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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 4章 『竜の伝承』
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 -20『赤竜』

「どうしてアイネがここに……?」


 さすがの疲労に息を荒くしながら、ミレンギは突然現れた自軍の軍師へと疑問を投げかけた。


 彼がここにやってくるなんて聞いてはいない。ミレンギにも知らされていない作戦か何かだというのだろうか。


 不審の思いで彼を見やっていると、アイネは短く嘆息をついた。


「二人の戦いを見守っていたんですよ。どちらが勝つかと思いまして」

「そのためにこんなところまで?」

「ええ。二人のどちらがより強いのか、この目で確かめるために」


 にたりとほくそ笑んだアイネにミレンギは不気味さを感じて寒気を覚えた。この熾烈を極める戦場にはひどく不似合いな軽い笑顔と、鎧や武器すらない軽装ぶり。しかしそうにも関わらず、彼にはどこか近づきがたい重苦しさがあった。


 まるでミレンギの知っているアイネではない。知恵は働くけれど、童顔で女の子のような愛らしさのある彼ではない。その容姿と声はそのままに、静かに凍てつくような鋭さを感じさせた。


「まったく。碧竜がいるのにこの体たらくですか。ガセフという男も思っていたほどではなかったようですね」

「貴様っ!」


 ガセフがアイネへと切りかかる。あどけない顔の少年に向けて鋭い剣先を振り下ろした。


 しかしその剣はアイネに届くことはなかった。僅かも動かないアイネの眼前に、やや赤みがかった、薄い結晶でできたような壁が形成されてそれを弾いた。


「まあ予想通りではありましたよ。だからこそ僕は始祖竜にも手を貸したのだし」


 涼しい声で眉一つ動かさないアイネに、ガセフはいきり立った形相で再び剣を振るう。しかしその悉くを薄い結晶によって阻まれる。


 しかしそれでも止めず、一途に剣劇を繰り返す。


「ぐおおおおおおおっ!」


 十数回という頃、ついに薄い結晶にひびが入り、ガセフの剣がその障壁を突き破った。その剣先がアイネの顔をかすめる。しかし、それでもアイネの表情は一切崩れなかった。


「驚いたな。薄いとはいえエルドラドの結晶を貫いてくるとは。それも竜の加護もなしに。でもまあ、それまで」


 アイネの手がゆっくりと持ち上がる。そしてくいっと指先をガセフへと向けると、どこからか槍のような半透明の結晶が数本降り注ぎ、ガセフの体を無惨に貫いた。


 がはっ、とガセフの吐血が地面を満たした。

 血管が破けて赤くなった彼の眼がぎろりとアイネを刺す。


「おのれ……赤竜め……」


 くぐもったガセフの言葉にミレンギは耳を疑った。


「赤竜? アイネが?」


 信じ難く投げかけた疑問は、無遠慮にもアイネの奇妙な微笑みによって肯定された。


「ガセフ。キミがずっと僕の命を狙ってたことは知っていたよ。竜への隷属だと嘯いて、腹の下では竜を従属させる気だったんだろう? キミに碧竜を与えたのは誰だったか忘れたかい。彼女を通じてキミのことはしっかりと把握していた。竜の武器を二つそろえた末に、竜の国と戦争をしようとしていることもね」


 アイネがぱっちりと指を鳴らす。するとガセフの直上にもう一本の結晶柱が現れ、全身を貫かれて動けない彼へと容赦なく降り注いだ。


「ガセフ様っ!」


 千切れるようなユーステラの悲痛な声が轟いた。しかしそれもむなしく、ガセフは磔刑のように身を浮かせたまま首を落として動かなくなった。


「さて。おめでとう、ミレンギ。これでキミは人類で最強となった。このファルドを統べるに値する男だと証明されたわけだ」

「なにを、言ってるの……アイネ」

「褒めているのさ。よくここまで来たってね」


 理解が追いつかなくて息が詰まりそうになるミレンギとは正反対に、アイネは淡々と冷静に言葉を紡いでいく。


「まったく大変だったんだよ。キミを一人前に導くのはね。孤児の秀才を装ってハーネリウスに近づくのは簡単だったけれど、アイネのままで戦争に勝たすことはちょっと面倒だった。目の前のもの全て焼き払えたらずっと楽だったんだけどね。万が一に魔法が出てしまわないように、戦わないよう動くのは苦労したよ。


