-18『拮抗』
微かな証明だけが照らす玉座の間に、激しい閃光が繰り返し瞬いた。
イリュムが放つ蒼き光と、グランデに纏う碧の光。
稲妻のような一筋の線が引かれたかと思えば、それはぶつかり、火花を散らす。
ミレンギは最初から竜の憑依でセリィの力を身に纏っていた。それはガセフも同じで、互いの竜が彼らの背後から魔法の光を注ぎあっていた。
二対二だが、実質的に一騎打ちである。
ミレンギが鋭く剣を突き立てれば、ガセフはそれを魔法でできた盾で苦もなく防ぐ。竜の結晶すら切り落とすイリュムでも、グランデの守りはやはり崩せない。
すかさずガセフはもう片腕に握った剣を振り下ろしミレンギに襲い掛かった。防ぐ手立てのないミレンギは持ち前の軽快さで咄嗟に後ずさり、距離をとってかわす。
やはり簡単ではない。
しかし諦めるつもりは毛頭ない。勝つつもりでここにきた。
「もっと、ボクは強くなる」
ぐっと、イリュムを握る手に力が入る。
力を注いでくれているセリィの温かさを背中に感じ、引き締まる意識と同時に、心が心地よく緩んでいく。
「グランゼオスにも勝てたんだ。戦いの中で成長してみせる」
ユリアも言っていた。
竜の力を引き出すのは心の強さだと。
ならば決して負けず、不屈に挑む。それが今のミレンギにできる最大のこと。
強くなる。心も、体も。
「見ていて、ガーノルド。ボクはやり遂げるよ」
再びイリュムの切っ先を持ち上げる。そしてガセフへと瞳を据えると再び駆け出す。
幾度と剣がぶつかりあった。。
それは十秒とも、何十分とも思えるほどに、高速であり、それでいて濃密だった。
閃光の軌跡を描いたミレンギの切っ先が実直に振り下ろされ、それをガセフがグランデで防ぐ。だがそれも予想していたミレンギはあえて一撃の力を抜き、盾で弾こうとするガセフの力を緩和し、同時に引くようにして剣を持ち上げる。制御を保ったままの剣筋はそのまま流れるように下段へ。無理な体勢になりながらも、膝を折り曲げて一心に振りぬいた。
ガセフの虚を突いた。
しかし彼は独りではない。
ユーステラが即座にガセフの足元へ結晶の壁を生み出した。硬質なそれもイリュムの前では簡単に砕けて散ったが、剣の勢いを殺すには十分だ。すでにガセフの身を引かれ、ミレンギの剣先は空しくも空を切った。
「くっ、駄目か」と悔しがるミレンギに、今度はガセフがしたり顔を浮かべる。
「こういう使い方もできるぞ」
言ってガセフがグランデをミレンギから見て細長く真横に突き立てると、ミレンギへと向けて一直線に魔法の壁が伸びた。それは地面を抉るように広がり、足元の礫を砕きながら迫る。
予想外の攻撃。
本来ならば盾として使う防御魔法を、その砕けない強度を利用して刃のように扱う。
ミレンギは咄嗟に体をそらしてかわしたが、グランデの力の凄まじさを見せられてたまらず足が竦みそうになったのを堪えた。
「でたらめだ」
弱音が零れてしまうのも仕方がない。
そんなミレンギの背中を押すようにセリィがなるたけの明るい声を届かせた。
「でもさっきのは惜しかった」
「うん。ありがとうセリィ。けど、たぶんそうじゃない」
奇をてらったさっきのミレンギの攻撃は自分でも効果的だと思った。
しかしガセフの一連の動きが自然すぎる。虚を突けたと思ったそれが、終わってみればまるで最初から読まれていたかのように。
「……信頼」
ガセフはユーステラが守ることをわかっていた。だからこそのあの隙。いや、もはや埋められていて隙間もなかったのだ。
時にユーステラをぞんざいに扱うような彼だが、戦力としては深く信頼しているということか。
それをセリィも感じ取ったのか、
