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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 4章 『竜の伝承』
127/153

 -17『問答』

   ◆


 多くの託された想いを胸に秘め、ミレンギはセリィと共に王城内を駆け抜けていった。


 赤絨毯の敷かれた廊下はひどく荒れていて、ルーンに奪取されてからそれほど整備されていないのだろうとわかる。配備されていたのは本当に僅かな衛兵だけで、ほとんどはファルドにもともといて働かされている文官ばかりだ。もちろん戦闘などできるはずもなく、ミレンギを妨げるには不十分すぎる程の戦力だった。


 まるでミレンギを誘っているかのよう。

 それほどの自信ということだろうか。ミレンギがたどり着いたとしても造作もないと、そう言いたいのだ。


 甘く見られたものだ、とミレンギは鬱憤を募らせる。しかしそれで安易に激昂するほど子供ではない。


 所々に点在するルーンの衛兵をイリュムで蹴散らしながら、ミレンギは立ち止まることなく突き進んでいった。


 城の外は一層の騒がしさを増している。

 おそらくハロンドが城門の工作に成功したのだろう。


 城下に潜入して彼だけは別行動を取り、ファルアイードで接収したルーン塀の鎧に着替え、敵陣に紛れて内側から城門を開け放つ。通常なら困難ではあるが、四方の軍勢に注意が散漫している今だからこそ、混乱に乗じて行われたそれは期待通りの成果を得たようだ。


 これでファルド本隊が王都に入り込むのも時間の問題だろう。


 孤立無援。自らの退路をもアマルテ大橋ごと破壊した彼らにとって、まさに背水の陣といった状況だ。


 しかしルーン軍も簡単には崩れない。


「彼らには、おそらく竜の国が魔法の媒体を埋め込んだ武器を配っているようです。量産された粗製ではありますが、イリュムなどと似た、魔法の使役を容易にさせるもののようです」とは、出立前にアイネが言っていたことだ。独自の情報筋から得たらしい。


 以前、ルーン側へ越境して攻め入った時に、多くの兵士が魔法を放ってきたのがそれだろう。彼らの対応はアーセナ率いる赤色魔道騎士隊が同じく魔法によって対応しており、戦場の一部では激しい爆発や豪炎の火球が飛び交う凄惨さをようしている。


 それでも恐れず、勇ましく戦場へ向かってくれているノークレンたちに、ミレンギはひたすらの感謝を捧げた。


「みんなのためにも。終わらせるんだ、この戦争を」


 踏み荒れた赤絨毯の階段を駆け上がり、ひたすら王城の上部へと向かう。やがて、ミレンギとセリィは一際大きな広間へとたどり着いた。


 その場所だけは今でもやけに綺麗に整っていて、敷かれた最高級の絨毯にはしわひとつ寄せられていなかった。掃除されているというよりは、誰の手もつけられていないといった無機質な寂しさがそこにはあった。


 吊り下がる、見上げるほどの豪奢な燭台。やや埃被っているがそれでも色褪せない輝きを放つ、よく磨かれた甲冑の飾りたち。そして向かい合って並ぶそれらの先にある、格式だった荘厳な玉座。


 ――このファルドにおいて最も尊厳なる場所。謁見の間だ。


 本来ならば幾重もの近衛兵と従者たちが取り囲むそこには、ただ一人、静かに腰を下ろした男の姿だけがあった。


 ガセフ。

 ルーンの総大将。


 前王ジェクニスを謀殺し、いま、人間を竜へ売ろうとしている男。


「……来たか。竜の子らよ」


 重く静かに呟いた彼の声は、気持ち悪いまでに落ち着き払っていた。まるでずっと待っていたかのよう。顔が持ち上がり、鋭い眼光がミレンギを捉える。


「決着を、つけにきた」

「そうだな。始祖竜のあがきもそろそろ終わらせるべきか」

「終わるのは貴方だ、ガセフ」


「ミレンギよ。何故お前は戦う」

「……え?」


「始祖竜にそそのかされたからか? 自分が英雄であると。自分こそが世界を救える者であると。しかし果たしてそうだろうか。お前の人生は宿命付けられたものだが、お前の行き着く運命はそうとは限らない。ただ祭り上げられ、都合よく使われている道具でしかないのだぞ」