 でもそれがようやく実った。ここにミレンギというすばらしい男ができあがった。もう人類で何者も敵うことはない、最強の男だ。だからこそ――竜の贄にふさわしい」


 にたりと、気味の悪いアイネの微笑がミレンギを振るわせた。


 贄――ユリアが言っていたことを思い出した。竜の国は人柱を欲している。自分たちがより強く繁殖し、より栄えるために、優れた人間を求めている。


 その犠牲となった英雄アーケリヒト。しかし彼の限界も近ということも。


 その、新たな餌――贄。


「……全部、アイネが仕組んだことだったってこと?」

「仕組んだって言うと何から何までのことなのかわからないよ」


「ボクやアドミルを手助けしてくれたりしたこと。それって、ボクを勝たせて成長させるため……餌として肥えさせるためだった?」

「そうだね、そういうことさ。理解が早いと助かるよ」


 くすくすと笑むアイネの横顔は以前から知っているような無邪気さをはらませたままだったが、それと同時に、鬼のような恐ろしさもない混じっているようだった。少女のような愛らしさなど、風貌以外どこにもない。


「けっこう頑張ったんだよ。アーケリヒトがそろそろ枯れる。そうなる前に新しい餌が必要だった。だから餌をつり下げてガセフたちを利用したんだ。ジェクニスがアーケリヒトを救おうとしてることも知ってた。だからガセフやクレストたちをそそのかし、さっさと退場してもらった。そうして力を与え、ファルドとルーンの二国に分け、争わせた。


 けれど思いの外戦況は膠着してしまってね。時間がかかりすぎていた。失敗かと思ってたのだけれど、そんな矢先、キミが生まれたんだ。英雄の血を引くキミならばと思って、僕は直接手を貸すことにした。けれどただ勝つだけでは簡単だ。ユリアによってセリィが与えられてしまったから。だからキミが成長するためにガセフにも竜の子を与えた。そして争わせた。より強く、より優れている人間を選定するために」


 ふざけている。

 そうミレンギは息をのんだ。


 まさか自分の理想に賛同して力を貸してくれていると思っていた軍師が、ミレンギを無理矢理壇上へあげるために導いていた詐欺師であったとは。


「そんな怖い目で見ないでよ」


 知らぬ間に眉間を深く寄せていたミレンギにアイネが茶化す。


「結果的にキミはガセフに勝てたんだ。ルーンはこれで滅ぶ。ファルドは統一される。キミが望んでいた夢は叶うんだよ。そこに嘘はない」


 確かにその通りだ。


「その代わり、キミが竜の国に来るんだ。この平和の代償として、幾千の民にもたらされる安寧の礎となるんだよ。キミ一人の命でファルドの国民が救われるんだ。竜が人をさらうこともない。キミが朽ちるまで戦争を起こさせることもない。むしろ人間を管理するために」