「ミレンギ。私たちも力を合わせていこう。援護するよ」
「セリィ。でも、力を使いすぎるのは危険だ」
「大丈夫」
ミレンギの後ろから、魔法と共にセリィが力強く笑みを投げかける。
「ミレンギは私が守る……それが私のやりたいことだから!」
「……っ!」
目が覚めるようだった。
そうだ。
ここで全力で当たらずしてどこで頑張るというのか。
彼女の絶え間ない献身。ずっとそれに支えられてきた。
「わかった。お願いするよ」
ぐっと、イリュムを強く握り締める。
「竜の剣だって、竜の盾と同じなんだ。使用者の問題。けれど、やれることはきっとそう違わないはず」
イリュムが劣っているのではない。
ミレンギがまだガセフに届いていないだけだ。
ここから駆け上る。
「いくよ、セリィ!」
「うん!」
挫けずの闘志を燃料に、ミレンギは三度、足を駆けさせた。
竜の憑依で身体能力が向上しているのもあって、俊敏さではミレンギが勝っている。
ガセフへ向けて猛進していた矢先、直前で角度を変えて横に逸れる。高く跳躍したその先に、セリィの蒼い結晶魔法による足場が現れる。そこに足をつけ、やや上方から飛び込む形で奇襲する。
しかしガセフも抜けてはいない。
落ち着いてミレンギの攻撃をグランデで防ぎ、弾き飛ばす。仰け反って宙に浮いたミレンギを、今度は矢のように放たれたユーステラの結晶が襲う。それをミレンギは宙に浮いたまま腕の振りだけで払い落とした。
しかし落下店にはガセフが先んじて回りこみ剣を振りかぶる。
その寸前、セリィの竜結晶が地面からせり出し着地点を高所にずらして攻撃をかわした。
一進一退の攻防。
目まぐるしく展開が移り変わっていく。
まだ自分の正体も知らない無垢な頃のミレンギならばその速度に意識が置いていかれていたことだろう。ガーノルドの訓練と、これまでの戦闘の積み重ねのおかげでどうにか体は動いている。
しかしこと経験という面では、所詮は戦い始めて一年もない小童だ。いまだガセフの方が遥かに高い。
実直に攻め込んでも予測の差で負ける。
ならば彼に勝る俊敏さと柔軟な発想で上回るしかない。
力任せの剣を上段に打ち込んでみる。しかしグランデによって無力にもあっさり防がれる。ならば体を一回転させ、緩急をつけて下段に足払い。だがそれもユーステラの結晶に邪魔をされて勢いを削がれる。
すぐさまガセフは反撃の姿勢をとる。
グランデにより強い魔法を注ぎ込み、盾の枠部分が光を濃くする。そしてそれを、裏拳を打つようにミレンギへと力強く降りぬいた。
予備動作のほとんどないそれは、こじんまりとしていながらも、突風のような激しさをまとってミレンギを襲った。たまらずイリュムの刀身で受け止めるが、その衝撃で体が後ろに吹き飛ばされるほどだった。
怯んだところに、更に一歩踏み込んできたガセフの追撃が鋭く突き刺さる。彼の剣は竜の武器ほどではないが、竜の憑依によって向上した身体能力もあって非常に強力だ。
重く響くような一撃を受け止めながら、ミレンギはできる限りの思考を巡らせた。
やはり強敵。隙がない。
だがミレンギにだってまだやれるはずだ。
ファルド最強の戦死グランゼオスにも勝った。
諦める必要はない。セリィとなら勝てるはず。
――盾ができたんだ。剣にだってできるはず。
グランゼオスと戦った時のことが脳裏を一瞬だけ横切る。
「セリィ!」
声だけを投げかけると、まるで通じ合っているかのように彼女は頷いた。
確認など要らない。信頼している。
だからミレンギは迷わず進むのみ。
再び距離をとり、もう一度実直に駆ける。
素早く飛び込んで袈裟切り。すぐに中段横一線。
全てグランデで弾かれるが、それでも構わず打ち込み続ける。