「そんなことはない!」

「いいや。始祖竜の目的はアーケリヒトの救済だ。悠久の大樹に囚われた奴を救い出すこと。そのためにお前は生まれた。それは決して人のためではなく、始祖竜個人のためにしか過ぎない。本当の人間の救済がそこにはあるのか」


 あまりに強いガセフの語勢に、ミレンギは思わず返す言葉を逃してしまった。


「アーケリヒトを助けてどうする。それからは? 竜は新たな苗床を得るために人間を襲うだろう。さすれば次の戦が始まる。人と竜、どちらかが根絶えるまで続く憎しみと負の連鎖がな」


 それはもっともらしい言葉だった。


 確かにミレンギはずっと、自分の行方を知らずにただただ走り続けてきた。


 本当の自分も知らずに御旗として掲げられ、とにかくがむしゃらに、ファルドの戦争をなくすためだけに頑張ってきた。けれどそれからのことなんて、当時は考えたこともなかったのだ。


 しかしユリアに会って、いろいろな話を聞かされた。竜人族のことや、竜の伝承の真実、本当の歴史。成人前のミレンギならばそんなもの子供の夢物語だと笑って聞き流していただろうことだ。


 けれど今は違う。


『可能性というものは一つではない。これからの人と竜のあり方を決めるのはお主たち人間じゃ』


 ユリアが言っていた。


 そう、未来はミレンギたちが決めるのだ。まだ不確定な未来を、これから人間たちが築いていくのだ。それを既に定められた不運のように語ることに、ミレンギは簡単に納得できなかった。


 ミレンギの思う未来。


 セリィの手がミレンギに触れる。

 彼女の細い指が、ミレンギの片手を優しく包み込んだ。

 それが安心感をもたらしてくれて、やっと喉の奥から言葉を紡ぐ。


「違う! 人と竜は共存できるはずだ。ボクたちみたいに!」


 それがミレンギの決めた答えだった。

 竜に支配されるのではなく、竜を倒すわけでもない。


 共に生きる。

 自分とセリィがそうしているように。


「共存など無理だと歴史が示している。人と竜の関係はとうの何百年前からと決まっていたことよ」


「竜は道具じゃない。支配されるべき相手でもない。ましてや竜人なんだ。ボクたち人間とほとんど同じようなものじゃないか」

「ほとんど同じような連中を迫害してきたのは誰だ。耳長族、フィーミア。他にも今知れず途絶えた者たちがおるやもしれんぞ」


「今は一緒になれてる。ボクたちが多互いに歩み寄り、理解しあえば、共存し続ける事だってできるはずだ」


「それは俺がいるからだ。ルーンがあるからお前たちは一時的に結束しているに過ぎない。目の前の脅威が去った時、次にその畏怖の矛先を向けるのは、自分たちとは違う種の者たちだぞ。人間は弱い。共通の敵を作ることで団結を深めようとする。


 そして一つの脅威が去ると、新たなる脅威を自分たちで作りたがる。とても弱き者たちなのだ。共存など夢のまた夢。お前の言う共存などすぐに砕け散る。そうでなければ争いなどこの世に生まれぬ。そう歴史が証左しているのだ」


「確かにそうかもしれない。でも、それでも――」


「最初から切り捨てるのは間違ってるはずだ。ボクたちがわかり合い、共に過ごせる未来があるかもしれない。可能性があるのに挑みもせず失敗を受け入れるなんて、それはもう、思考を投げ捨てたも同然だ!」


 最初から諦めているなんて馬鹿げている。全員が無理でも、そのうちの少しでも共存できるかもしれない。そういう可能性を捨てるなんてふざけている。


 ミレンギとセリィのように。

 いがみあうことなく、親しみあうことだってできるはずだ。


 対峙したミレンギは竜の剣、イリュムを構えた。

 向かい合うガセフも竜の盾、グランデを片腕に携え、立ち上がる。


 かつて英雄アーケリヒトが人間のために活路を開いた二つの武器が、人間の今後を決めるためにぶつかりあう。


 そんな二つの傍ら。

 少年の隣には、勇ましく握りこぶしを作った蒼き幼竜。

 座するルーン王の陰からそっと現れたのは、穏やかに大人びた、けれどどこか寂しげな表情を浮かべた碧の竜。


「セリィ!」

「ユーステラ!」


「……うん」

「――はい」


 二人の主と二人の竜。

 蒼と碧の光が漂い、ぶつかり合った。



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