「ボクが……竜の国に……」


 それはまるで、ユリアに聞かされた英雄アーケリヒトの末路のようだった。


 セリィがミレンギに寄りかかり、手をつなぐ。


「駄目……絶対、駄目っ!」


 いつになく感情的にセリィが声を荒げた。

 自分が当時のユリアと重なっているのか。いや、純粋にミレンギと離れたくないという思いのためか。


 しかしそんなセリィに、アイネは冷めたように睨んで舌を打つ。


「まったく。幼竜のくせにうるさいな」


 そう言ってアイネが手を前に差しだすと、広げた掌をぎゅっと握りしめた。途端、ミレンギの傍にいたセリィが胸を押さえて倒れ込んだ。苦痛に顔をゆがめている。


「セリィになにをしたんだ!」

「なにって、未熟な感情を振り回して変なことをされても困るからね。あらかじめ細工をしておいたんだ。竜としての力を封じる呪いをね。大丈夫、死にはしないよ」


 思い当たる節があるのだろう。

 苦悶に呻き声を漏らしながら、セリィは驚きの顔をアイネへと向け、そして哀しそうに目尻を濡らした。


「アイ、ネ……。あの時の、言葉……嘘だった、の?」

「僕は人間と竜のあり方をちゃんと学んだよ。そして思った。やはり人間は竜の下にあるべきだってね」


 アイネがゆっくりと歩み寄ってくる。


「さあ。一緒に来てもらおうか、ミレンギ」


 邪な笑顔を浮かべながら近づいてくる少年――赤竜に、ミレンギは全く足を動かせなかった。ただただ信じられなくて、呆然としてしまっていた。


 セリィは完全に地に這い蹲り、力を使う余裕すら与えられていないようだ。文字通り封じられている。そしてアイネは赤竜と呼ばれる者。ユリアの話通りなら、竜の国を統べる長である。


 そんな竜を相手に人間であるミレンギが敵うとも思えず、ただ呆けることしかできなかった。


 こつり、こつりと足音を立ててアイネは歩み寄る。


「さあ。ミレンギ」


 ついには眼前に迫り、そう手を差し伸べられた時だった。


 不意にミレンギの頭上を陰が覆ったかと思った瞬間、上空から勢いよく何かが飛来して落下した。


 土煙が舞う。

 しかしそれもすぐに晴れ、そこには淡い白銀色の翼を輝かせた一頭の竜が、まるでミレンギを庇うように佇んでいた。


「よもや人間にばけておったとは、赤竜め。見抜けぬほどにわらわの力も落ちたか」


 聞き覚えのある声が届いてくる。

 その姿こそ初めてであったが、そこにいたのは竜の容姿を携えたユリアであった。


「まさか餌を自ら育てるとは。人を家畜とでも思っておるのか」

「これはこれは。まさかユリア自身が来るとはね。その姿は何十年ぶりだい?」

「老体と笑うか。おぬしもそう変わらぬじゃろうが」


「僕はまだまだ若々しいよ。アーケリヒトのおかげでね」

「いちいち神経を逆撫でてきおる。しかしお主の悪事もそこまでじゃ。大切な我が子等はお主にはやらん。あやつの二の舞はごめんじゃ」


 相対するユリアとアイネ。

 かつての伝承に語られる竜を前に一切臆しないアイネの胆力たるや。今にも一触即発といった風ににらみ合う中、根負けした風にアイネが肩をすくめる。


「ふう、わかったよ。ひとまずミレンギは諦めよう。でも――」


 再びアイネが手を差し伸ばすと、ぐっと手前に引き寄せるような仕草をする。それと同時にセリィの体が立ち上がり、まるで自分の意志のようにアイネへと向かった。


「セリィ!」と声をかけるが、まるで亡者のように反応はない。ユリアが慌てて翼で壁を作って遮ろうとするが、しかしセリィはそれを見越したように立ち止まり、竜の姿へと変身した。そして翼を羽ばたかせ、アイネの元へと飛び寄っていってしまった。


 その背にアイネは軽快に飛び乗る。


「ひとまず幼竜を預かっておくよ。それまでに返事を考えておいてね、ミレンギ」


 アイネはそう言うとセリィを上空へと羽ばたかせる。それを阻止しようとユリアが巨大な火球を放つが、それもセリィの火球によって打ち落とし、そのまま空の彼方へと飛び去ってしまったのだった。


 こうして、崩れ落ちた玉座の間にはミレンギとユリア、そして傷だらけで倒れるユーステラと、息の根を絶やして眠るように黙するガセフだけが残されたのだった。


 一つの戦争の終わりというには、それはあまりに空しく、殺風景であった。


 ミレンギはただただ呆然と、愛する幼竜の去っていった空の彼方を見つめていることしかできなかった。


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