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 -3 『お見舞い』

「へえ、そうなんだ」


 まるで興味もなさそうな声でシャスタが言った。


 聖堂での一件。

 ユリアたちと別れたミレンギは、一人、シェスタのお見舞いのために城下町の病院へと訪れていた。そこで個室の病床に腰掛けていたシェスタは、包帯を巻いた腕を窓枠に肘かけて興味もなさそうに答えていた。


「あの、それだけ?」

「英雄の子供だったからってなに? 特別扱いして欲しいの?」

「え、いや。そういう訳じゃ」


 ユリアから教えてもらった英雄アーケリヒトとミレンギの関係。自分でも驚きばかりであるそれをたまらずシェスタに話してみたのだが、彼女の反応は想像以上に淡白だった。


 その方が予想外すぎて、ミレンギも思わず呆気にとられてしまったくらいだ。


「だってビックリするじゃないか。ボクがあの英雄の子供だよ」

「へえ、そう」

「……本当に驚かないんだね」


 だんだんと自分の反応がただ大袈裟すぎるのかとすら疑問に思えてくる。


「それがなにかあるの?」


 シェスタはさも当然だといった風に言ってきた。


「ミレンギはミレンギでしょ。なに? 英雄の息子だからって敬えって? 人が変わったって?」

「え、いや。そういうわけじゃ」

「だったらいいじゃない」


 端的に、迷いなくシェスタは言う。


「どんな境遇だろうとミレンギはミレンギ。あたしがよく知ってるあんたじゃない。それに何の変わりはないわ。そうでしょ?」

「……シェスタ」


 思わずミレンギの口角が持ち上がり、ふっと笑い声を漏らした。それに不満を持ったのかシェスタの頬が丸く膨らむ。


「何笑ってるのよ」

「いや、シェスタらしいなって思ってさ」

「なによそれ。何も考えてないっていいたいの?」

「褒めてるんだよ」


「本当に?」とシェスタは疑ったように唇を尖らせていたが、すぐに口角を持ち上げてふふっと笑った。


「これからノークレンやハーネリウスさんたちにも言ってこようと思う。きっと今頃戦争の事後処理に追われて大変だろうけど」

「というか、普通はそっちに言うのが先でしょ」

「確かに。でも、その前に誰かに漏らしたくて」


「それで、見舞いのついでに来たってわけ?」

「ついでじゃないよ。最初に思い浮かんだのがシェスタだったんだ」


 ふと、シェスタの顔がほんのり赤く染まり、窓の方へそっぽ向いてしまった。


「……そ、そう。まあ悪い気分じゃないわね」


 そう言うシェスタの声は少し上擦っていて、機嫌がよさそうなのだとすぐにわかった。


「アニューの調子はどう?」

「あの子は怪我も少なかったから、手当てだけ受けてもう帰ってるわよ」

「そっか、よかった。なかなか来れなかったから心配してたんだ」


「手狭な王都の兵舎じゃグルウが入れないからって、ラランが空き家になった広い家を借りたみたい。そこに引っ越す準備をしてるって聞いたわ」

「そうなんだ。ボクも手伝いに行ったほうがいいかな」


「力仕事はハロンドがいるし大丈夫よ。普段は酒しか飲まないけど置き地蔵だけど、手伝いくらいはしてくれるでしょ。何よりミレンギ、あんたには先にやるべきことがあるでしょ?」


 シェスタにびしっと指を差された。


「適材適所。あんたのやるべきことをまずやりなさい!」

「う、うん」


 行ってこい、と強く背中を押されるようにミレンギは病室の外へと出た。


「――まったく。あたしがいないとまだまだ頼りないんだから」と微笑むシェスタの声が、廊下へと出たミレンギにも微かに届いていた。


 グランゼオスを倒したって、ガセフを倒したって、やっぱりシェスタには敵いそうにない。なにかあったらすぐに怒ってきて、けれど落ち込んだらいつもミレンギを助けてくれる、頼りになる双子の姉。義理の関係だけど、本当に大切で、かけがえのない女の子だと、ミレンギは彼女の存在に深く感謝した。


 終戦直後というせいもあり人の多い病院の廊下を歩く。今回の戦いで負傷した人がほとんどだ。そんな彼らを見舞いに来る家族や恋人たちの往来で賑わいをみせている。


 ふと立ち止まり、ミレンギは廊下の窓から差し込む日差しに目を向けた。


 穏やかで心地いい暖かさが体を温めてくれる。廊下を走る子供のはしゃぎ声と、それを諌める母親の叱り声。流れる時間はとてもゆっくりで、ついこの間までの戦いの日々が嘘のようだ。


 ずっとこのまま、静かな時間を守り続けることだって出来る。ひとまず終わった戦争だ。長い時間をかけてようやく手に入れたそれを、ミレンギはまた手放そうとしている。


 国民はミレンギを責めるだろうか。再びの戦火へと誘うことを。


「……セリィ」


 遠く見える、青く澄んだ空の向こう。そのどこかにいるはずの少女の姿を思い浮かべながら、ミレンギは感傷に浸るように眺め続けていた。


 そんなミレンギ元に、


「ミレンギ様!」


 一層大きな声を携えた軽装鎧の兵士が駆け寄ってくる。もともとアドミルの光にいた顔なじみの青年だ。息を切らして激しく肩を上下させた彼は、唾を飲み込んで息を整えると、緊迫した顔でこう言った。


「ルーンが竜に侵攻されました!」

「ええっ?!」


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