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竜の落とし子 ~没落少年が最強へと至るまでの英雄譚~  作者: 矢立 まほろ
○ 第2部 -王の奪還編- 4章 『竜の伝承』
125/153

 -15『姉妹』

   ◆



 一つの熾烈な、しかし時間にしてはあまりに短すぎる死闘が繰り広げられている最中、また一方では二人の少女と一人の巨漢が相対していた。


 方や戦場に似つかわしくない顔つきをした姉妹。方や目力だけで人を殺せそうなほど厳つい顔つきをした大男。


 堂々と仁王立ちで待ち構えるその男――バットンを前に、シェスタは拳を強く握りながら唾を飲んだ。


 風格からして雑兵ではないと一目でわかる。彼のしわ寄った目許ににらまれるだけでじりりと焼け付くような緊張が走る。


 グルウに跨るアニューも相棒の黒毛を必要以上に強く掴んでいた。それでも逃げ出そうとせず目も背けないのだから、まだ幼いのに妹ながら大したものだ、とシェスタは心強く思った。


 ミレンギを先に行かす為に自分たちが残った。

 ラランはもう一人の敵将を相手している。となればこの大男は姉妹で倒すしかない。


「いくよ、アニュー」

「ん。お姉ちゃん」


 二人の短い掛け合いで、戦いの火蓋が切って落とされた。


 最初に仕掛けたのはシェスタだ。

 大きく膨らむように真横へ駆け出した。


 ちょうどバットンの背後に回りこんだ辺りで一気に彼へと距離をつめる。


「おいおい。それで奇襲のつもりか?」


 バットンの体が反転し、視線を奪うことに成功した。


 よし、うまくいった。とシェスタがほくそ笑むのと同時に、振り返ったバットンの背後からアニューの操るグルウが猛進し不意打ちを狙う。


 鋭く、静かで迅速に襲い掛かったその魔獣の牙を、しかしバットンは一瞥もせずに背後のグルウへ大斧を突き立てて防いだ。


「だからよお。それで奇襲のつもりかって言ってるんだ……よっ!」


 そのままバットンは力任せに大斧を振るってグルウを押し返すと、正面に迫っていたシェスタを、まるで羽虫を払うかのような気軽さで吹き飛ばした。


「がははっ。工夫がなさすぎるな。それじゃあ俺には勝てないぜ嬢ちゃんたち」

「くっ……」


 さすがのルーンの両腕と言うだけあって一筋縄ではいかないということか。


 軽く払われただけのようだったのに、それを咄嗟に防いで受け止めたシェス多能ではじじりとした痺れを帯びていた。そのふざけた力で大斧に裂かれた日には、切られるというよりも叩き潰されるといった表現の方が似合いそうだと、シェスタは苦笑して冷や汗を流した。


 しかしシェスタもそれで臆するほど乙女ではない。


「ほう、まだ実力差を理解せずにやるつもりかい?」


 優越に笑むバットンに対し、シェスタは構えた拳を一切落とさずに瞳を向け続けた。


「聞いてるぜ。元騎士団長ガーノルドには二人の子供がいる。一人は勇猛果敢な武闘家の少女。もう一人は魔獣使い。どちらもファルドの反乱軍として参加し、戦場に華やかな色を添えてるってな。戦ばかりの野郎どもにはいい目の保養だろうなあ」


「なによ、いきなり。何が言いたいわけ」


 嘲るように言うバットンに、ついついシェスタの語気がつられてやや荒くなる。


「いや、なに。少々あの男が可哀想だと思ってな」

「どういうこと」

「類まれなる強者であった男だというのに、その才を託せる長男に恵まれなかったとは。武人としてそれはそれは悔いたことだろう」


 バットンの口振りからして、それは明確にシェスタを煽っているのはわかりきっていた。それによって心を揺さぶろうとしているのだと。


 しかしこと父親への尊敬の念が強いシェスタにはとても冷静に聞き流せるものではなかった。


 若くして母親を亡くし、男で一つで育ててくれた恩人なのだ。騎士団長として戦場にばかり立ち、一般家庭などろくに知らない彼が娘二人を育てるのはとても苦労のいったことだろう。それに加えてミレンギの世話まである。