「どうした。自棄になったか」
またしてもガセフのグランデに弾かれ、ミレンギの体がやや後ろに仰け反ってしまう。剣の間合いから外れた――いや、そう思わせるのがミレンギの思惑だった。
「うおおおっ!」
「……っ?!」
やや遠のいたガセフへ向けて、ミレンギはわざと空振りさせるように力強く剣を振り下ろす。途端、イリュムの剣先に蒼白い光が纏う。それは冷えて凍りついたように、蒼く透明な切っ先を作り上げた。
グランゼオスと戦った時にも作った結晶の剣。
その鋭い刃がイリュムの先端から伸び、長槍のような長さにまで瞬時に変わった。
振り下ろされた素早い長剣は、しかし地面からせり出したユーステラの結晶柱に阻まれ、グランデを構える機を逃したガセフの頬を微かに切り裂くだけに留まった。
「今度こそ、不意をつけた」
決定的な一撃は入れられなかったが、間違いなく、ガセフの範疇から外れることができた。後少しだという感触を掴めた。
ガセフの表情が初めて苦悶に歪む。
そのミレンギの想定外がよほど癪に障ったようだ。
「まさか俺の盾を見て、形状を巨大化させることを真似するとは」
「ボクたちを見くびるな」
「なるほど。確かに、やや低く見すぎていたようだ」
意外だと呆けたような顔をしたガセフの表情がまた厳しく戻る。
「来る時に向けて余力は残しておきたいのだが、仕方あるまい。……ユーステラ!」
「――はい」
ユーステラがガセフの元へ歩み寄ったかと思った途端、彼の周囲に碧色の風が纏い始める。それはやがて砂塵を巻き上げて二人の姿を隠すと、次の瞬間、この大広間を埋め尽くすような巨大な碧竜が姿を現した。
大きさは違うものの、首元に巻かれた首輪がその竜をユーステラであると示している。そしてその傍らには、巨大な翼に守られるように立つガセフの姿。
「そんな。ガセフに竜の憑依をしてるのに、竜の姿になれるなんて」
「ああ、そうだ。これは本来は非常に力を浪費する。しかし竜の本分はこの姿にこそある。これでこそ、竜は竜たらしめる強大な力を発揮できるのだ」
『ぶぉぉぉぉぉぉぉっ!』と、腹の内まで震えるような巨大なユーステラの咆哮が響く。グルウのような魔獣とはまったく違う、鋭く滾るような赤い瞳。睨まれただけで卒倒しそうなほどの威圧が、荒い鼻息と共にミレンギの足を震わせようとしてくる。
ルーン軍によって王都が奪われ撤退中に見たあの碧竜。
あの時は遠目だったが、今はその脅威がすぐ目の前にいる。迫力は段違いだ。
「どうした。怖気づいたか」
ガセフのほくそ笑む声に、しかし返したのはセリィだった。
「ミレンギ。大丈夫だから」
「セリィ……うん、そうだね」
震えそうになる足に力がこもる。
「いつもセリィはボクを信じてくれていた。ボクもセリィを信じるよ」
おもむろに歩み寄ってきたセリィと手を重ねあう。彼女の頼りなさそうなこの細い手に、これまでどれほど救われてきたことだろう。
「そういえばずっと言ってなかった気がする。それが当たり前だと思って、当たり前になっちゃってて、気がついたら忘れてた。セリィに言わなくちゃって思ってたことがいっぱいあるんだ」
「ミレンギ?」
「ありがとう、セリィ。君がいてくれて」
「……うん!」
青白い彼女の肌が少し赤みがかったような気がした。
互いに体温を感じあいながら、凛と澄ました瞳をガセフへと向ける。
セリィと出会ってから色々あった。その一つの終着点を、いま、迎える。
「――ミレンギ」
存在を確かめるように囁かれた鈴のような声と同時に、ミレンギの周囲を蒼き風が吹きすさぶ。
姿を現したのは蒼き竜。
その真紅の瞳を携え、ミレンギは揺るぎない眼差しでガセフへと相対した。




