギたちを後押ししている気がした。


 きっとうまくいく。

 竜の伝承で語られたような、悲運な別れを繰り返させない


 ユリアによって語られた史実は悲劇だった。


 またそうなるかもしれない。

 そんなユリアの不安を払拭し、ミレンギたちは前に進む。


 セリィを取り戻す。

 そしてアーケリヒトも奪還する。


 ミレンギの我侭にみんなが応えてくれている。


 もう流されるだけのミレンギではない。

 自分の本当に進みたい道を、導きたい道を見つけ出し、そこに向かって一途に進めるのだ。


 絶対にやり遂げる。

 そう心に決めたミレンギは、もう一つ、みんなに提案をすることにした。


「――あの、ちょっといいかな」


 恐る恐る紡がれた言葉に、そこにいた誰もが不快な顔を一つも見せず、静かに耳を傾けてくれたのだった。


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