 しかしガーノルドがそれについて弱音を吐いたことなどなかった。

 シェスタたちの前では常に模範たるように堂々と振る舞っていた。それもきっとミレンギのためなのだろうと思うが、その背中がどれほど頼り強かったことか。


 故にガーノルドは今でも、シェスタたちの立派なかけがえのない父親なのだ。


「お父さんの悪口を言って私の冷静さを欠かせるつもりだった?」

「ん?」

「だったら残念ね」


 奥歯をかみしめる。


「俄然、あんたを倒さなきゃってやる気になったわ。ありがとう」


 シェスタは拳を強く握りしめ、鬼気こもった微笑みを浮かべてみせた。


「あたしだって、ミレンギのためになれるようお父さんに鍛えてもらってたんだ。託されたものは、ここにある」

「へえ、言うじゃないか。それがどれほどのものか、見させてもらおうか」


 互いの言葉がぶつかりあった後、しばらくの沈黙。その直後、二つの影が同時に動いた。


  猪のような一直線のバットンの突進がシェスタへと向かう。それに対しシェスタは軽やかな足取りで体を左右に弾ませ、その到着点を惑わすように素早く動き回った。


 一気に詰め寄ったバットンの豪快な大斧による一撃が繰り出される。シェスタは足元を弾ませてそれを横にかわた。体の真横を素通りした大質量の獲物がシェスタの体が圧されそうなほどの風を起こす。その風圧にあらがうようにシェスタも一歩を踏み出し、右の拳を振り抜いた。


 脇腹を捉えた。

 シェスタの拳は明確に当たった。

 しかし一切の手も抜いていないはずのそれは、バットンの体をわずかにのけぞらせただけだった。


「どうした、それが限界か」


 逆に腹に埋め込んだその腕を捕まれてしまう。握りつぶされそうだと直感的に恐怖してしまうほどの巨大な手の迫力に、シェスタはあわてて引き抜こうとするが、その力強さに微動だにしない。


「グルウっ!」

「おっと」


 咄嗟にアニューの指示でグルウがその腕に噛みつこうとし、ようやくバットンはシェスタの腕を放して距離をとった。


「女子の拳はなんてことないが、さすがの俺でも魔獣の歯牙には耐えられねえからな。がははっ」

「この、馬鹿にして」

「気に障ったかい、嬢ちゃん。だがまあ、事実だ。そんな可愛らしい一撃じゃ俺の皮膚は穿てんよ」


「やってみなくちゃわからないでしょ」


 強がってはみたが、先程の一撃を防ぎもせず簡単に受け止められたところを見るに、やはり有効打とは程遠そうだ。


 しかしシェスタは独りではない。アニューもいる。


 心の通じ合う妹と目を合わせる。

 未だ少しも諦めてはいないアニューの真剣な瞳に、シェスタも一層の気合いを入れた。


 必ず勝つ。

 勝ってミレンギのためになる。


 それが、これまで生きてきたシェスタの意味なのだから。


「絶対に、負けないんだから!」


 挫けぬ心を瞬発力に、強く大地を蹴って再びバットンに向かう。


 ただ直線に走っては駄目だ。

 彼に捉えきれない程度に左右に、小刻みに踏みこみながら隙を窺う。バットンの前後、左右、どこか打ち込める機会はないか。


「はあっ!」


 動きで攪乱してできた一瞬の死角を使って潜り込み、鳩尾めがけて掌底を二発。的確に入った、がバットンはよろめかない。むしろ大斧の届く距離となり、しめたとばかりにその巨塊を振り回す。


 身を屈めることでシェスタはよけたが、少し遅れていれば首が飛んでいた。風を切った衝撃波で髪がぼさぼさに乱れていく。


 全然攻撃が通らない。

 だがここで退いては駄目だ。


 一歩も下がらず、もう一度、拳を数度叩き込む。一分の狂いもない同じ場所。並の人間なら卒倒していてもおかしくはない。


 それでもバットンは動じない。


 だがいい。

 バットンがシェスタに注視すればするほど、あの子が動きやすくなる。


「――ぐるるるるっ!」


 獰猛さをかき立てる唸りと共に、グルウもすかさず同調してバットンを背後から襲う。シェスタはあくまで足止め。本命はこちらだ。


「ふん。一辺倒ではなあ!」


 再びの背後からの奇襲もやはりバットンに防がれてしまった。しかしならば今度はシェスタが空く。


 数の優位。

 どちらかが駄目ならもう片方がやるまで。それがたとえ水滴で岩に穴を穿つような途方のなさそうなことでも。


 全ては、愛すべき『彼』のために。


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